第12回
“冒険心”を掻き立てられる場所
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
数万年前の空気に触れる
いきなりこんな表現をするのは無粋だとは思うが、どんな年齢になろうと、新鮮な発見には感激する。それが身近な場所であればなおさらだ。そんな気持ちを味合わせてくれたのが、東京・立川市にある「南極・北極科学館」という施設である。
南極や北極を調査、研究する国立極地研究所の情報発信拠点として2010年に無料で開館したが、都心から離れていることもあってかほとんど知られていない。ところが訪れてびっくりである。何か「冒険心」を掻き立てるような展示が至るとことにあり、目を引き付けてやまない。宣伝めいた表現だが、行けばわかると思う。
南極と言えば、先日、自民党の某議員が、海上自衛隊が採取した南極の氷を自身の選挙区の児童や父兄に配って物議をかもしたが、この施設では誰もが、南極観測隊が持ち帰った氷を気軽に触れることが出来る。建物の入り口近くから、まず誰もが南極を“体感”出来るような仕組みだ。
もちろん、数万年も前の空気が閉じ込められている氷に触る体験は貴重だが、展示物も興味を引くものが多い。すべて紹介していくときりがないので、意外なもの、貴重なものをいくつか挙げたい。唐突で恐縮だが、まず南極で越冬した猫がいたという展示から。
南極で越冬した猫「たけし」
南極観測隊と言えば、どうしても頭に浮かぶのはタロとジロ。昭和31年の第一次南極観測隊に同行した樺太犬の兄弟で、南極に取り残されながらも生き抜いて救出されたことは映画にもなった。もちろんこの施設にも、雪上で奮闘するタロ、ジロをはじめとした樺太犬などの写真も展示されている。
ところがこの観測隊に猫も乗船し越冬したことは、おそらく誰も知らないのではないか。その南極猫の名前は三毛猫「たけし」。施設の人に聞くと当初は予定になかった「猫は縁起がいい動物だから」ということで、急遽、出発間際に乗船が決まったらしい。ちなみに「たけし」という名前は、越冬隊長の永田武氏の名前にあやかってつけられた。この「たけし」の姿をそのまま再現した人形が、越冬隊員の衣装の展示横にちょこんと座っている。
日本機械遺産の展示も
そして「たけし」の奥に展示されているのが雪上車だ。第九次南極観測隊が日本で初めて南極点に到達した時の雪上車「KD604」号で、黒塗りの外装がたくましい。聞くと重さは7・4トン、燃費はリッター4キロほどとか。外装を黒塗りとしたのは、太陽光を吸収しやすいように。内装も公開されているが、ここで数か月の長旅をしながら観測・研究を行ったとは思えないほど簡素である。
記録によると、この雪上車が東オングル島にある昭和基地を発ったのは1968年9月28日。南極点には12月19日に到達し、往復5200キロを約2か月かけて昭和基地に帰還している。小松製作所が製造したこの雪上車は、2014年に日本機械学会から「機械遺産」に認定されている。
ちなみに機械遺産とは、日本の歴史に残る機械技術を文化的遺産として次世代に伝えることを目的に認定されたもので、東海道新幹線の「0系」や、日本初の内視鏡であるオリンパスの「ガストロカメラ」、旅客機のYS-11、マツダのロータリーエンジンなどが有名かもしれない。
極地点到達を競った者たち
展示物の周りに目を向けると、極地探求を記録したモノクロの写真が並ぶ。人類初の南極点到達に挑んだノルウェーのロアール・アムンゼンと英国のロバートスコット。栄光を勝ち取ったアムンゼンと彼が乗船したフラム号、失意の中で遭難死したスコットの記録写真は、100年以上も前に極地に挑んだ人間の勇気を教えてくれる。ここでは同じ時代に北極、南極探検に挑んだ陸軍中尉白瀬矗(のぶ)の貴重な動画を見ることも出来る。
こうして挙げていくときりがないが、施設内にさらに目をやると昭和基地で研究用に撮影されたオーロラの映像や隊員の居住スペースの紹介、採取された大小の隕石と、本当に新しい発見ばかりである。とりわけオーロラの映像は、極地で見上げているような錯覚に陥るほどだ。
施設を見学しながら思い浮かべたのは、中学生のころ夢中で読んだノルウェーの人類学者トニー・ヘイエルダールの「コンティキ号探検記」、スウェーデンの地理学者スヴェン・へディンの「さまよえる湖」といった数々の記録文学である。全者がポリネシア、後者が中央アジア、ロプノル湖と舞台こそ異なるが、冒頭に書いたように冒険心を掻き立てるという点では、この施設に共通の思いを感じた。また、それを感じさせる雰囲気も漂う。
日頃、仕事に忙殺されていると、もちろん自分自身もそうだが、かつて抱いていたような冒険心、好奇心というものがつい薄れがちになってしまう。例えば学生の時代に抱いていたような辺境への旅、誰も訪ねていかないような辺鄙な場所を訪れるような夢。そんな思いを抱いていた人も多いと思う。そんな人たちにこそ、是非、この「南極・北極科学館」をお薦めしたい。忘れていた自身の中の“何か”に、スイッチを入れてくれるきっかけになるのでは、と強く思う。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。