第72回
変革の時代:2025年労働基準法改正が描く新しい働き方の未来
一般社団法人パーソナル雇用普及協会 萩原 京二
1.はじめに
1985年以来、実に40年ぶりとなる労働基準法の大改正が、2025年に予定されています。この改正は、単なる法律の変更にとどまらず、日本の労働環境と働き方に大きな変革をもたらす可能性を秘めています。
近年、急速なテクノロジーの進化とグローバル化の波は、私たちの働き方を根本から変えつつあります。AIやロボティクスの発展、リモートワークの普及、そしてギグエコノミーの台頭。これらの変化は、従来の「会社員」という概念を超えた、多様な働き方を生み出しています。
しかし、現行の労働基準法は、このような新しい働き方に十分に対応できていないのが現状です。プラットフォームワーカーの権利保護や、副業・兼業の労働時間管理など、現代の労働環境に即した法整備が急務となっています。
2025年の改正は、こうした課題に正面から取り組み、新しい時代にふさわしい労働環境を整備することを目指しています。本コラムでは、この歴史的な改正の主要なポイントを解説し、それが私たちの働き方にどのような影響を与えるのかを考察していきます。
2. プラットフォームワーカーの法的位置づけ
デジタル技術の発展に伴い、ウーバーイーツやクラウドソーシングなどのプラットフォームを通じて働く人々、いわゆる「プラットフォームワーカー」が急増しています。しかし、現行の労働法制では、これらの働き手の多くが「労働者」として認められず、労働基準法や社会保険制度の保護から外れているのが現状です。
今回の改正では、「労働者」の定義を見直し、プラットフォームワーカーを含む新しい働き方をする人々を労働法制の枠組みに取り込むことが検討されています。具体的には、仕事の依頼元との関係性や働き方の実態を考慮し、従来の雇用関係に縛られない新たな「労働者」概念の導入が議論されています。
この改正が実現すれば、プラットフォームワーカーにも最低賃金や労働時間規制、有給休暇などの権利が適用される可能性があります。また、労災保険や雇用保険などの社会保障制度の恩恵を受けられるようになるかもしれません。
一方で、このような変更は企業側にとっては人件費の増加や管理コストの上昇につながる可能性があります。また、プラットフォームワーカー自身の中にも、柔軟な働き方が制限されることを懸念する声もあります。
法改正に当たっては、労働者の保護と企業の競争力維持、そして働き方の多様性確保のバランスをどう取るかが大きな課題となるでしょう。
3.副業・兼業に関する労働時間通算ルールの見直し
近年、キャリアの多様化や収入増加を目的として副業・兼業を行う労働者が増加しています。しかし、現行の労働基準法では、複数の事業場で働く場合、それぞれの労働時間を通算して管理することが求められています。これにより、企業側の管理負担が大きくなるだけでなく、労働者の副業・兼業の機会が制限されるという問題が生じています。
2025年の改正では、この労働時間通算ルールの大幅な見直しが予定されています。新制度では、主たる勤務先での労働時間のみを基準とし、副業・兼業先での労働時間は別個に管理するという方向性が示されています。
この改正により、以下のような効果が期待されます:
・企業の管理負担の軽減
・労働者の副業・兼業の機会拡大
・多様な働き方の促進
一方で、労働者の健康管理や過重労働防止の観点から、新たな課題も浮上しています。例えば、複数の職場での労働時間を合計すると長時間労働になるケースへの対応や、副業・兼業による疲労蓄積のリスク管理などが挙げられます。
改正に向けては、労働者の権利保護と柔軟な働き方の両立を図るため、慎重な議論と制度設計が必要となるでしょう。
4.労働安全衛生法の改正
2025年の労働基準法改正に合わせて、労働安全衛生法の改正も予定されています。この改正は、多様化する働き方や社会のニーズに対応し、より広範な労働者の安全と健康を守ることを目的としています。主な改正点は以下の通りです:
・フリーランスの労災報告義務化
これまで労働者として扱われてこなかったフリーランスにも、労災報告を義務付ける動きがあります。これにより、フリーランスの労働環境の実態把握と安全性向上が期待されます。
・小規模企業へのストレスチェック義務化
現在50人以上の事業場に義務付けられているストレスチェックを、より小規模な企業にも拡大する方針です。これにより、中小企業で働く労働者のメンタルヘルス対策が強化されます。
