第7回
沖縄戦に散った知事「島田叡(あきら)」
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
沖縄戦が終結して間もなく79年。当時の沖縄県知事、島田叡(あきら)について詳しく知ったのは、産経新聞の西部代表として博多に赴任してからである。「死を賭して」赴任した知事として名前だけは頭にあったが、その生き様に強く感動したのは那覇の奥武山公園の顕彰碑を前にしてからだ。昨今の政界、地方自治の混迷の深さ、相次ぐ企業不祥事などに触れると、改めて島田の責任感、使命感の凄さに感嘆せざるを得ない。
沖縄県史に詳しい人なら今さらと思うだろうが、まず島田の略歴に触れておきたい。兵庫高校、帝大(東大)野球部の名手として鳴らした島田が沖縄県に知事として着任したのは、米軍の上陸が必至とされた昭和20年1月31日のことだ。3週間前という直前の打診を島田は即刻受諾したという。庁舎のある那覇が空襲を受ける直前の時期である。
米軍が上陸すれば、当然、知事の命も危ぶまれる。島田は「誰かが、どうしても行かなならんとあれば、言われた俺が断るわけにはいかん。俺は死にたくないから、誰か代わりに行って死んでくれ、とは言えん」。妻と二人娘、周囲の反対を押し切って青酸カリと日本刀を忍ばせて着任した島田の胸中はどうだったのだろうか。
当時、沖縄は内地からの輸送も途絶え、深刻な食糧難に陥っていた。就任早々、島田は危険を顧みず自ら台湾に飛び、交渉の末、県民全体の半年分に当たる米3000石分の確保に成功する。さらには大蔵省専売局の出張所に自ら出向き、厳しく統制されていた酒や煙草の特別放出を指示する。
米軍上陸が近いと知った前任の知事、泉守紀が各官庁との折衝という理由で逃げるように東京に出張、知事の座を降りたまま沖縄には戻らなかっただけに、県民の島田に対する信頼度は高まった。島田は前任者のもとで遅々として進まなかった北部への県民疎開や、食料の分散確保など、喫緊の問題を迅速に処理。同年3月に入り空襲が始まると、県庁を首里に移転し、地下壕の中で執務を始めている。
以後、沖縄戦戦局の推移に伴い、壕を移転させながら指揮を執った島田だが、記録によるとおよそ横柄なところのない人物で、女子職員が井戸や川から水を汲み洗顔を勧めると「命がけの水汲みの苦労を思えば、あだやおろそかに使えないよ」と、ほんの少ししか水を使わなかったという 。
軍とは緊密に連携してきた島田だが、陸軍守備隊の首里撤退、南部への移動に際しては「南部には多くの住民が避難しており、住民が巻き添えになる。」と強く反対、撤退が決まると「軍が武器弾薬と装備も整った首里で玉砕せずに摩文仁(現在の糸満市)に撤退し、住民を道連れにするのは愚策だ」と憤慨。沖縄陥落が目前に迫った6月9日には同行した県職員・警察官に対し、「どうか命を永らえて欲しい。」と訓示し、県及び警察組織の解散を命じている。
島田の消息が途絶えたのは訓示のおよそ2週間後の6月26日。警察部長荒井退造とともに摩文仁の壕を出たあと消息を絶ち、現在まで遺体は発見されていない。島田殉職の報に接した当時の内務大臣安倍源基は、島田に行政史上初の内務大臣賞詞を贈り、「其ノ志、其ノ行動、真ニ官吏ノ亀鑑ト謂フベシ」と称えている。内務大臣が一知事に対し賞詞を授与するのは前例がないことだった。
現在も島田は沖縄の人たちに「島守」として尊敬され、糸満市の摩文仁の丘には慰霊碑「島守の塔」が立つ。また、俊足、強肩の名野手だった島田に因み、秋に開かれる沖縄県高等学校野球新人中央大会の優勝校には島田叡杯が授与されている。さらに東京の多磨霊園の墓所に収めるべく、島田の遺骨捜索は、現在もなお地元のボランティア団体「島守の会」や母校の兵庫高校OBの手で行われている。
海軍陸戦隊を率いて沖縄の地で玉砕した大田実海軍少将と「肝胆相照らす」仲であったと言う島田は、太田にこんな言葉を残しているという。「人は誰もが命は惜しい。だが卑怯者と呼ばれるのはもっと怖い」。小手先の弥縫(びぼう)策に走る政治家、今もなお頻発する不祥事を糊塗するのに懸命な経営者たちはこの言葉をどう聞くのか。そして強い倫理観が問われる現在だからこそ、我々もまた改めて島田の精神を心に銘記せねばならないと強く思う。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。