穏やかなることを学べ

第15回

企業に求められる“発達障害グレーゾーン”対策

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

発達障害を疑う若手社員が急増

私事で恐縮だが、産経新聞の記者をしていた頃に「鬱(うつ)病」を病んだ事がある。大阪勤務の時代だが、毎日に忙殺されて不眠、片頭痛、耳鳴りなどが酷くなり、思い余って心療内科を受診したところ、即座に鬱と診断された。以来、メイラックス、レキソタンといった抗うつ剤や誘眠剤は欠かせないが、今では耳鳴りが残る程度で治癒、平穏に日々を過ごしている。

あまり思い出したくない話ではあるが、敢えて書いたのは、旧知の心療内科の医師から、初診で訪れる若い人に「自分は発達障害かもしれない」「鬱病になったのでは」という人が急に増えてきた、と聞いたからだ。特に急増しているのは前者である。鬱については、ふさぎ込んだ表情などで自分自身だけでなく周囲の人に指摘される場合も多いが、後者については言葉そのものが曖昧で定義も難しい。

メディアにも責任の一端が

人間関係も含めて社会が複雑化、多様化して、会社生活に適応できない状況が増えてきたことや、「発達障害」という言葉がメディアなどで安易に使われすぎていることも、その背景にはあると思う。50代、60代ではまだまだ少ないらしいが、医療業界の資料によると30代以下の若年層の社会人を主体に、相談に訪れる人が増加しているそうだ。

その医師によると、相談内容も実にさまざま。「何度もやめようと思っても衝動買いが止まらない」「頭ではわかっていても、部屋を整理整頓出来ず、部屋にゴミが溢れたまま」「遅刻癖が抜けず上司の叱責も苦にならない」。並べ始めるときりがないが、要するに自分自身を制御出来なくなっている怖さが「ひょっとしたら自分は」ということになっているらしい。上司を伴って、相談に訪れる人もいるという。

そこで、こうした現象について、ストレスマネジメント分野の専門家でヒューマンケアに詳しい舟木彩乃博士に尋ねると、この安易に使われている「発達障害」という言葉に対する誤解が、こうした傾向を招いているのでは、と指摘する。

「発達障害」は先天的障害、グレーゾーンとは切り離すべき

舟木氏によると「発達障害というのは、脳機能の発達に関する先天的な障害で、後天的に発症するものではない」という。例えば社会人になって、生活パターンが変化したり、転勤や部署異動で人間関係が難しくなって、その結果、発達障害を発症することはあり得ないというのだ。

確かに、誤解を恐れずに言うと、我々は職場の周囲を見渡して「極端に空気を読めない」「整理整頓が出来ない」「遅刻が頻繁にある」「会話がかみ合わない」ことが顕著な人を、「発達障害では」と疑いがちだ。ただ、これらの顕著な行動を繰り返す人は「スペクトラム障害(ASD)」や「多動性障害(ADHD)」といったれっきとした病気に分類できる。むしろ問題は、「病気とは判断出来ないような“グレーゾーン”の人が職場でも急増していることだ」と舟木氏。

つまり、会社で管理職や上司を悩ましているのは、行動に“発達障害的”な傾向がみられるグレーゾーンの人達であり、自分を疑って心療内科を訪れる人の多くも、このグレーゾーンに属しているという。

ただ、グレーゾーンと言葉にするのは容易だが、その対応となると容易ではない。職場環境などに適合出来ていないグレーゾーンの社員への対応を誤れば、ハラスメント問題にもつながりかねないし、前述の医師によると「対応次第では適応障害から鬱病、依存症など二次疾患に進みかねないリスクをはらんでいる」というのだ。逆にそのことで、上司の側の心も蝕まれかねない。

グレーゾーン対策に動き出した企業

最近ではこうしたグレーゾーンが疑われる社員に対して、具体的な対策に乗り出す企業も増え始めている。例えばDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)という考え方を経営理念に取り入れる企業が増加しているのもその一つだ。大企業から中堅企業に至るまで、相当数に上る。

このDE&Iという言葉については耳慣れない人が多いかもしれないが、「ダイバーシティの考え方を前提に、より以上の公平・公正(エクイティ)を加えた考え方」を指す。推進役でもある日本生産性本部によると、企業の理念や経営方針に「多様性、公平性」といった様々な価値観を取り入れることで「多様な人材を受け入れて公平な機会を提供、互いに成長できる環境を目指す」ことが目的という。

簡単に言えば、グレーゾーンにいる当事者や、彼らとかかわる社員だけではなくグレーゾーンにまつわるトラブル、課題を組織全体でとらえる企業風土を、このDE&Iという対策を取り入れることで醸成していくという発想である。

企業の中には、この対策に沿って、メンタルの不調を部署外の特定知識のある人に自由に相談出来る「ピアケア」と呼ばれる仕組みや、組織全体で常に当事者をフォローアップしていく「チームケア」を導入するケースも急増している。

確かに、企業側も従業員に対するストレスマネジメントの中で、安易に「発達障害」という言葉を使うことは多い。また、メディアの側も発達障害が先天的な病気であることを理解せずに、表現してきた現実を真摯に受け止める必要がある。

グレーゾーンの問題と発達障害は切り離して考え、当事者やその上司、部下だけが悩むのではなく組織全体の課題として受け止めてグレーゾーン対策を講じること、例えば「ピアケア」担当者を増やす、DE&Iの発想を最大限に活用した人事異動を実施する、といった対応が、これからは大きな課題となってくるのではないか。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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