・高齢者に配慮した作業環境整備の努力義務化
高齢労働者の増加に伴い、彼らの身体的特性に配慮した作業環境の整備を企業に求める動きがあります。これは、高齢者の安全な就労継続を支援するものです。
・女性特有の健康課題への対応
女性労働者の増加と活躍推進に伴い、妊娠・出産・更年期などの女性特有の健康課題に対する職場での支援や配慮を強化する方針です。
・病気の治療と仕事の両立支援
がんなどの疾病を抱える労働者が働き続けられるよう、企業に対して両立支援の取り組みを求める内容が盛り込まれる見込みです。
これらの改正は、従来の労働者像にとどまらない幅広い働き手の安全と健康を守ることを目指しています。一方で、企業にとっては新たな負担増となる可能性もあり、導入に当たっては十分な準備期間と支援策が必要となるでしょう。
5.その他の重要な議論点
2025年の労働基準法改正に向けては、上記の主要な項目以外にも、いくつかの重要な議論点が浮上しています。
・連続勤務制限
現在、議論されている重要な点の一つに、13日を超える連続勤務の禁止があります。この規制は、労働者の健康保護と過重労働防止を目的としています。しかし、医療や介護など、人手不足が深刻な業界からは懸念の声も上がっており、どのように実施するかが課題となっています。
・テレワークとAIによる労務管理
コロナ禍を経て普及が進んだテレワークに関する規定の整備も重要な議題です。労働時間管理や業務効率の評価方法など、テレワーク特有の課題に対応する法整備が求められています。また、AIを活用した労務管理システムの導入が進む中、そのような技術の使用に関するガイドラインの策定も検討されています。
・国際基準との調和
グローバル化が進む中、日本の労働法制を国際基準に合わせていく必要性も指摘されています。特に、労働時間規制や有給休暇取得に関しては、欧米諸国と比べて日本の基準が緩いとの指摘があり、より厳格な規制の導入が検討されています。
これらの議論点は、変化する労働環境や社会のニーズに対応するためのものですが、その実施には慎重な検討が必要です。労働者の権利保護と企業の競争力維持のバランスを取りながら、どのような形で法制化されるかが注目されています。
6. 改正がもたらす影響
2025年の労働基準法改正は、日本の労働市場全体に広範な影響を及ぼすことが予想されます。主な影響として以下が考えられます:
<企業の人事労務管理への影響>
・コンプライアンス対応の強化
新たな規制に適合するため、企業は人事制度や労務管理システムの大幅な見直しが必要となるでしょう。
・人件費の増加
プラットフォームワーカーの保護強化などにより、一部の企業では人件費の増加が見込まれます。
・柔軟な働き方への対応
副業・兼業の促進や多様な働き方に対応するため、より柔軟な勤務体系の導入が求められます。
<労働者のキャリア形成と働き方の変化>
・多様なキャリアパスの実現
副業・兼業の規制緩和により、複数の仕事を組み合わせたキャリア形成が容易になります。
・労働者の権利意識の向上
法改正により労働者の権利が強化されることで、より良い労働条件を求める動きが活発化する可能性があります。
・ワークライフバランスの改善
連続勤務制限などにより、労働者の健康と私生活の質の向上が期待されます。
<日本の労働市場全体への影響>
・労働市場の流動性向上
副業・兼業の促進により、労働市場の流動性が高まる可能性があります。
・国際競争力への影響
労働法制の国際標準化により、グローバル企業にとっては日本での事業展開がしやすくなる一方、一部の日本企業にとっては負担増となる可能性があります。
・新しい雇用形態の創出
プラットフォームワーカーの法的位置づけの明確化により、新たな雇用形態が生まれる可能性があります。
これらの影響は、日本の労働市場を大きく変革する可能性を秘めています。企業と労働者の双方が、この変化に適応し、新たな機会を活かすことが求められるでしょう。
プロフィール
一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二
1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。
Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会
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