中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第67回

2025年、退職代行サービス利用が過去最高に ~ 現代の労働環境が映し出す課題とは

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

はじめに

2025年1月6日、多くの企業で仕事始めとなったこの日、退職代行サービス「モームリ」の利用件数が過去最高を記録しました。256件という数字は、前回の最高記録180件を大きく上回り、社会に衝撃を与えました。この現象は、単なる数字の増加以上に、現代の労働環境や働き方に関する深刻な問題を浮き彫りにしています。なぜ、多くの人々が新年早々に退職を決意し、そのプロセスを第三者に委ねたのでしょうか。本コラムでは、この異例の事態の背景にある要因を探り、私たちの社会が直面している課題について考察します。


1.退職代行サービスとは

退職代行サービスは、労働者に代わって勤務先へ退職の意向を伝える支援サービスです。主に以下の3つの形態があります。

(1) 民間業者

退職の意向を伝達するが、給与や有給休暇の交渉はできません。

(2) 労働組合

退職届の受入れ、退職金・未払い賃金の交渉、有給休暇消化の交渉などを行います。

(3)弁護士法人

損害賠償請求への対応、未払い賃金の請求、ハラスメントに対する慰謝料請求などを扱います。

このサービスの利用が増加している背景には、転職者数の増加や、会社側の執拗な引き留めなどの労働問題があります。また、直接上司や人事部門と対面して退職を伝えることへの心理的負担を軽減したいという需要も高まっています。しかし、このサービスの利用には法的リスクや注意点もあり、慎重な判断が必要です。


2.2025年1月の退職代行利用状況

2025年1月6日、退職代行サービス「モームリ」の利用件数が過去最高の256件を記録しました。この数字は、前回の最高記録である2024年7月1日の180件を大きく上回っています。利用者の内訳は以下の通りです:

・正社員:202件

・パート・アルバイト:24件

・契約社員:18件

・派遣社員:11件

正社員の利用が圧倒的に多く、全体の約79%を占めています。この数字は、正社員の労働環境や職場での課題が特に深刻であることを示唆しています。また、年始の仕事始めの日に利用が集中したことは、年末年始の休暇期間中に多くの人々が自身のキャリアや職場環境について熟考し、新年を機に大きな決断を下したことを表しています。この現象は、現代の労働環境における様々な問題点を浮き彫りにしていると言えるでしょう。


3.急増の要因分析

2025年1月の退職代行サービス利用急増の背景には、複数の要因が考えられます。

(1)年末年始の9連休の影響:

長期休暇により、自身のキャリアや人生について深く考える時間が得られたことで、多くの人が退職を決意したと推測されます。

(2)メンタルヘルス問題の増加:

休暇後の職場復帰に対する不安や、長期休暇中に蓄積されたストレスが、退職を考える一因となった可能性があります。

(3)具体的な退職理由の事例:

・過酷な労働環境:点滴後の就労強要など、健康を顧みない労働条件

・パワーハラスメント:上司や同僚からの精神的・身体的な嫌がらせ

・職場でのけがの隠蔽指示:労働安全衛生法違反の可能性がある行為

・上司との人間関係の悪化:コミュニケーション不足や価値観の相違

これらの事例は、現代の職場環境が抱える深刻な問題を反映しています。労働者の権利や健康が軽視され、適切なコミュニケーションが欠如している状況が浮き彫りになっています。この急増は、労働環境の改善や企業文化の変革が急務であることを示唆しています。


