第6回
「なぜ、日本の企業人材育成は、海外から遅れを取っているのか?」 NPO法人 日本イーラーニングコンソシアム 名誉会長 小松 秀圀氏 【後編】
株式会社ベーシック 田原祐子
自己研鑽する、自律型人材の必要性
田原:企業側だけでなく、研修を受講する人材側にも、課題がありそうです。このような変化の激しい時代には、当然のことながら、変化する時代に取り残されぬようキャッチアップしていくためのリスキリング(Re-Skilling新しい時代に合わせた新たなスキルを習得すること)が必要です。しかしながら、社会人・大学生ともに、プライベートタイムに自らスキルを身につけるべく勉強に費やす時間は、これもまた海外と比較して非常に少なく、企業内人材育成や、個人が自律的に学ぼうとする姿勢、すべてにおいて海外から遅れを取っていることを、非常に危惧しています。
表1:自己研鑽しない日本(出展:パーソル総合研究所APAC就業実態・成長意識調査(2019年)
毎年ワーカーの5%が解雇される可能性のあるアメリカの文化
小松名誉会長:アメリカは、基本的にはジョブ制の契約社会ですから、ワーカーは自分の仕事が満足にできなくなった時には、会社にいられなくなると考えるのが通常の考え方であり、ワーカーは業務関連のスキルアップに余念がありません。また一般的にワーカーの5%程度は毎年のように解雇されている文化の中で働いています。また企業側も、やはり永年勤めているワーカーは勤勉であり、安定しているので、基本的には永年勤続を目指し、ワーカーが自主的に学ぶ機会を積極的に与えています。なぜなら、優秀な人材ほど、「この企業のこの仕事で、この環境で、このまま働き続けていても、この先安定した仕事を続ける能力が無くなる」と感じると自主的に離職してしまうからです。日本も、最近の若い人たちは、この考え方に近いかもしれません。一流企業に就職しても、この企業で自分を活かす道が見つからないという感じた時には、企業の大小を問わずワーカーから見切りをつけて辞めてしまいます。
3年で20%離職するという数字は企業の大小問わず存在する悩ましい数値です。
日本のこれからに必要な、実務に即した人材教育
田原:おっしゃる通りです。私自身の取り組みとしては、企業のコンサルティングや研修を手掛けていますが、その中で最も大切にしている考え方は、「仕事ができない人は、仕事ができる方法を教えてもらっていない(=指導を受けていない)だけ」という考え方で、誰ひとり、仕事の落ちこぼれを出さす、「学習する組織」ができるよう、サポートしています。また、フレーム&ワークモジュールⓇという、シンプルでベーシックな指導法を企業内でお教えし、全員が、実務を可視化して、先輩等の暗黙知(ノウハウ)を形式知化(マニュアルやリスト、システム等で再現すること)しています。そして、この、人と組織が持つ暗黙知を形式知化したツールを活用して、人材を育成しているのです。なぜなら、小松さまも危惧されていいように、3年で20%離職するという現状に加えて、「企業のベテランが定年退職してしまうと、企業内のノウハウがなくなってしまう、または、他社・他国に流出してしまう」という、もう一つの大きな課題があるためです。人材の流動性の高まりと同時に、仕事がうまくできるノウハウの可視化だけでなく、全社の実践で得た暗黙知、実践知を共有する重要性と、具体的な方法を指導しています。
小松名誉会長、本日は、貴重なお話しをいただき、本当にありがとうございました。
日本が再度、海外に遅れを取らぬよう、いっそう成長するためには、経営トップ、人事部、働き手、全員が意識改革をして臨まなければなりませんね。最後に、これからの日本の企業内人材育成について、教えていただけますでしょうか?
人材育成のための情報共有プラットフォームが決め手
小松名誉会長:情報産業における人材育成では、情報、知恵や経験の共有が最も重要になってきます。
情報産業の職種は極めて多様化し、深化し、進化と変化のスピードを上げ、その中で、最新の実務能力を維持するには、同種の仕事をしている仲間の、経験、知恵、情報を共有して、ワーカー個人が組織の持つ集合知の総てを活用できる文化とメンター、エキスパートの人的支援を含む、情報共有システムの活用が有効です。情報共有システムで、業務関連知識、知恵や情報を取り出せるようなプラットフォーム(システム)を活用すれば、効果的で、継続的な実務能力育成戦略ができることでしょう。eラーニング等のメディアを活用した人材育成の世界を見ていると、あまりにも進化・深化・変化が速く、この変化に追従して、いや先端を走って実務能力を維持し続けるには、ワークフローラーニングといわれるような、毎日、何時も学べる文化とシステムを構築していかなければ、ワーカー個人も企業も繁栄を続けることは不可能な社会になっています。
そして、経営トップは、企業の業績はワーカー個人が紡ぎ出す成果の集積が創り出すものであることを理解し、業績を上げる人材育成への努力と投資を惜しまない姿勢が求められます。日本では実務能力育成を担う人材育成を専門に担当する人材育成部門の設立は無理だとしても、人事部門は、旧態依然とした基礎教育中心の研修のみで過ごすのではなく、実務実践部門に実務能力育成に寄与する、情報共有システム等も取り入れ、効果的な人材機能を有する組織を運営する等の努力が求められます。また、ワーカーやワーカーを管理するマネジメント側は、ワーカーのスキルアップ・キャリアアップの目標や目的を明確に持って、「自分は、この分野ではプロフェッショナルだ」「このスキルなら、誰にも負けない」と言えるよう、常にスキルやキャリアをアップデートするような、人材育成の目標とその進化をワーカーとマネジメントで共有し、実務能力の成長がワーカーの評価にも繁栄させることができるような、仕組みを構築することは、必須な時代であると言えるでしょう。
以上
プロフィール
株式会社ベーシック
代表取締役 田原 祐子 (たはら ゆうこ)
社会構想大学院大学「実践知のプロフェッショナル」を養成する実務教育研究科教授、 日本ナレッジ・マネジメント学会理事
仕事ができる人材は、なぜ、仕事ができるかという“暗黙知=ナレッジ”を20年前から研究し、これらをモデリング・標準化・形式知化(マニュアル、ノウハウリスト、システム等の社内人材を育成する仕組み)を構築。企業内に分散する暗黙知やノウハウを組織開発・人材育成に活用する、【実践知教育型製ナレッジ・マネジメント】を提唱し、社内インストラクターの育成にも寄与。約1500社、13万人を育成指導。
トップマネジメントや、次世代を担うエグゼクティブの、コンピテンシー分析・意思決定暗黙知の形式知化や、企業内の知財の可視化(人的資本・知的資本・無形資産含む)にも貢献し、上場企業2社の社外取締役も拝命している。
環境省委託事業、経産省新ビジネスモデル選定委員、特許庁では特許開発のワークショップ実施。2021年より、厚生労働省「民間教育訓練機関における職業訓練サービスの質向上取組支援事業」に係る運営協議会および認証委員会委員。
暗黙知を形式知化するフレーム&ワークモジュールRという独自メソドロジーは、全国能率大会(経産省後援)で、3年連続表彰され、導入企業は、東証一部上場企業~中小企業、学校・幼稚園、病院・介護施設、研究開発機関、伝統工芸、弁護士、知財事務所等。DX・RPA・AIとも合致。営業部門は、Sales Force Automation、Marketing Automation、一般部門では、Teams・SNSツール・Excel等も活用可能。
著書15冊、連載・ビジネス誌執筆等、多数。
Webサイト:株式会社ベーシック
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