【契約】著作者人格権を行使しない取り決め
はじめに
著作者人格権の行使によって、クリエーターに対価を払って制作を依頼したロゴマークについて、色彩の変更が禁止される場合や、カメラマンに対価を払って撮影を依頼したカタログ用写真について、紙面のサイズ上トリミングが必要であるにも関わらず、トリミングが禁止される場合があります。このような事態は、著作物の利用そのものに影響を及ぼすため、著作物を利用する側において大きな問題です。
著作者人格権とは
著作者が自らの思想や感情を表現して創り出したものが著作物であることから、著作物には著作者の人となり(人格)が表されています。著作権法は、著作物を通して表される著作者の人格的な利益を保護するため、下記の三つの著作者人格権を定めています。
公表権
公表されていない自己の著作物を、いつ、どのように公表するかを決定する権利です。しかし、未公表の著作物を譲渡した場合、著作者は著作権者が行う公表に同意したと推定されます。
氏名表示権
著作物に自分の名前(ペンネーム等の変名を含む)を表示するか否かを決定する権利です。しかし、著作物の利用の目的や態様によって、創作者であることを主張する利益が害されない場合は、氏名の表示を省略して著作物を利用できます。
同一性保持権
著作物のタイトルや内容を著作者の意思に反して勝手に改変されない権利です。しかし、学校教育上の目的、建築の著作物の修繕、プログラムの著作物のバグの修正といったやむを得ない改変は認められます。
著作者人格権のトラブル
著作者人格権は、その性質から著作者だけが持つことができる権利であり、譲渡や相続ができません。また、著作者人格権は、著作者の死亡によって消滅しますが、一定の期間は、著作者の死後であっても、著作者が生きていたなら著作者人格権の侵害となるような行為をしてはいけないと著作権法は定めています。このように、著作者人格権は特殊な権利であるため、著作物の譲渡に起因してトラブルが生じることがあります。
公表権は、著作物を譲渡した場合は公表に同意したと推定され、また、氏名表示権は、氏名の表示を省略できる場合があります。そのため、著作者人格権のトラブルの多くは、同一性保持権に関するトラブルです。
著作者人格権を行使しない取り決め
著作者人格権の行使によるトラブルを回避し、自由に著作物を利用するための対策として、著作者から著作者人格権を行使しないとの合意を得る方法があります。契約における著作者人格権を行使しない取り決めのことを、「著作者人格権の不行使条項」といいます。
著作者人格権の不行使条項の記載例
第○条 乙(著作者)は、本著作物に係る著作者人格権を行使しないことを保証する。
著作者人格権を行使しない取り決めは万能ではない
著作者人格権の不行使条項の効力を認めた判例がありますが、これによって、著作権者が著作物に対して何をしても許されるわけではありません。
著作者人格権が、著作物を通じて形成される著作者の社会的な評価や評判、地位、名声など、人格的な利益を保護することを目的として定められた権利であり、譲渡時に将来のあらゆる著作物の利用態様を考慮するのは不可能であるため、著作者人格権の不行使条項による著作者人格権の制限は認められないとする学説があります。また、著作権法には、著作者人格権を侵害するとみなす行為について、「著作者の名声又は声望を害する方法により著作物を利用する行為」を定め、このような行為を禁止しています。
例えば、写真家が撮影した人物の写真をトリミングしてわいせつな図書に掲載した場合、トリミング及びわいせつな図書への掲載は、写真家の意図した利用ではなく、また、写真家の地位や名声を害するおそれがあります。このような著作物の利用は、著作者人格権の不行使について合意を得たとしても、写真家の著作者人格権を侵害する可能性が高い行為です。
したがって、著作者から著作者人格権の不行使について合意を得た場合であっても、著作者の意思に反する可能性が高いと予想される利用態様や、著作者の社会的な評価や評判、地位、名声など、著作者の人格的な利益を損なう可能性がある著作物の利用は控えるのが好ましいでしょう。
柔軟な対応
著作物を利用する者は、著作物を自由に利用したいため、著作者に対して著作者人格権の不行使条項への合意を求め、他方、著作者は、著作物の評価は自己の社会的な評価等に影響するため、著作者人格権の不行使条項への合意は避けたいと考えます。著作者人格権の過度な制限は、デザイナーやクリエーターの創作意欲の減退を招き、著作物の利用に対する過度な制限は、著作物の財産的価値の減損を招き、いずれも好ましい結果ではありません。
著作者人格権の不行使条項は、前記の記載例に限られるものではありません。著作物を利用する者と著作者は十分に話し合い、お互いに譲歩できる(できない)範囲をできる限り明らかにするのが好ましいでしょう。例えば、紙面においては氏名表示権を行使しないが、WEBに掲載する場合は氏名を表示する合意や、特定の範囲でのトリミングを認める(認めない)など、様々な合意が可能です。著作物を利用する者と著作者は十分に話し合い、お互いに譲歩できる(できない)範囲をできる限り明らかにし、現時点で想定できない事項は協議の機会を設けるといった、柔軟な対応が必要と考えます。
令和2年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 廣江 政典
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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