4.退職代行サービス利用の注意点

退職代行サービスを利用する際には、利用者側と企業側双方に注意すべき点があります。

(1)利用者側の注意点

・サービス内容の確認:契約前に業者の実績や過去の事例を確認し、サービスの範囲を明確にする。

・法的リスクの認識:退職代行の利用により、懲戒解雇や損害賠償請求のリスクがある場合がある。

・悪質な業者への注意:高額なオプション料金の請求や個人情報の悪用などに注意が必要。

・自身の状況の評価:退職代行が本当に必要かどうかを慎重に検討する。

(2)企業側の対応

・退職代行業者の身元確認:業者の名称、担当者名、連絡先を確認する。

従業員本人の意思確認:委任状や契約書の提示を求め、本人からの正式な依頼であることを確認する。

・連絡内容の記録:日時、内容、対応者を正確に記録する。

・法的リスクの回避:非弁行為や個人情報保護に注意を払い、適切に対応する。

直接対話の試み:可能であれば、従業員本人との直接対話を試みる(ただし、圧力をかけないよう注意)。

これらの点に注意を払うことで、退職代行サービスの利用に伴うリスクを最小限に抑え、円滑な退職プロセスを実現することができます。同時に、このようなサービスの需要が高まっている背景にある職場環境の問題にも目を向ける必要があります。


5.現代の労働環境が抱える課題

退職代行サービスの利用急増は、現代の労働環境が抱える様々な課題を反映しています。主な問題点は以下の通りです。

(1)過重労働の問題

・長時間労働や休日出勤の常態化

・ワークライフバランスの崩壊

・健康被害(過労死、メンタルヘルス悪化)のリスク増大

(2)ハラスメントの存在

・パワーハラスメント、セクシャルハラスメントの横行

・モラルハラスメントや新しい形態のハラスメントの出現

・ハラスメント対策の不十分さ

(3)コミュニケーション不足

・上司と部下の意思疎通の欠如

・職場内での孤立や疎外感の増大

・問題解決のための対話の機会の減少

(4)労働者の権利意識と企業の対応のギャップ

・労働法規の理解不足や軽視

・従業員の声を軽視する企業文化

・労働組合の弱体化

これらの課題は互いに関連し合い、職場環境の悪化を招いています。結果として、直接対話による問題解決が困難になり、退職代行サービスの利用増加につながっていると考えられます。労働環境の改善には、これらの課題に対する包括的なアプローチが必要不可欠です。


6.今後の展望と対策

退職代行サービスの利用急増は、現代の労働環境における深刻な問題を浮き彫りにしています。この状況を改善するためには、以下のような取り組みが必要です。

(1)企業に求められる取り組み

・労働時間管理の徹底と長時間労働の是正

・ハラスメント防止策の強化と相談窓口の充実

・定期的な従業員満足度調査の実施と改善策の実行

・メンタルヘルスケアの充実(カウンセリングサービスの提供など)

・管理職向けのコミュニケーション研修の実施

(2)労働環境改善の必要性

・ワークライフバランスを重視した企業文化の醸成

・多様な働き方(リモートワーク、フレックスタイムなど)の導入

・公正な評価制度と透明性のあるキャリアパスの構築

・従業員の声を積極的に取り入れる仕組みづくり

(3)社会全体での取り組み

・労働法規の遵守を徹底するための監督体制の強化

・「働き方改革」の更なる推進と法整備

・労働者の権利に関する教育・啓発活動の強化

・厚生労働省による「まもろうよ こころ」のような相談窓口の拡充

これらの対策を通じて、従業員が直接対話を通じて問題解決できる職場環境を整備することが重要です。退職代行サービスの需要を減少させるためには、根本的な労働環境の改善が不可欠であり、企業と社会全体が協力して取り組む必要があります。


7.まとめ

退職代行サービスの利用急増は、現代日本の労働環境が抱える構造的な問題を鮮明に映し出す鏡となっています。256件という過去最高の利用件数は、単なる数字ではなく、多くの労働者が職場に対して深刻な不満や諦めを抱いていることを示唆しています。

この現象は、企業に対して明確なメッセージを発しています。従業員の声に耳を傾け、働きやすい環境を真摯に追求することの重要性です。形式的な働き方改革ではなく、従業員一人ひとりの人権と尊厳を尊重する組織文化の構築が求められています。

労働者にとって、仕事は生活の糧であると同時に、自己実現の場でもあります。退職代行サービスの増加は、その可能性が阻害されている現状への警鐘と言えるでしょう。

今後、企業、労働者、そして社会全体が協力し、より人間らしい働き方を模索することが、持続可能な社会の実現につながるのです。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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