第35回
時代に合わせた雇用制度の見直し: 転勤と定年の新基準
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
近年、日本の労働環境において、従業員の転勤や定年後の雇用形態に対する見直しが進んでいます。特にトヨタ自動車のような大企業が、高齢者の雇用を拡大し、転勤のあり方にも柔軟性を持たせ始めていることは、日本型雇用の転換点として注目されています。
トヨタは、従来65歳での再雇用を例外的に行っていましたが、これを70歳まで拡大し、全職種にわたる制度を設けることを決定しました。この動きは、電気自動車へのシフトや技術革新の加速に伴い、熟練した高齢者の技術力と経験が必要とされているためです。また、高齢者の再雇用において、役職に関わらず業務内容と能力に応じた処遇を決定する新しい方針も打ち出されています。
さらに、転勤に関しても変化が見られます。共働き世帯の増加や、生活基盤への影響を考慮して、転勤可能性のある場所を事前に通知する義務が企業に課せられるようになりました。これにより、従業員はより計画的に人生設計を立てやすくなると期待されています。また、転勤を命じる際には従業員の同意が必要とされる方向に変わりつつあり、これにより従業員の自己決定権が尊重されるようになっています。
これらの変化は、日本の伝統的な雇用慣行に大きな変革をもたらしています。長年続いてきた終身雇用や転勤制度が見直されることで、労働市場の柔軟性が向上し、多様な働き方が可能になると考えられます。特に高齢者の労働力を活用することは、少子高齢化が進む日本において、労働力不足を補い、経済全体の持続可能性を保つためにも重要です。
しかし、これらの変更が全ての企業においてスムーズに進むわけではありません。企業文化や業界によっては、変更への抵抗が強い場合もあり、政策の推進や従業員との間でのコミュニケーションが鍵となります。また、改革が進む中で、従業員一人ひとりのニーズに応じた柔軟な対応が求められるでしょう。
このように、日本の雇用慣行の見直しは、時代の要求に応じた必要不可欠なステップです。これからも、より公平で、多様な働き方を支援する制度への移行が進められることで、日本経済の新たな活力が期待されます。
日本の労働環境の改革は、高齢者だけでなく、若年層にとっても大きなメリットをもたらす可能性があります。若い世代は、転勤の多い職場を避け、ライフスタイルに合った柔軟な働き方を求めています。このため、企業が転勤制度を見直すことは、優秀な若手人材の確保にもつながるのです。
たとえば、ニトリホールディングスや東京海上日動火災保険のような企業は、従業員が自らの就業地を選べる「マイエリア制度」や、本人の同意なしに転勤を命じない政策を導入することで、従業員の満足度を高め、企業の魅力を向上させています。これは、労働市場の変化に柔軟に対応し、多様な働き方を認めることがいかに重要かを示しています。
また、労働者の意向を尊重することは、企業のブランドイメージを向上させるだけでなく、社内のモチベーション向上にも寄与します。従業員が自身のキャリアや生活環境をコントロールできる環境は、創造性や生産性の向上を促すからです。このような取り組みは、特にグローバルな視点から見ても先進的であり、日本企業が国際的な競争力を持つための一助となり得ます。
最終的に、日本の企業がこれらの改革を積極的に進めることで、労働市場全体の活性化と、経済の持続可能性を支える新たな働き方が確立されることを期待します。社会全体としての豊かな労働環境を築くためには、さらなる議論と改革の推進が必要です。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
- 第64回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その2)
- 第63回 「年収の壁」から「労働時間」の壁へ移行する社会保険適用の新時代(その1)
- 第62回 女性活躍推進法の改正がもたらす未来と企業への影響
- 第61回 大企業でも導入が進む「パーソナル雇用制度」
- 第60回 最低賃金1500円時代における給与の決め方
- 第59回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その3)
- 第58回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策(その2)
- 第57回 顧客からの理不尽な要求にどう対応するか~カスタマーハラスメントの現状と対策
- 第56回 中小企業が注目すべきミドル世代の賃金上昇と転職動向~経験豊富な人材の採用でビジネス成長を加速
- 第55回 中小企業が賃金制度を考えるときに知っておきたい基本ポイント
- 第54回 2024年10月からの社会保険適用拡大、対応はお済みですか?
