第68回
定年延長か継続雇用か ? データから見る高齢者雇用の最適解
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
はじめに
日本の労働市場は、急速な高齢化と人口減少に直面しています。この状況下で、企業が持続的な成長を実現するためには、高年齢者の豊富な経験と知識を活用することが不可欠です。厚生労働省が最近公表した令和6年「高年齢者雇用状況等報告」の集計結果は、企業の高齢者雇用への取り組みの現状を明らかにしています。
本コラムでは、この報告書のデータを基に、定年延長と継続雇用という二つの主要な選択肢に焦点を当て、高齢者雇用の最適解を探ります。企業規模による違いや、70歳までの就業確保措置の実施状況など、多角的な視点から分析を行い、経営者の皆様に実践的な示唆を提供します。
高齢者雇用は、単なる社会的責任ではなく、企業の競争力を左右する重要な経営戦略の一つとなっています。本コラムを通じて、自社に最適な高齢者雇用の形を見出すヒントを得ていただければ幸いです。
1. 高年齢者雇用の現状
厚生労働省の令和6年「高年齢者雇用状況等報告」によると、65歳までの高年齢者雇用確保措置を実施している企業は99.9%に達しています。この数字は前年と変わらず、ほぼすべての企業が法的要件を満たしていることを示しています。
具体的な措置の内訳を見ると、以下のようになっています:
・継続雇用制度の導入:67.4%(前年比1.8ポイント減少)
・定年の引上げ:28.7%(前年比1.8ポイント増加)
・定年制の廃止:3.9%(変動なし)
特に注目すべきは、70歳までの高年齢者就業確保措置を実施している企業の割合が31.9%と、前年比2.2ポイント増加していることです。企業規模別に見ると、中小企業では32.4%、大企業では25.5%が70歳までの就業確保措置を実施しています。
これらのデータは、日本の労働市場が高齢化社会に適応しつつあることを示していますが、同時に70歳までの就業機会の確保にはまだ課題があることも明らかにしています。
2.定年延長と継続雇用の比較
65歳までの高年齢者雇用確保措置の内訳を詳しく見ると、継続雇用制度の導入が最も一般的な選択肢となっています。しかし、定年の引上げを選択する企業が増加傾向にあることも注目に値します。継続雇用制度を導入している企業(159,574社)のうち、86.2%が希望者全員を対象とする制度を採用しています。これは前年比1.6ポイント増加しており、より包括的な継続雇用の傾向が強まっていることを示しています。
一方、70歳までの就業確保措置については、継続雇用制度の導入が25.6%(前年比2.1ポイント増加)と最も多く、定年の引上げは2.4%(前年比0.1ポイント増加)にとどまっています。
これらのデータは、企業が段階的に高齢者雇用に取り組んでいることを示唆しています。継続雇用制度は導入しやすい一方、定年延長はより大きな制度変更を伴うため、慎重に検討される傾向にあると考えられます。
3. 企業規模による違い
高年齢者雇用の取り組みには、企業規模によって顕著な違いが見られます。70歳までの就業確保措置の実施率を見ると、中小企業(21~300人規模)では32.4%であるのに対し、大企業(301人以上規模)では25.5%となっています。中小企業の方が7ポイント近く高い実施率を示しており、より柔軟に高齢者雇用に対応していることがわかります。
定年制の状況にも違いが見られます:
・60歳定年:中小企業63.7%、大企業74.3%
・65歳定年:中小企業25.7%、大企業18.9%
・定年制廃止:中小企業4.1%、大企業0.7%
これらの数字から、中小企業の方が定年年齢の引き上げや定年制廃止に積極的であることがわかります。継続雇用制度の内容にも差があり、希望者全員を対象とする制度の導入率は中小企業で87.6%、大企業で71.1%となっています。一方、経過措置に基づく対象者限定の制度は、大企業で28.9%と高くなっています。
これらの違いは、企業規模による組織の柔軟性や人事制度の違い、また労働市場における位置づけの違いから生じていると考えられます。中小企業は、より柔軟に高齢者雇用に対応できる一方で、大企業は制度変更により慎重な姿勢を示しています。
4. 定年制の変化と今後の展望
令和6年の報告によると、企業における定年制の状況は以下のように変化しています:
・65歳以上定年企業(定年制廃止を含む):32.6%(前年比1.8ポイント増加)
・定年制廃止:3.9%(変動なし)
・60歳定年:64.4%(前年比2.0ポイント減少)
・65歳定年:25.2%(前年比1.7ポイント増加)
・70歳以上定年:2.4%(前年比0.1ポイント増加)
これらの数字から、定年年齢の引き上げが着実に進んでいることがわかります。特に65歳定年の増加が顕著で、60歳定年の減少と相まって、高齢者雇用の拡大傾向が明確に表れています。
