穏やかなることを学べ

第13回

山茶花に「新しい年」を思う

イノベーションズアイ編集局  編集アドバイザー 鶴田 東洋彦

 

松の内が過ぎたこの季節、必ずと言って思い出す光景がある。薄っすらと積もった雪の上に、重なり合うように散った紅の花弁。横に佇む年配の婦人に「やはり椿の花弁は綺麗ですね」と話しかけると、やんわり「山茶花ですよ」と正された景色の記憶だ。もう20年ほど前だろうか、取材で京都の会社を訪問した後に訪ねた蹴上の山あい、南禅寺に近い社(やしろ)、日向大神宮の境内だったと思う。

花の形を保ちながら「落ちる」椿に対し、山茶花は花弁が一枚一枚「散る」ことを、この時に初めて知った。ただ、同じ常緑の小高木、山茶花を椿と見分けるのは難しい。椿と比べて葉が小ぶりで、繊弱な花がほのかに香ることくらいだろうか。「姫椿」とも呼ばれる山茶花だが、その育ちを紐解くと、同じ椿属でも随分違うことに驚く。

北米が原産の椿に対し、山茶花は日本固有の花である。俳句や和歌の世界で冬の季語ということもあり、厳冬でも花をつけることから寒さに強いと思われがちだが、実は椿と比べると寒さには弱い。北限は九州、四国あたりだろうか。寒さに強くなったのは、園芸種に改良されてからだ。

ちなみに、椿の学名は「カメリア」。17世紀のボヘミア(現在のチェコ)の宣教師で植物学者のヨゼフ・カメルにちなんでいる。だが、日本生まれの山茶花は学名も「サザンカ」である。もっとも「さざんか」と呼ばれるようになったのは江戸の中頃から。葉がお茶代わりに飲めることもあり、万葉の時代は山茶の花、「さんざか」と詠まれている。

日向大神宮だけではない。近くの南禅寺、永観堂に向かう道すがら、多くの紅や薄桃色の山茶花が冬の風に吹かれていた。京都は久世郡の久御山町はじめ幾つかの地域が山茶花を町の花に指定している。馴染み深い花なのだろう。

10年前の冬、大分の日田で見た純白の山茶花も印象に残っている。日田は「大分の水郷」と呼ばれ、中心部を三隅川がゆったりと流れている。その河畔の宿近くに、真っ白な花がたくさん花弁を広げていた。もともと山茶花の野生の個体の花は白か淡い桃色である。幹の太さからかなりの樹齢と推測できたので、今、思い返すと野生種だったかもしれない。

山茶花と言えば、東京・神田の神田神社、通称「神田明神」の境内でも多くの花をつけている。ここは丸の内や大手町、神田といった場所の守護神(総氏神)でもあることから、例年、多くの企業関係者が参拝に訪れることでも知られている。天平2年(730年)創建と伝えられ、江戸の総鎮守として栄えてきた古社でもある。

今年の仕事始めの日も、境内は溢れんばかりの背広姿で、山茶花の花は肩身の狭い思いだったろう。だが、本殿の裏側にある句碑を訪ねる人も意外と多くいる。句碑に刻まれているのは昭和初期の俳人、安部嘗人(しょうじん)の詠んだ「山茶花の散るや己(おのれ)の影の中」。己を山茶花の花に投影し「咲き、枯れ、散っていく」人生の移ろいを読んだこの句は、俳雑誌「好日」を主宰した嘗人の代表作だが、改めて年の初めに将来を思い浮かべる企業人の多くの心に響くものがあるのだろう。

歌人の窪田空穂にも新年に山茶花を詠んだ印象的な歌がある。「山茶花の 樹相めでたし 寒天に きらめく諸葉 白き花々」。寒空の下で白い花をつける山茶花の老木を前に、新年の冴えた冬の空気の中、健気に咲く白い花々に、空穂は新しい年の希望を詠み込んだ。

決して目立つことがない山茶花だが、嘗人や空穂の句や歌を知り、眺めるとその奥深さが心に染みる。派手な趣はない。ただ、嘗人や空穂だけでなく、遠く万葉の時代から多くの歌人が歌に読み、江戸の時代に入って多くの俳句に登場する。それだけの魅力を秘めているのだろう。慌ただしいこの季節、改めて山茶花のたたずまい眺めながら、この新しい年のことを見詰め直すのも心洗われる時間だと思う。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦

山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。

産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。

著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。

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