明日を生き抜く知恵の言葉

第33回

名将に学ぶ「上司学」⑬部下を感動させた名将・名君の「神対応」②

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

部下の批判も「腹を立てず」に尊重し、合意を作る

天才軍師・黒田官兵衛の通称で知られる父・黒田孝高(くろだ・よしたか)の息子で、筑前国(ちくぜんのくに/現在の福岡県北西部)福岡藩主となった長政(ながまさ)は、若い頃は短気ですぐに腹を立てる性格だったようだ。

そこで父の孝高が、長政の教育のために命じて始めた「異見会(いけんかい)」のエピソードを、本連載の第20回記事で紹介した。

異見会は、「腹立たずの会」という通称でも知られる。月に1回、不定期に開催された異見会は、何を話しても遺恨を残してはならない、他言してはならない、その場で腹を立ててはならない、思いついたことを発言するのを遠慮してはならないというルールのもとで、側近たちと自由に意見をいい合う場として、黒田家で明治維新まで続けられた。

名君へと成長し、部下や領民に慕われた長政について、こんな心温まるエピソードがある。

長政が福岡藩主を務めていた頃、馬廻衆(うままわりしゅう)という護衛役の士(さむらい)に福岡城・松本坂門の櫓(やぐら)の番をさせ、昼夜2人ずつ当直に当たらせていた。

ある日の夜、城内に盗賊が押し入ったといって騒ぎになったが、当番の士2人が詰め所から出て盗賊を捕らえてみると、17、8歳の子どもだった。報告を聞いた長政は、大いに感心して褒めたたえ、翌日2人に百石(ひゃっこく)の加増(かぞう)を与えた。1人の俸給は百五十石、もう1人が百石であったから、破格の昇給である。

ところが、家中の者たちは長政の処置に不満を抱いた。盗賊といっても17、8歳の子ども1人を2人で捕らえたというだけで、破格の加増を賜(たまわ)るとはどういうことか、「殿の処分に納得がいかない」と、皆がいい合った。

長政は部下たちの批判については何も触れずに、こういった。

「のちほど姪浜(めいのはま/現在の福岡市西区姪浜)で地引き網漁を見せるから、老いも若きも皆来て見物せよ。そこで獲れた魚を料理して食べさせるつもりだから、みんなその心づもりをして参れ」(『名将言行録』巻之三十より訳出)

その当日、長政が朝早くから姪浜に出て漁師たちに網を引かせると、部下たちはみな集まって見物をした。鯛や鱸(すずき)が数多く獲れたので、長政はたいそう喜んで料理人に申し付け、獲れた魚を汁や膾(なます)、焼き物にして食べた。

部下たちも料理をごちそうになったうえに、長政が「酒を飲む者はいつもより多く飲め」といったので、鮮魚といい美酒といい、みな普段よりも多く飲み食いし、楽しい時間を過ごした。「これはありがたいことだ。殿の悪口をいったことは大きな過ちだった」と、誰もが感じたという。

料理が終わると、長政は皆を呼んで、こういった。

「皆に相談したいことがある。(中略)ほかでもない、先日櫓の当番をしていた2人のことだ。盗賊を捕らえたので両人に百石の加増を与えたことを、皆が批判していると聞く。皆がいっていることはもっともだが、私の思うところを述べようと思う。

誰もが知っているとおり、私は普段から城内の警戒を怠らないようにしていた。だから、いかなる盗賊といえども城内に侵入することはありえないと思っていたのに、あのような事件が起きた。

もちろん護衛役の士2人で子ども1人を捕らえたこと自体は、大した手柄ではない。だが今話したとおり、警戒を厳しくしていたところに忍び入った者が、どれだけの徒党(ととう)を組んでどんな害をなすのかは、計りがたいものがある」(『名将言行録』巻之三十より訳出)

結局、盗賊を捕らえてみると、子ども1人だということはわかったが、城内の警備をとくに厳重にしていたところに忍び入った盗賊だ。どんな素性の者かもわからない。にもかかわらず、真っ先に現場に駆けつけ、盗賊を捕らえたその働きぶりは、戦場で最初に敵を討ち取るのと同じ手柄だ。私はそう評価し、2人に報奨(ほうしょう)を与えた。百石の加増では少ないぐらいだが、皆が反対すると思ったので百石におさえたのだと、長政は自身の考えを述べた。

だが長政はけっして、自分の考えを部下たちに無理強いすることはなかった。

「とはいえ、(今回の処置が)私の過ちだということになるのであれば、皆の議論にしたがってこれを改めよう。また、皆が私の考えに同意するのであれば、私の考えに任せるがよい。このことは福岡でも相談すべきだが、皆を仰々(ぎょうぎょう)しく城に集めるのも気分がよいものではない。