一方で、70歳以上の定年制導入はまだ限定的であり、今後の課題となっています。70歳までの就業確保措置を実施している企業は31.9%(前年比2.2ポイント増加)ですが、その多くは継続雇用制度の導入(25.6%)によるものです。
今後の展望としては、以下の点が重要になると考えられます:
・65歳定年の更なる普及
・70歳までの就業機会確保の拡大
・定年制廃止企業の増加
これらの変化に伴い、企業は高齢者の能力を最大限に活用する人事制度の構築や、世代間の協働を促進する職場環境の整備が求められるでしょう。また、高齢者の多様なニーズに対応するため、柔軟な勤務形態や処遇制度の導入も重要になると予想されます。
5. 高齢者雇用の最適解を探る
高年齢者雇用の最適解は、各企業の特性や状況によって異なります。しかし、令和6年の報告書から得られるデータを基に、以下のような戦略的アプローチが考えられます:
・段階的アプローチの採用
多くの企業が65歳までの雇用確保措置を実施している一方、70歳までの就業確保措置の実施率はまだ31.9%にとどまっています。この状況を踏まえ、65歳から70歳への移行を段階的に進めることが現実的な選択肢となるでしょう。
・継続雇用制度の柔軟な活用
継続雇用制度は最も一般的な選択肢(67.4%)であり、導入しやすい利点があります。特に、希望者全員を対象とする制度の導入率が増加傾向(86.2%)にあることから、この制度を基盤としつつ、個々の従業員のニーズや能力に応じた柔軟な運用を検討することが有効です。
・定年延長の戦略的導入
定年の引上げを選択する企業が増加傾向(28.7%)にあることから、長期的な人材戦略の一環として定年延長を検討する価値があります。特に、65歳定年企業の増加(25.2%)は注目に値します。
・創業支援等措置の検討
雇用以外の選択肢として、業務委託契約や社会貢献事業への従事など、創業支援等措置の導入も検討に値します。現状では導入率が低い(0.1%)ですが、多様な就業形態を提供することで、高齢者の能力や経験を最大限に活用できる可能性があります。
・企業規模に応じたアプローチ
中小企業と大企業では、高齢者雇用への対応に差が見られます。中小企業の方が70歳までの就業確保措置の実施率が高い(32.4%)ことから、大企業は中小企業の柔軟な対応から学ぶ点があるかもしれません。
最適解を見出すためには、これらのアプローチを自社の状況に合わせて組み合わせ、試行錯誤しながら最適な高齢者雇用モデルを構築していくことが重要です。また、高齢者のモチベーション維持や若手社員とのバランスなど、人事管理面での課題にも注意を払う必要があります。
6. 経営者への提言
高年齢者雇用の最新データを踏まえ、経営者の皆様に以下の提言をさせていただきます:
・70歳就業に向けた段階的な取り組み
70歳までの就業確保措置の実施率は31.9%と、まだ発展の余地があります。65歳までの雇用確保措置をすでに99.9%の企業が実施していることを踏まえ、次のステップとして70歳就業への移行を計画的に進めることが重要です。
・継続雇用制度の柔軟な活用
継続雇用制度は最も一般的な選択肢(67.4%)であり、導入しやすい利点があります。特に、希望者全員を対象とする制度の導入が増加傾向(86.2%)にあることから、この制度を基盤としつつ、個々の従業員のニーズや能力に応じた柔軟な運用を検討してください。
・定年延長の戦略的導入
定年の引上げを選択する企業が増加傾向(28.7%)にあることから、長期的な人材戦略の一環として定年延長を検討する価値があります。特に、65歳定年企業の増加(25.2%)は注目に値します。
・多様な就業形態の検討
創業支援等措置の導入はまだ0.1%と低い水準ですが、業務委託契約や社会貢献事業への従事など、雇用以外の選択肢を提供することで、高齢者の能力や経験を最大限に活用できる可能性があります。
・世代間の協働促進
高齢者雇用の拡大に伴い、世代間の知識移転や協働が重要になります。若手社員の育成と高齢者の経験活用のバランスを取る施策を検討してください。
・健康管理と能力開発の支援
70歳まで働き続けるためには、従業員の健康管理と能力開発が不可欠です。健康経営の推進や、高齢者向けの研修プログラムの導入を検討しましょう。
これらの提言を参考に、自社の状況に合わせた高齢者雇用戦略を構築することで、人材の有効活用と企業の持続的成長を実現できるでしょう。高齢者雇用は、単なる社会的責任ではなく、企業の競争力強化につながる重要な経営戦略の一つとなっています。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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