先日、居酒屋で友人の一人から「何か言うことが年寄り臭くなったな」と言われて、我ながら妙に納得した。確かに話を始めると、何かにつけて「あの頃は・・・」といった前置きが多いような気もする。だが、ここ数年だろうか、齢を重ねるごとに、取材の現場にいたあの頃、そして熱心に応じてくれた経営者の顔が目に浮かんでならない。
そんな折に、先日、森ビルの元取締役で旧知の礒井純充氏から願っても無い話が舞い込んできた。磯井氏が主宰する私設の図書館、「まちライブラリー」の関係者などに「新聞記者から見た経営者像」という題目で記者時代の経験を語ってくれないかと言う依頼である。まさに「あの頃」を語ってくれと言わんばかりの企画ではないか。
飛びついたのは言うまでもないが、記者商売を30年以上も経験すると、取材した経営者は数知れず。まして「経営者像」となると、どう語ればいいのか到底見当もつかない。
講演は何とか経験談で取り繕ったが、個人的に思いの残る経営者だけは、まだ記憶の底に張り付いたままだ。ということで、このコラムの場を借りて、尊敬すべき経営者を振り返ってみたい。個人的な見解としてだが。
正直、別格なのは第7代の経団連会長を務めた東京電力の平岩外四氏である。財界担当の記者として取材した1997年には既に経団連会長の座を豊田章一郎氏に譲り、名誉顧問的な立場ではあったが、とにかく知識が半端ではなく、財界での影響力も絶大だった。
政官財の癒着を断ち切るために、戦後38年間続いた自民党への政治献金斡旋を廃止する大決断をしたこと、電力業界が50%値上げを迫られた昭和55年に当時の大平正芳首相に直談判して認めさせたことなどが喧伝されたが、凄腕のイメージは皆無。柔和な人柄に強く惹かれた。
東雪谷の自宅の地下の蔵書は約3万冊、経団連会長退任後も毎月60冊の新刊書を購入していたので、自宅は書籍で溢れていた。大げさでなく、今でも「最高の知性の人」は平岩氏以外にないと確信している。
昨年、逝去した牛尾治朗氏も忘れられない一人である。東京銀行を経てウシオ電機を設立して頭角を現し、土光敏夫臨調で専門委員として土光氏を補佐、「若手財界人の旗手」と呼ばれた牛尾氏だが、政界とのパイプは太く、政局を語った姿が懐かしい。経済財政諮問会議の民間委員として、小泉純一郎内閣の財政改革のシナリオを描いた牛尾氏の弁舌は鋭く、経済同友会時代の発言の切れ味は、担当記者でも舌を巻くほどだった。
住友銀行副頭取からアサヒビール社長に転じて再建した樋口廣太郎氏の印象も強烈だ。47歳で住友銀行の取締役に就任しながら、後のイトマン事件で失脚する磯田一郎頭取と対立、当時瀕死の状態だったアサヒビールに転出して再建したことはつとに有名だが、自分に対しても、人に対しても本当に厳しい人だった。
自宅のソファで足を組んだ某紙の記者を「人の話を聞きながらその態度は何だ」と怒鳴りつけたり「勉強し直して出直せよ」と言うのもたびたび。「柔の経営者」の代表格が平岩氏なら、樋口氏が「剛の経営者」の筆頭格だ。
平岩氏を継いで経団連会長だった豊田章一郎氏は、記者として担当していた時代が会長に就任して3年目。トヨタの工販合併前に、石田退三や花井昭八といった“大番頭”に鍛え上げられたせいだろうか、豊田家の本流と言う気負いもなく、逆に寡黙ながらも骨太の人に変身していた。
ほかにも、尊敬すべき経営者を挙げていけばきりがない。例えば、当時の日経連会長だった日本郵船の根本二郎氏。記者から「知識インフレ」と揶揄されるほどの膨大な知識量には驚かされた。時期は前後するが、小池事件で自殺した当時の第一勧銀頭取の宮崎邦次氏や、平岩氏の後継の東電社長の那須翔氏の人柄にも魅かれた。
こう挙げていくと、まさに「あの頃の」経営者ばかりだ。ただ、今でも魅かれるのは、記者を引き付ける磁力のようなものが彼らにはあった。「懐の深さ」という言葉で片付ければそれまでだが、一言でいうと「諫言を受け入れる寛容さ」とでも表現できると思う。
誰もが諫言は耳に痛い。権力の座にあればなおさらだ。ところが今振り返ると、彼らは耳に痛い情報ばかりを聞きたがった。経営者の度量を図る秘訣は「そこだな」と妙に納得した覚えもある。樋口氏あたりから草葉の陰で「新聞記者風情が生意気なことを」と叱責されるかもしれないが。
もし、時間が撒き戻せるなら、今の自民党政権の体たらく、綱渡りの安全保障、対中問題など聞いてみたいことは山ほどある。「平岩さんだったらどう語るだろう」。こんなことを切り出すと、また友人から叱責されそうだが。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。