第1回目
震災関連情報1
はじめに
今回のコラムを執筆する、イノベーションズアイにおいて支援機関として活動しております有限会社人事・労務の洞澤と申します。
このたびの東日本大震災におきましては、各地で甚大な被害をもたらしました。
お亡くなりになられました皆様のご冥福をお祈り致しますと共に、被災された皆様、ご家族や関わりのある方々に対し、謹んでお見舞い申し上げます。
日本経済の基盤と言える中小企業の経営者の皆様やそこで働く社員の方々と密接に関わり合う業務に携わる私たちと致しましては、人事・労務に関する情報を通じて、被災地の皆様が少しでも早く未来へ向けて歩き出せるよう、サポートをしてまいりたいと思い、このコラムを執筆させていただいています。
社会保険労務士事務所を母体とした人事コンサルティング会社として、私たちの専門分野である労務管理の視点から見た震災に対しての対応策をまとめております。
経営者の皆様、人事・総務担当者の皆様のお仕事のご参考にしていただければ幸いでございます。
1)災害発生初期対応(従業員の安否確認など)
はじめに今回のような震災発生時において、会社(人事労務部門)がまずやるべきことは、被災した従業員及び従業員の家族についての情報収集になります。以下が一般的な流れになります。
- 会社は、災害で被災した従業員の情報を把握する責任者(一般的には人事部門長)を任命し、緊急連絡報告体制を設置し、これを関係所属上長へ周知する(この際、できれば各所属長へ確認すべき従業員のリストを連絡先とともに配布します)。
- 各所属上長は、責任者からの指示に従い、従業員の安否確認を行い、さらにその従業員から従業員の家族の安否について確認を行う。
- 各所属上長は、従業員の被災の状況を把握し、責任者へ報告する。
- 責任者は各所属上長からの報告をもとに、代表者と相談の上、会社としての従業員への対応策を決定する。
※従業員への対応策としては、「貸付金制度の適用」、「休暇の付与」、「支援金の支給」、「救済物資の収集・発送の支援」、「慶弔見舞金の支給」などが考えられます。
※実際の安否確認は、被災地・避難所への訪問が必要となってくることもあります。十分に安全の確保をしたうえで、必ずチームを組んで訪問するようにしてください。
※被災地に入るにあたって、水、食料、防寒具などは現地で調達はできないものとして準備するように心がけてください。被災地の救援・復興活動に支障がでないような行動をとることを第1に考えないといけません。
2)被災され負傷された従業員への対応
<社会保険について>
震災で被災して負傷された従業員への対応ですが、厚生労働省より以下の発表がされております。
- 今回の震災において厚生労働省は、被災者が医療保険証を提示しなくても、保険扱いで医療機関を受診できるようにすると発表しました。これにより、被災地の住民であった方は、氏名や生年月日などを申し出れば、全国どこでも保険証なしで、医療機関で治療を受けることが出来るようになりました。 (詳細は受診する医療機関にお問い合わせ下さい)
- 厚生労働省は、国民健康保険を運営する市町村などの判断で、窓口負担金の減免や納付猶予ができるようになりました。これにより、被災地域の住民の方が、定められた手続きを行うことにより、医療機関で治療を受けた場合であっても、自己負担分が少なくて済んだり、徴収されることが猶予されるようになりました。
- 厚生労働省は、健康保険においては、保険者の判断により、一部負担金等の減免等及び保険料の納期限の延長等ができること等について、健康保険組合等に連絡したと発表しました。これにより、②同様、健康保険についても、被災地域の住民の方が、定められた手続きを行うことにより、医療機関で治療を受けた場合であっても、自己負担分が少なくて済んだり、徴収されることが猶予されるようになりました。
「医療機関での受診・窓口負担について」の詳細はこちらをご参照ください。 - 厚生労働省は、厚生年金保険料についても、納付期限の延長及び猶予を行うよう日本年金機構に通知したと発表しました。これにより、厚生年金保険についても、一定の条件を満たす場合に限り、被災地事業主、船舶所有者、被保険者等が納めるべき毎月の保険料の納付期限の延長が認められるようになりました。
詳細についてはこちらをご参照ください。
<労災保険について>
今回の震災における労災保険の取り扱いについて厚生労働省は、労災保険給付の請求に係る事務処理に関して、請求書提出時の弾力的取扱い、今回の地震に伴う傷病の業務場外等の考え方、相談・請求の把握について都道府県労働局に指示したと発表しました。これは、本来、申請時に必要である代表者印の捺印や医師の診断証明等が、災害により困難であっても、手続きを柔軟に対応するということです。
また、今回の震災に関しての業務災害又は通勤災害の考え方について以下の通り発表されております。
- 業務災害
業務遂行中に、地震や津波により建物が倒壊したこと等が原因で被災した場合にあっては、作業方法や作業環境、事業場施設の状況などの危険環境下の業務に伴う危険が現実化したものとして業務災害として差し支えない。 - 通勤災害
業務災害と同様、通勤途上で津波や建物の倒壊等により被災した場合にあっては、通勤に通常伴う危険が現実化したものとして通勤災害として差し支えない。
なお、業務災害、通勤災害と認められるかどうかは個別の案件の発生状況などにより判断されますので、被災地においては、健康保険で治療を受けその後に、労災保険の手続きをするかどうか検討された方がよいと思います。
3)震災における労務管理 Q&A
今回の災害における事業経営のなかで発生しうる労働法の問題についてまとめました。
- Q1.災害により臨時に時間外労働又は休日労働を命じることが出来ますか?