とりわけ、かねてからこの催し物を通して私自身も楽しみ、皆にも(地引き網漁を)見せたいと思っていたので、今日このようにしたわけだ。これらは些細なことだが大事であるから、皆が私のためを思うならば、遠慮なく考えを申せ。私は意地を張らずに、議論や道理の正しいほうに従おう」(『名将言行録』巻之三十より訳出)

長政がそう話すと、部下たちは口をそろえてこういった。

「まったく筋の通ったお話です。この深い道理を悟ることなく、無分別に批判申し上げたのは大きな誤りでした。(今、殿より)深いお考えを伺い、感激のあまり涙が止まりません。(私たちの)今までの誤りは、まことに迷惑至極(しごく)であったことと思います。どのようにでも、殿のお考えのままに両人に恩賞をお与えくださいませ。異存は少しもございません」(『名将言行録』巻之三十より訳出)

長政はこれを聞き、「皆がそういうのであれば、わだかまりはないだろうから、私は満足だ」といって城に帰ったという。

自分に対する部下たちの批判を耳にした黒田長政が取った行動は、腹を立てることでも、自分の意見を押しつけて批判を封じることでもなかった。城を離れ、部下たちと親しく触れあう場を設けたのである。ともに地引き網漁で獲れた魚に舌鼓を打ちながら、部下たちの心を解きほぐし、そのうえで自分の考えを述べたのである。

そして「(今回の処置が)私の過ちだということになるのであれば、皆の議論にしたがってこれを改めよう」と、部下たちに判断を委ねた。長政がどれだけ部下たちの「異見」を尊重し、よい政(まつりごと)を実践しようと心を砕いていたかがうかがえる。

400年前の「人育ての知恵」に学ぶ意義

前回、今回と3人の名将・名君の「神対応」のエピソードを読んで下さった読者の皆さんは、どう感じただろうか。

前回エピソードを紹介した板倉重矩(いたくら・しげのり)は、先祖伝来の弓を折った部下を罰するどころか、「平時に弓が折れたのは、私にとってはめでたいことだ」といって喜び、「けっして気を落としてはならぬぞ」と部下を励ました。

思わぬ失敗を通してではあったが、先祖伝来の弓が危機のときには役に立たないことを気づかせてくれた部下への、感謝の心が読み取れる。

本当は「出雲守(いずものかみ)」宛てだった書状を受け取った「伊豆守(いずのかみ)」の松平信綱に至っては、宛名を書き間違えた同僚・安藤重長の部下のミスを大事(おおごと)にしないために、わざわざ安藤家を訪れて根回しをした。

これらの「神対応」はいったい、どこから生じているのだろうか。

とくに戦国時代は、戦場で部下1人ひとりに存分に力を発揮してもらわなければ、明日の運命もわからないという厳しい時代だった。その後、約260年にわたる太平を謳歌した江戸時代の前期にも、そうした実力勝負、尚武(しょうぶ/*)の気風は残っていた。

(*)武道・軍事を重んずること(小学館『日本国語大辞典』)

本気になって人を育て、人の和をはかり、戦いに勝たなければ家が滅びるという危機感が、名将・名君たちの「人育て」や人使いの背景にあったと考えられる。名将・名君たちは、組織のリーダーあるいは上司である自分のために、部下たちが一生懸命働いてくれていることのありがたさ、人の大切さを身にしみて感じていたはずだ。

ところで、世界経済フォーラムが発表した「The Future of Jobs Report 2023」には、同年時点でビジネスにおける仕事の34%を機械が行っており、2027年までに42%までが自動化されるだろうと記されている。

だが、かつて名将・名君たちが生きた時代には、人力をはるかに上回る機械力はもちろん、人の代わりに膨大な計算を行うコンピュータもなかった。業務を効率化してくれるRPAやAI、コミュニケーションを円滑にしてくれるネットワークのような便利なツールもなかったのである。

まさに人こそが、かけがえのない資産だった。

だから、名将・名君たちは厳しい実力主義の時代にいかに人を育て、人を活かし、戦いに勝利するかということに知恵を尽くした。

それから4、500年が経ち、多くの企業や組織が人にまつわるさまざまな悩みや課題を抱えている今、私たちがその知恵に学べるものは少なくないと思う。

次回以降、名将・名君たちの「人育て」や人使いのエピソード、教訓を紹介していく。読者の皆さんが同じような状況に陥ったとき、自分ならどんな対応をするのか。その対応を通じて、部下たちにどんなことを学び取り成長してもらいたいのかを考えながら、記事を読み進めていただければ幸いだ。

 

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