教育・書籍の著作権

~研究論文に記載されたデータの「引用」について~

弁理士の著作権情報室

はじめに


自説を論文に展開したり、スライド発表したりする場合に、説得力を増すためには何かしらの根拠となるデータを持っておくことが好ましいと思えます。筆者が自分の研究成果について論文やスライド発表等によって発表など行う際には、既知の学術論文を提示したりします。このとき、そこに掲載されているデータを勝手に示すことは、そのデータの著作権を侵害することになるのでしょうか?研究分野を主に、学術論文やデータの取り扱いについて考えてみたいと思います。

~研究論文に記載されたデータの「引用」について~

著作物とは


法上の著作物とは「思想又は感情を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの」を指します。

「学術」論文と言っているので、学術論文そのものは著作物である事に疑いは無さそうです。そうすると、公知の論文をそっくりそのまま自身のスライドや論文に転用することは著作権侵害となる可能性が高いでしょう。一方、実験結果などのデータは、著作物になるのでしょうか?

上述したように、「思想又は感情を創作的に表現したもの」でなければ著作物ではないため、単なる事実やアイディアなどは著作物とはいえないと解釈されます。そうすると、実験結果などのデータそのものについては、著作物ではなく、コピーしても著作権侵害とはならない可能性が高そうです。

もっとも、データとはいっても、見やすく整理された図表については、そこに思想や感情が表れ、単なる事実とは言えず著作物性があるかもしれません。従って、転用すると著作権侵害になる可能性もあります。しかし、データを見やすい図表、グラフなどにした場合であっても「多少の表現の幅はあり得るものであっても,なお,著作物としての創作性を有しないものと解すべきである。」として、図表の著作物性を否定した事件もあります(知財高裁 平成17年(ネ)第10038号)。

学術論文やそこに示された図表の引用


さて、他者の学術論文や図表が著作物である場合に、著作権侵害とならないように、自身のスライドや論文に記載する方法はあるのでしょうか?

その方法の一つとして、著作権法上の「引用」を行う方法があります。
正しく「引用」することにより、スライド発表などで他人のデータを提示することができます。引用と言えるためには、以下の要件を満たす必要があります。

1 公表された著作物であること
引用元の論文などが、すでに公開されていなければなりません。

2 公正な慣行に合致する引用であること
引用の必要性があり、引用する部分を明確に区別している必要があります。

3 引用の目的上「正当な範囲内」であること
研究室内でのスライド発表や、研究成果の報道などの引用上の目的があれば「正当な範囲内」であると言えるでしょう。また、自身の発表内容などが「主」、他人の論文やデータなどが「従」であるような関係にあり、引用する分量も必要最小限度であることも配慮した方が良いでしょう。

4 「出所の明示」をすること
出所の明示は慣行に従うとされますが、研究などの場合はソースを明確にする為に引用元を記載します。論文の場合、文末にも引用文献を記載したりするので、出所の明示は必須と考えた方が良いでしょう。
これらの要件を満たせば、参考にしたデータついて引用して記載することができます。

研究倫理と研究不正


著作権侵害と、引用について上述いたしました。しかしながら、著作権侵害とは別に、他人のデータを使用することが問題になるシーンもあります。例えば、他人の研究データを自分の研究成果の様に公表すると、研究者としての倫理観が問われることになります。研究不正については、少し前に生命科学の分野で問題があったことを覚えておられる方も多いと思います。

「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(※1)によると、研究不正とは以下の通りとされています。

① 捏造
存在しないデータ、研究結果等を作成すること。

② 改ざん
研究資料・機器・過程を変更する操作を行い、データ、研究活動によって得られた結果等を真正でないものに加工すること。

③ 盗用
他の研究者のアイディア、分析・解析方法、データ、研究結果、論文又は用語を当該研究者の了解又は適切な表示なく流用すること。

以上、③によると、他人のデータを盗用することは研究不正であると言えます。

まとめ


論文などを執筆する際、他人のデータなどを使用する場合には、著作権侵害や研究不正とならないように配慮すべきですが、研究論文については、研究の累積進歩や文化の発展のために、自由に利用できた方が良いとの声もあります。

しかしながら、研究不正に該当する範囲まで著作権の利用を許すと研究の世界に混乱を招くことになると考えます。また、論文に記載する場合であれ、ニュースやブログに転載する場合であれ、引用の要件である「出所の明示」を行うことは「なんかそういうデータあるんですか?」という攻撃に対する保険ともなるとも思えます。

それぞれが倫理観を持ってより良い研究を行うことはもちろん、先行論文のデータと比較して、自らの論文やスライド発表をする際には適切な引用を行い、公知の研究より優れた部分を的確に説明できると良いですね。

(※1)参考「研究活動における不正行為への対応等に関するガイドライン」(平成26年8月26日文部科学大臣決定)
https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/26/08/__icsFiles/afieldfile/2014/08/26/1351568_02_1.pdf

令和5年度 日本弁理士会著作権委員会委員

弁理士 山本 雅之

※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。

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また、日本弁理士会各地域会の無料相談窓口でも相談を受け付けます。以下のHPからお申込みください。

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