- A1.可能です。災害その他避けることのできない事由があり、臨時に時間外労働または休日労働をさせることが必要な場合、その必要限度まで従業員に時間外・休日労働をさせることができるとされています。ただし、この場合、事前に所轄労働基準監督署長の許可を受けることが必要です。もし、事態急迫のために所轄労働基準監督署長の許可を受ける暇がない場合においては、事後に遅滞なく届け出れば、差し支えありません。なお、年少者(満18歳に満たない者)については、一般労働者と区別して時間外労働及び休日労働は規制されていますが、災害時等の場合は、所轄労働基準監督署長の許可を受けることにより、年少者にも時間外・休日労働・深夜業が認められています。(労働基準法第33条第1項)また、当然ながら割増賃金の支払いは必要となります。
- Q2.災害により「時間外労働・休日労働に関する協定届」(いわゆる36 協定)に定める延長可能な労働時間の限度(例/1ヶ月45時間など)を超えて従業員に時間外・休日労働を命じることができますか?
- A2.可能です。災害その他避けることができない事由であれば、36協定に定める時間を超えて従業員に時間外・休日労働を命じることができます。この場合も、事後の届出が必要になります。また、当然ながら割増賃金の支払いは必要となります。
- Q3.従業員から、住宅の修理、家族の安否確認、精神的なダメージの回復のため等の理由で、特別休暇を付与してほしいと言ってきています。付与しなければならないのでしょうか?
- A3.法律上に定めはないので、これらの休暇を与える必要はありません。ですから、新たに特別な休暇を付与する必要はありません。一方、有給休暇として請求された場合には、通常通り、事業の正常な運営の妨げとならない限り、時季の変更はできません(労働基準法第39条)。また、慶弔休暇規程等に災害休暇や見舞休暇がある場合は、その規程に従い、付与することになります。もっとも、緊急事態ですので、可能な限り、有給の休暇を与えることを検討されてはと思います。なお、当然ながら特別な休暇や有給などを与えない場合においても、本人が会社を休むといった場合に強制労働をさせることはできず、ふつうに欠勤扱いとして、その分の賃金を控除することになります。
- Q4.店舗や事務所が倒壊し、営業できません。従業員を休ませないといけません。給与を支払う必要はありますか?
- A4.給与を支払う必要はありません。法律上は、会社の都合で従業員を休ませた場合には、その従業員に対して、平均賃金の60%以上の休業手当を支払わなければなりません(労働基準法第26条)。しかし、今回の場合は、自然災害なので、会社の都合ではありません。したがって、災害が直接の理由となって休業した場合は、休業手当の支払いの必要はありません。
一方、お客様が来ないだろう、仕入れができないといった間接的な理由で、店舗や事務所を休みにすると、休業手当の支払いが必要になると考えます。 - Q5.被災した従業員から、給与の前借をしたいという申出がありました。会社として応じないといけないのでしょうか?
- A5.まず、給与を2つに分けて考えます。既往の労働(昨日まで働いた分)の給与は、災害時には従業員の請求があった場合は、給与支払日前でも支払わなければなりません(労働基準法第25条労働基準法施行規則第9条)。次に、働いていない分の給与に関しては、支払う義務はありません。もっとも、会社が善意で前借を認めることは問題がありません。しかし、その前借した金額を給与から返済させる時(天引き)は注意が必要です。貸付金の返済について、従業員本人と同意しているか(最高裁平成2年11月26日判決 日新製鋼事件)、労使間で、「賃金控除の労使協定」が締結されていることが必要になります。
- Q6.計画停電のため、電車の遅延で従業員が遅刻をしてきました。給与から遅刻した時間分を控除してかまわないのでしょうか?
