入試問題に利用される評論文・小説等と著作権
著作権法上の原則と例外
著作権法上、評論文・小説は「著作物」であり、入試問題として掲載する行為は「複製」に該当し、複製する場合、原則として著作者の許諾が必要とされています。
ということは、著作権の侵害を回避するためには、試験問題を作成する前に評論文・小説などを書かれた方(作者)の許諾を貰っておくことが安心ということになります。
しかし、試験問題を作成する前にこのような問題に使ってよいかどうかなどを作者にたびたび問い合わせるとなると、準備する試験問題が1問だけということは少ないと思われ、かなりの労力と時間がかかることが予想されますし、そもそも、試験に直接関係しないであろう作者の方に聞くことは、場合によっては試験問題が漏洩しやすい環境を作り出してしまうことが予想されます。
そこで、秘密保持の観点や時間的な制約等から、著作権法上は、評論文や小説などが既に公表されているのであれば、試験の目的上必要と認められる限度において、諸条件に照らして作者の利益を不当に害することとならない限り、例外的に作者の許諾なく「複製」することができるとされています(但し上記を満たす複製であっても改変する場合は別途注意が必要です)。
これに関連する裁判例として、平成15年(ワ)第29709号(「国語テスト事件」、「国語ドリル事件」等と呼ばれています)があり、下記のように述べられています。なお、この判決に対して控訴が行われましたが、控訴審では当該控訴がいずれも棄却されています。
「公表された著作物は,入学試験その他人の学識技能に関する試験又は検定の目的上必要と認められる限度において,当該試験又は検定の問題として複製することができ(著作権法36条1項),また,営利を目的として前記複製を行う者は,通常の使用料の額に相当する額の補償金を著作権者に支払わなければならない(同条2項)。これらの規定は,入学試験等の人の学識技能に関する試験又は検定にあっては,それを公正に実施するために,問題の内容等の事前の漏洩を防ぐ必要性があるため,あらかじめ著作権者の許諾を受けることは困難であること,そして,著作物を上記のような試験又は検定の問題として利用したとしても,一般にその利用は著作物の通常の利用と競合しないと考えられることから,試験又は検定の目的上必要と認められる限度で,かつ,著作物を試験又は検定の問題として複製するについては,一律に著作権者の許諾を要しないものとするとともに,その複製がこれを行う者の営利の目的による場合には,著作権者に対する補償を要するものとして,利益の均衡を図る趣旨であると解される。」(下線は筆者)
この中で「問題の内容等の事前の漏洩を防ぐ必要性」については、秘密保持の必要性のことであり、理解しやすいと思います。
もう一点述べられている「試験又は検定の問題として利用したとしても,一般にその利用は著作物の通常の利用と競合しないと考えられる」とする点は、原審・控訴審の判決文に記載されている内容から察するに、例えば、試験問題に評論文・小説が掲載されたとしても、書店等で販売されている評論文・小説の販売数に与える影響は少ない、というような意味(いわば許容性)であると考えられます。
そして、このような必要性と許容性から、作者の許諾は不要としておいて、試験や検定が非営利ならば評論文・小説などを試験問題に利用する者との利益のバランスはとれるはずであり、他方、営利目的の場合は、著作権者に使用料を支払わせるようにすることによって、著作権者の利益とのバランスをとれるはずという意味であると推察されます。
ごく短い、ありふれた文章の中の漢字を読み取らせる試験問題ならまだしも、試験問題に評論文等を掲載する場合は、許諾を不要とする例外的な場合ですので、複数の、しかも抽象的な条件を満たす必要があり、問題文作成に関わる方は、著作権の処理にさぞご苦労されていることと存じます。
穴埋め問題や傍線部の扱いは?
ところで、国語や英語の試験問題では、文章の一部が空欄になっていてその一部に何が入るか問う問題が出題されることがあります(穴埋め問題、空欄補充問題、虫食い問題などと呼ばれています)。この穴埋め問題は、元の文章を改変しているといえる可能性があり、著作権法上、「試験の目的上必要と認められる限度」かどうかとは別に、著作者の意に反し改変しているのかどうか、すなわち同一性保持権との関係が気にかかります。センシティブな問題であり、著作物の性質や利用目的、態様に照らしやむを得ない改変であれば同一性保持権の適用なしとされていて、具体的な内容次第ということになります。
令和5年度 日本弁理士会著作権委員会
委員 川添 昭雄
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