- 第53回 企業と競業避止契約の今後を考える
- 第52回 令和7年度 賃上げ支援助成金パッケージ:企業の成長と持続的な労働環境改善に向けて
- 第51回 解雇の金銭解決制度とその可能性 〜自民党総裁選における重要テーマ〜
- 第50回 令和7年度予算概算要求:中小企業経営者が注目すべき重要ポイントと支援策
- 第49回 給与のデジタル払いの導入とその背景
- 第48回 最低賃金改定にあたって注意すべきこと
- 第47回 最低賃金50円アップ時代に中小企業がやるべきこと
- 第46回 本当は怖い労働基準監督署の調査その4
- 第45回 本当は怖い労働基準監督署の調査(その3)
- 第44回 本当は怖い労働基準監督署の調査 その2
- 第43回 本当は怖い労働基準監督署の調査
- 第42回 初任給横並びをやめたパナソニックHD子会社の狙い
- 第41回 高齢化社会と労働力不足への対応:エイジフレンドリー補助金の活用
- 第40回 助成金を活用して人事評価制度を整備する方法
- 第39回 採用定着戦略サミット2024を終えて
- 第38回 2025年の年金制度改革が中小企業の経営に与える影響
- 第37回 クリエイティブな働き方の落とし穴:裁量労働制を徹底解説
- 第36回 昭和世代のオジサンとZ世代の若者
- 第35回 時代に合わせた雇用制度の見直し: 転勤と定年の新基準
- 第34回 合意なき配置転換は「違法」:最高裁が問い直す労働契約の本質
- 第33回 経営課題は「現在」「3 年後」「5 年後」のすべてで「人材の強化」が最多
- 第32回 退職代行サービスの増加と入社後すぐ辞める若手社員への対応
- 第31回 中小企業の新たな人材活用戦略:フリーランスの活用と法律対応
- 第30回 「ホワイト」から「プラチナ」へ:働き方改革の未来像
- 第29回 初任給高騰時代に企業が目指すべき人材投資戦略
- 第28回 心理的安全性の力:優秀な人材を定着させる中小企業の秘訣
- 第27回 賃上げラッシュに中小企業はどのように対応すべきか?
- 第26回 若者の間で「あえて非正規」が拡大。その解決策は?
- 第25回 「年収の壁」支援強化パッケージって何?
- 第24回 4月からの法改正によって労務管理はどう変わる?
- 第23回 4月からの法改正によって募集・採用はどう変わる?
- 第22回 人材の確保・定着に活用できる助成金その7
- 第21回 人材の確保・定着に活用できる助成金その6
- 第20回 人材の確保・定着に活用できる助成金その5
- 第19回 人材の確保・定着に活用できる助成金その4
- 第18回 人材の確保・定着に活用できる助成金その3
- 第17回 人材の確保・定着に活用できる助成金その2
- 第16回 人材の確保・定着に活用できる助成金その1
- 第15回 リモートワークと採用戦略の進化
- 第14回 「社員」の概念再考 - 人材シェアの新時代
- 第13回 企業と労働市場の変化の中で
- 第12回 その他大勢の「抽象企業」から脱却する方法
- 第11回 Z世代から選ばれる会社だけが生き残る
- 第10回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(後編)
- 第9回 9割の中小企業が知らない「すごいハローワーク採用」のやり方(前編)
- 第8回 中小企業のための「集めない採用」~ まだ穴のあいたバケツに水を入れ続けますか?
- 第7回 そもそも「正社員」って何ですか? - 新たな雇用形態を模索する時代へ
- 第6回 成功事例から学ぶ!パーソナル雇用制度を導入した企業の変革と成果
- 第5回 大手企業でも「パーソナル雇用制度」導入の流れ?
- 第4回 中小企業の採用は「働きやすさ」で勝負する時代
- 第3回 プロ野球選手の年俸更改を参考にしたパーソナル雇用制度
- 第2回 パーソナル雇用制度とは? 未来を切り開く働き方の提案
- 第1回 「労働供給制約社会」がやってくる!