第14回
誰がトランプに警鐘を鳴らすのか
イノベーションズアイ編集局 編集アドバイザー 鶴田 東洋彦
政治家は誤算する
政治家というのは、往々にして誤算するものだと思う。昨年、発生した韓国での尹錫悦大統領による戒厳令の発令とその後の収監、シリアでのアサド政権が崩壊とロシアへの亡命、という二人の大統領の信じがたい誤算を目の当たりにして、改めてそのことを痛感した。
そもそも、戦略的な政治判断というものは、正確な情報があってこそ成り立つものだ。ところが、独裁者と言われる人間は、時に置いてそこを誤ってしまう。先の二つの大戦は日本、ドイツ、ソ連の独裁者による“独裁的判断”が、考えられないような悲惨な結果をもたらしたが、発令からわずか6時間で戒厳令を解除した後の政治的混乱から起訴、収監された尹大統領、24年間にわたって独裁政権を敷いたアサドの行動を見る限り、独裁者の悲劇というものは今もなお続いている。
端的に言えば、政治家、軍人の素養がないにもかかわらず大統領の座に合った二人の失脚には「下から正しい情報が上がらない」という独裁者の共通項が見て取れる。もちろん、その共通項は、今もなお独裁政権を続けるロシア大統領のプーチン、中国の習近平、北朝鮮の金正恩、あるいは民衆に投票を強要させ、1月の選挙で圧勝したベラルーシ大統領のルカシェンコにもある。民主化の限界、というものがそこにはあるのだろう。
トランプ政策に匂う孤立主義
なぜ、独裁者の問題を書き連ねてきたのかというと、「米国第一」を掲げて復権したトランプ大統領の行為、言動からその“匂い”を強く感じるからだ。多くの識者に指摘されたように、忠実な人物で固められた閣僚の体制、イーロン・マスク氏に代表される経済界の急接近に対応した経済政策、関税を武器とした貿易政策、法の支配が揺らぎかねないような移民の排除、孤立主義ともいうべきものの萌芽が顕著に映る。
対外関係だけではない。国内においても性的少数者を含めた「価値観の相容れない人」への不寛容な姿勢は、就任以降、むしろ加速しているように見える。このまま、自国の利益・都合を優先するポピュリスト的な動きがさらに強まれば、それはそのまま独裁政権というものに姿を変えてしまう。不法移民者の強制撤去の映像や性的マイノリティに対する批判をテレビなどで見るたびに、手遅れにならぬ間に警鐘を鳴らす必要を強く感じる。
気候変動対策のパリ協定からの離脱、世界保健機構(WHO)からの脱退など、非民主的な動きが発生したら、むしろそれに制動をかける忍耐強さこそが、本来なら米国の大統領に求められる姿勢だ。民主党政権にはそれがあった。確かにグローバル化が進む中で、労働組合の動きも加速、製造業を主体とした米国の競争力低下、賃金格差の拡大が進んでいるのは事実だ。だから、こうした国際的な機関から離脱する、保護貿易に転換する、内政の比率を圧倒的に高める、というのもあまりに短絡的だろう。
肝心なのは、世界的な民主化の危機の中で、自由主義を標榜する各国は、米国の大統領を「独裁者」にしてはならないということだ。トランプが大統領の座から降りた4年前と異なり、民主主義を切り崩すような発言はすでに許されぬ状況であることは、ウクライナや中東情勢を見ても明らかだ。
先鋭化に変化も
ただ、先鋭的に見えるトランプ政権だが、ここにきて冷静な動きも目に付くようになってきた。例えばバイデン政権のもとで誕生した「QURD(クアッド)」。日豪印に加えて米国の外相が加わっての、台頭する中国を念頭に置いての国際協力の枠組みだが、トランプ政権誕生の翌日には就任したばかりのルビオ国務長官も出席してワシントンで開かれている。
もちろん中国を名指しこそしてはいないが、この会合を次回はインドで開くことを決めるなど、バイデン政権の下での政策を継続する動きもある。中国やメキシコ、カナダなどに対しての相次ぐ関税引き上げの脅しも、部品や原材料の供給網つまりサプライチェーンの分断加速という形で、逆に米国経済に跳ね返ってくる現実を、米国メディアも指摘し始めている。この問題も閣僚間でより真摯に向き合うべきタイミングが来るだろう。
あまりにも軽い「楽しい日本」
日本政府も企業もそうだが、関税の影響を危惧するのは当然としても、トランプ政権との向き合い方をどう進めるかは、当然ながら国の将来につながりかねない課題だ。「4年間の辛抱だ」と語る財界人もいるが、今回の4年間の任期は前回とは全く異なる。すでにEUなど先進諸国は、トランプ大統領を現在の「デゴマーク(扇動家)」にしないようにどう向き合っていくか、真剣な議論が始まっている。
肝心の外交・防衛問題、日米安全保障、災害から財政問題まで各省庁からの寄せ集めの言葉を羅列し、目指すべき国家ビジョンも示せない中で「楽しい日本」を作り上げると通常国会の施政方針で演説した石破茂首相。持論の地方創生の部分にだけは力を込めたものの、これでは「まだこのレベルか」とEU諸国などに辟易とされるだろう。だとしたら、実現はいつかという問題は別として、せめて日米会談までには、トランプ大統領と対峙出来るだけの処方箋は描いておいて欲しいと真に願う。この危機の時代、「楽しい日本」ではあまりに言葉が軽すぎるのではないか。
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
編集アドバイザー
鶴田 東洋彦
山梨県甲府市出身。1979年3月立教大学卒業。
産経新聞社編集局経済本部長、編集長、取締役西部代表、常務取締役を歴任。サンケイ総合印刷社長、日本工業新聞(フジサンケイビジネスアイ)社長、産経新聞社コンプライアンス・アドバイザーを経て2024年7月よりイノベーションズアイ編集局編集アドバイザー。立教大学、國學院大學などで「メディア論」「企業の危機管理論」などを講義、講演。現在は主に企業を対象に講演活動を行う。ウイーン国際音楽文化協会理事、山梨県観光大使などを務める。趣味はフライ・フィッシング、音楽鑑賞など。
著書は「天然ガス新時代~機関エネルギーへ浮上~」(にっかん書房)「K字型経済攻略法」(共著・プレジデント社)「コロナに勝つ経営」(共著・産経出版社)「記者会見の方法」(FCG総合研究所)など多数。