中小企業の「シン人材確保戦略」を考える

第46回

本当は怖い労働基準監督署の調査その4

一般社団法人パーソナル雇用普及協会  萩原 京二

 

本コラムではこれまで、労働基準監督署の調査が入り、その対応を誤ってしまうと、最悪の場合には会社や経営者自身が書類送検されてしまうリスクがある、ということをお伝えしてきました。では、書類送検をされるとどうなるのでしょうか?

書類送検された後は、検察官が起訴・不起訴の判断を行います。身体を拘束される「逮捕」と比べると書類送検は軽い処置だと思われることもありますが、最終的な処分に違いはありません。

また、逮捕・勾留された時と違い、タイムリミットもありませんので、検察からの取り調べが長期に渡るケースもあり得ます。起訴された場合に有罪判決を受ける割合については、よく99.9%などといわれています。この割合が極めて高いのは、検察官はほぼ確実に有罪判決を得ることができる事件のみを起訴するためです。そのため、検察官に起訴された場合は、被告人(起訴されると、被疑者は被告人と呼ばれることになります)は、ほとんどの事件で有罪判決を受けることになります。なお、書類送をされただけでは前科は付きませんが、書類送検後に起訴され、その後の刑事裁判で有罪判決が確定した場合には前科となります。

書類送検をされても不起訴となれば、「前科」にはなりません。しかし、だからと言って安心することはできません。たしかに、起訴されなければ刑事事件としては終了となります。しかし、送検事案は厚生労働省のHPで社名とともに公表され、取引先など世間一般に知られ、ブラック企業の烙印を押されてしまうことになってしまうのです。

それだけではありません。企業の経営に対しても、以下のような非常に大きなインパクトを与えてしまうのです。


<金銭的影響>

◆未払賃金請求の遡及が過去2年分から3年分へ延長

 ・民法改正により、2020年4月1日以降の未払い賃金に対しての請求期間の時効が、従来の2年から5年に延長(但し経営への影響も勘案して、労基法の特別規定で当面の間は3年)。

◆労災事故による、多額の示談金、損害賠償金の支払い

 ・被災労働者やその遺族との示談金や、民事訴訟を提起された場合の解決金・損害賠償金が多額に。死亡の場合、ライプニッツ係数による逸失利益が「1億円」を超えるケースもある


<社内への影響>

◆送検事案での煩雑な捜査対応、送検・訴訟手続きに対する疲弊

 ・現場への強制捜査や、会計事務所等の立ち入り、書類の押収

 ・被疑者または参考人として、労基署へ呼び出され、供述調書をとられる

 ・送検された場合、弁護士に依頼し、検察官や裁判官への対応が必要

◆社内モラル・モチベーションの低下

 ・捜査や送検の過程で、社内モラルや社員のモチベーションが低下する。

◆労働生産性の低下、退職社員の増加

 ・モラルやモチベーションの低下は、労働生産性の減少にも繋がり、退職社員の増加リスクにもなる


<対外信用力への影響>

◆企業名公表措置やマスコミ報道による企業イメージ・対外的信用力の低下

 ・厚生労働省は、従来から送検事案のみ公表していたが、平成27年から公表基準を変更し、全国展開規模の企業での違法な長時間労働に対して、是正勧告段階での公表をも行っている。

 ・新聞・テレビなどのマスコミ報道による、企業イメージ・信用力の失墜

◆対外的信用力低下が及ぼす事業への影響(取引停止、売上高の減少)

 ・受注業(建設業など)では、入札対象業者から外されることがある。

 ・運送業では、退職や就職希望者離れにより、ドライバー不足となり、荷主からの発注が受けられなくなる。

 ・メーカーでは、消費者マインドの冷え込みで、自社製品の売り上げが減少する。ケースによっては不買運動も。


ここまでお読みをいただき、労働基準監督署の調査というのは決して侮れないということがご理解いただけたと思います。労働基準監督官というのは、特別司法警察職員として犯罪を捜査し、被疑者を検挙する権限を持っているのです。ですから、労働基準監督署の調査というのは、ある意味では税務署の調査以上に恐ろしいものとも言えるのです。


 

プロフィール

一般社団法人パーソナル雇用普及協会
代表理事 萩原 京二

1963年、東京生まれ。早稲田大学法学部卒。株式会社東芝(1986年4月~1995年9月)、ソニー生命保険株式会社(1995年10月~1999年5月)への勤務を経て、1998年社労士として開業。顧問先を1件も持たず、職員を雇わずに、たった1人で年商1億円を稼ぐカリスマ社労士になる。そのノウハウを体系化して「社労士事務所の経営コンサルタント」へと転身。現在では、200事務所を擁する会員制度(コミュニティー)を運営し、会員事務所を介して約4000社の中小企業の経営支援を行っている。2023年7月、一般社団法人パーソナル雇用普及協会を設立し、代表理事に就任。「ニッポンの働き方を変える」を合言葉に、個人のライフスタイルに合わせて自由な働き方ができる「パーソナル雇用制度」の普及活動に取り組んでいる。


Webサイト:一般社団法人パーソナル雇用普及協会

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