第10回
DXで企業文化を変えるポイント「省人数経営」
株式会社NIコンサルティング 長尾 一洋
デジタル活用が進んだ自社のビジョンを描こう
いよいよ、本連載も最終稿の10回目となりました。DXに取り組んで最後に考えるべきポイントは自社の企業文化、経営の在り方を問う「省人数経営」というものです。
本連載の第2稿で、一般にDXを進める際に必要とされる、①経営者のコミットメント、②デジタル活用が進んだ未来ビジョン、③デジタル人材の3つとも中小企業には無理だから、No Codeでデジタル人材を不要にしつつ、半信半疑で良いから進めるべきだと指摘しました。
半信半疑で始めた(読み進めた)貴方も、ここまで進んで来たらデジタル活用の可能性や必然性を理解し、自社でもやればできるという道筋がうっすらとでも見えて来たのではないでしょうか。
そこで改めて考えてみるべきなのが、デジタル活用が進んだ自社が将来どのような会社になるのか、どのようなビジネスモデルを実現し、どのような働き方をすることになるのかという未来ビジョンです。経済産業省の「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」というDXの定義を思い出せば、企業文化や風土まで変革してこそDXと言えるのであって、単なるデジタル化やシステム導入だけではDXとは言えないのだと再度気付くことになるでしょう。
これまでに見て来たDXを進めるポイントを自社に当てはめ、具体的に仕組みを作って行くと、ビジネスモデルや業務プロセスが変わり、そこで必要となる人材も変わって行くイメージが描けるはずです。個々の企業のビジネスモデルを本稿で解説することはできませんから、ここでは、どの企業でも必要となる「省人数経営」という経営の在り方について紹介してみたいと思います。
省人数経営とは
DXを進め、それがうまく行き始めると(一つ二つのデジタル化やシステム導入で成功したと考えてはならないことに注意)、より少ない人数でより多くの仕事がこなせるようになります。当たり前ですね。生産性が高くなるとはそういうことだからです。システムを導入してちょっとコストは下がったけれども人も減らず売上や業務量も増えていない状態であれば、単にシステム化して手間が減った程度に過ぎません。
「省人数経営」とは、人を省いてより少ない人数で生産性を上げる経営のことです。「そのまんまじゃないか」と突っ込まれそうですが・・・。ここで重要なことは、経営者も従業員も人を省くことを是とできるかどうかということです。多くの経営者は、雇用している従業員数が多いことを誇らしく感じるし、従業員も勤めている会社の従業員数が多い方が誇らしいものです。これは戦後、人口が急激に増加する中で、多くの人が食に飢え職を求めていた時代が長く続き、雇用創出や雇用の安定が企業の社会的責任の重要な部分であったことが影響していると思います。その中で実際に成長し規模を大きくした大企業には、成功した企業であり優秀な人材が集まっているというイメージが出来上がっています。
しかし、今や人口は減り、無理して働かなくても食うに困ることはなくなり、規模が大きいばかりで生産性が低ければリストラもせざるを得ない時代です。大企業ですら雇用の維持を守れない時代なのですから、中小企業が雇用の確保を第一に考える必要もありません。ましてや、デジタル人材のいない中小企業であれば、人口減少でデジタル人材だけでなく一般の採用も思うようにできないことが多いでしょうから、デジタル化するしかないのです。
DXで生産性が上がり、より少ない人数で仕事がこなせるようになれば、多くの従業員を抱える企業が尊敬された時代から、より少ない人員で高い付加価値を生み出す企業が尊敬される時代へと変わらざるを得ないでしょう。単に従業員数が少ないのでは「少人数経営」ということになりますが、10名で30名分の仕事、100名で500名分の仕事をしていくのが、「省人数経営」であり、DXを進めることで実現する経営の在り方です。
無形資産を生む人材を少数精鋭で確保する
「省人数経営」で、より少ない人数で生産性の高い経営ができるようになるのと同時に、個々の人への投資は厚くして、無形資産を生み出せるような人を少なくてもいいから確保するようにします。分かりやすく言えば、規模は小さくても好待遇で優秀な人材が集まる会社にするということです。
DXは、最終的に競争上の優位性を確立することを目指しています。今、企業の競争優位性を生む中心は無形資産です。ソフトウェア、ノウハウ、特許・商標、デザイン、知識・技能、ブランド、ビジネスモデル、顧客データといった目に見えにくい、貸借対照表に載っていないか、載っていても取得原価しか分からないような資産のことを無形資産と言います。ここで企業の競争優位性が決定することが多いわけですが、その無形資産を生むは誰か、というとこれが「人」なわけです。人材もよく「会社の財産」とは言われますが、「人」も貸借対照表に載っていない無形資産です。最近は「人的資本」と呼ばれたりもしますが、無形資産を生むような優秀な人材は、会社の従属物(所有物)ではなく、いつでも独立でき、転職もできる自立した存在です。そして無形資産を生み出すのはその人の頭の中であり、他者からのコントロールはできません。自律的に仕事に取り組んでもらうしかないのです。
そのような自立し、自律して競争力の源泉となる無形資産を生み出せるような人材がたくさんいることはありませんので、少なくて良いから精鋭が集まり、デジタルの力を活用して、生産性高くより多くの仕事をこなしてくれる経営の在り方を目指すべきなのです。
その時、その人材は、会社に出社しなくても、世界中のどこにいようとも、時間と場所の制約を超えて仕事ができるでしょう。正社員として雇用するといったことも意味のないことになるかもしれません。そうなると、ジョブ型かメンバーシップ型か、出社かテレワークかと、従来の従業員の働き方を心配する議論もあまり意味のないことになるでしょう。
「デジタル人材も採用できない中小企業が無形資産を生み出す優秀な人材を確保できるのか?」と疑問に思う人もいるでしょうが、無形資産を生み出す優秀な人材とは、決して高学歴であったり頭が良いかどうかという優秀さではなく、当事者意識を持って自発的に動ける人かどうかということです。こうした人材を中小企業が確保するには「従業員所有型企業」という処方箋があるのですが、別のテーマにはみ出しそうなので、これについては、またの機会に譲りたいと思います。
いずれにせよ、DXで会社を変える(トランスフォーメーションする)ためには、デジタル化によって実現する経営そのものの変化、企業と人との関係の変化まで考えておくべきだと言えます。
DXは、デジタル人材のいない中小企業でも取り組むことができます。経営の在り方まで変えようと思えば、中小規模の方がやりやすいとも言えるでしょう。一過性のブームで終わらせず、企業変革のための継続的な取り組みとしてチャレンジしてみてください。
(完)
プロフィール
株式会社NIコンサルティング
代表取締役 長尾 一洋
中小企業診断士、孫子兵法家、ラジオパーソナリティ
横浜市立大学商学部経営学科を卒業後、経営コンサルタントの道に。
1991年にNIコンサルティングを設立し、日本企業の経営体質改善、営業力強化、人材育成に取り組む。30年を超えるコンサルタント歴があり8000社を超える企業を見てきた経験は、書籍という形で幅広く知られており、ビジネス書の著者でもある。(「長尾一洋 著者」と検索)
またラジオ番組の現役パーソナリティでもあり、番組内で経営者のビジネスに無料でその場で答えていくスタイルが人気。この文化放送「長尾一洋のラジオde経営塾」(毎週月曜19:30~20:00)では、聴取者からのビジネス相談を下記のホームページから受け付けている。 番組公式Twitterのアカウントは、@keiei916。(どうぞフォローをお願いします)
文化放送 月曜19時30分から放送:長尾一洋 ラジオde経営塾
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