- A6.法律上は、ノーワークノーペイの原則がありますので、遅刻した時間分の給与を控除するのは問題ありません。しかし、交通機関の混乱を考えると、本人の責任とするには酷だと考えます。当分の間は、賃金控除は見送るべきだと思います。ただ、この混乱状態が収まり、大半の社員が時間通りに出勤しているにも関わらず、遅刻してくる社員がいれば、賃金控除の対象にしても問題がないと思います。いつまでが特別措置の期間で、いつからが通常期間とするのか、そのけじめが大事でしょう。
- Q7.従業員から、計画停電のため、子供を預けられなくなり、早退をさせてもらいたいという申出ありました。会社は、これに応じなければならないのですか?また、早退を認めた場合の給与はどのように支払えばよいのですか?
- A7.法律上は、そのような理由で、特別な早退を認める必要はありません。つまり、通常の早退どおりの扱いをすればよく、働かなかった時間の賃金控除を行っても問題ありません。ただ、国としても子どもをもった親に働いてもらおうという方向性を打ち出し、様々な施策を行っています。会社としては、緊急事態ということもあり、できるだけ柔軟に応じることが望まれるでしょう。なお、有給休暇があるのであれば、有給休暇を認めることも検討すべきだです。(平成22年4月1日から労働基準法が改正され、事業場で労使協定を締結することにより、年次有給休暇が1年に5日分を限度として時間単位で取得できるようになりました。)
その他、震災の影響下における労務管理について情報はこちらをご参照ください。
以上、業務に役立つと思われますQ&Aを中心に作成致しました。
このコラムは
- 御社の社内での人事対応資料としてお使いください。
- どうぞご自由にコピーをしてお使いください。
- 内容に関しご質問がありましたら弊社までお問い合わせください。
ぜひ、本情報を被災地の方々にもお伝え頂ければと思います。
またこの件でのご質問に関しては、電話、メールにて無料でお受けしております。
(すでに多くのご質問をいただいております関係でご返事に多少お時間をいただく場合もございますが、ご了承ください。)
少しでも早く日本の社会が望みある未来へ向けて動き出せるように、心よりお祈り申し上げます。
(当レポートは平成23年3月28日までに発表された情報をもとに作成しております)
第1回コラム執筆者
洞澤 研(ほらさわ けん)
有限会社人事・労務 チーフコンサルタント
社会保険労務士
第1種衛生管理者
東京農業大学農学部造園学科卒業後、食品スーパーマーケット販売職を経て社会保険労務士の資格を取得する。資格取得後は大手ディスカウントストアおよび財閥系不動産会社にて人事・労務・安全衛生・社員研修・人事制度の構築など人事業務全般に携わる。
現在、㈲人事・労務にて経営者の視点にたちながらもES(従業員満足)を高め組織を活性化させ企業の共感資本を高めるためのクレド導入・人事コンサルティングを行っている。
主な講演実績
『新入社員が育ち定着する!ESマネジメントセミナー』群馬県産業経済部労働政策課
主な執筆実績
『中小企業のための賃金・労務ガイドブック2011年版』(財)中小企業情報化促進協会(共著)
『人事考課のしくみと人事考課シート集』税務研究会 税研情報センター(共著)
プロフィール
現在社長を務める矢萩大輔が、1995年に26歳の時に東京都内最年少で開設した社労士事務所が母体となり、1998年に人事・労務コンサルタント集団として設立。これまでに390社を超える人事制度・賃金制度、ESコンサルティング、就業規則作成などのコンサルティング実績がある。2004年から社員のES(従業員満足)向上を中心とした取り組みやES向上型人事制度の構築などを支援しており、多くの企業から共感を得ている。最近は「社会によろこばれる会社の組織づくり」を積極的に支援するために、これまでのES(従業員満足)に環境軸、社会軸などのSS(社会的満足)の視点も加え、幅広く企業の活性化のためのコンサルティングを行い、ソーシャル・コンサルティングファームとして企業の社会貢献とビジネスの融合の実現を目指している。
Webサイト:有限会社 人事・労務