明日を生き抜く知恵の言葉

第9回

感謝こそ最大の「心の報酬」だ――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵③

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

「社員のために」と思うあまりの空回り――感謝の心が足りなかった

昨年、ある東証一部上場IT企業の創業者に取材した際、面白い話を聞いた。

その経営者は、東京・浅草の合羽橋にある料理道具専門店・飯田屋の飯田結太店主に会い、非常に感銘を受けたという。

飯田屋といえば、マニアックで専門的な料理道具が所狭しと並び、世界中の料理人からの注文が殺到している「超」料理道具専門店として有名だ。同社は今年で創業100年を迎えた老舗で、飯田氏は6代目社長にあたる。

飯田氏は、自分が店主になったとき、「社員の給与を上げ、有給休暇も増やし、福利厚生も充実させよう」と張り切っていた。ところがその意気込みに反して、社員たちがどんどん辞めていった。

自分の思いとは裏腹に、社員と心がどんどん離れていく。飯田氏は悩んだ。そして、ある社員から「いい会社だけれど、あなたとは働きたくない」といわれたことで、ハッと目が覚めた。

飯田氏はその頃、「給与をよくし、休暇を増やし、福利厚生も手厚くしたのだから、そのぶん働くのが当然だ」と考え、社員が仕事で何か失敗したときには厳しく追及していたという。

ところが、「あなたとは働きたくない」という社員の言葉をきっかけに、飯田氏は百八十度、考え方を改めた。

社員を変えるのではない。自分が変わらなければ駄目なのだと。

それから飯田氏は、「社員に働けというのではなく、感謝をしよう。社員が楽しく働けるようにしよう、そのためにはどうしたらいいのか」と、毎日考え続けた。

そんな中、飯田氏は「社員たちと感謝を共有する場を作ろう」と考えた。たとえば、今日会社に来るまでのあいだに、何か感謝するような出来事がなかったかを思い出し、全社員が朝礼で一分間スピーチを行うのだ。

社員と一緒に、毎日感謝を共有することを習慣化していく中で、会社は大きく変わっていったという。

企業で社員が得る報酬には、経済的報酬と精神的報酬がある。老舗・飯田屋のエピソードは、社員の心は経済的報酬だけでは満たされない、経済的報酬だけでは、社員は物心共に豊かになれないことを如実に物語るものだろう。

今回は「『やる気』を高め、『心に火をつける』マネジメントの知恵」の締めくくりとして、社員たちの「心の報酬」をどう高めていくのかについて考えてみたい。

たくさんの「ありがとう」に囲まれて働ける環境を作る

JR中央線武蔵境駅から徒歩5分の場所に、「中央線沿線年間利用者数24年間ナンバー・ワン」を誇る武蔵境自動車教習所(東京都武蔵野市)がある。


同教習所の理念は「共尊共栄」。10数年前に取材でお邪魔した際、髙橋勇会長が「社員さん」、「社員さん」と繰り返し話していたのが非常に印象的だった。


「なぜ、社員ではなく社員さんなのですか?」と質問したら、「私たちの『共尊』の相手は社員さん。社員さんと共に認め感謝し、共に学び成長し、共に豊かになることが『共尊共栄』です」という答えが返ってきた。


髙橋会長は、社員さんは社会からお預かりしているものであり、社会に対する恩返しとして、彼らを立派な社会人に育て、頑張って仕事をしてくれた分については、きちんと手当として還元しなければならない。それは、銀行からお金を借りたら、元本に利子をつけて返済するのと同じだと話していた。


ちょうどその頃、同教習所では髙橋明希社長のリーダーシップの下で、「ありがとうがあふれる会社にしよう」というスローガンを掲げ、従業員満足度の向上に取り組んでいた。


そのためのツールが、「ありがとうカード」である。同教習所では、社員同士がお互いに「お疲れ様」ではなく「ありがとう」と声をかけ合うことにした。そして、具体的に「あなたのこんな行動が素晴らしい、だから私はあなたに感謝している」というメッセージを「ありがとうカード」に記し、相手に渡すことを習慣づけた。


同教習所ではこれをさらに発展させ、インストラクターを始めとする社員が、顧客である教習生に対しても「ありがとうカード」を書いて渡そう、という運動を始めた。


「暑いのに教習所に来てくれてありがとうございます」

「私を指名していただいてありがとうございます」

「廊下ですれ違ったときに声をかけてくれて、ありがとうございます」


「『ありがとう』の材料は、至るところに隠れています」という髙橋社長の言葉を、昨日のことのように思い出す。


小さな感謝かもしれない。だが、その小さな感謝の積み重ね、「ありがとう」の広がりが、同教習所の高い社員満足、顧客満足を支えているのだろう。


その取材の数年後、私は「ありがとうの見える化」に全社を挙げて取り組む企業に出会った。それは、この連載の第6回で紹介したヤマトホールディングスである。


その頃、同グループでは「満足創造3カ年計画」の一環として、「満足ポイント制度」を始めていた。社内のイントラネット上に、社員たちが日々の仕事の中で関わりのあった仲間を褒めることができる場を設けたのである。


自分が仕事の中で創造した「満足」に対し、仲間やお客様、会社から褒められると「満足BANK」にポイントが貯まる。他人に褒められるだけでなく、自分が他の社員を褒めてもポイントがつく。


お客様からお褒めの言葉をいただいた社員に贈られる「ヤマトファン賞」も、満足ポイントの1つとして満足BANKに加えられる。


満足ポイントが貯まると、社内で「満足クリエーター」に認定され、ポイント数に応じてダイヤモンド、金、銀、銅の「満足バッジ」が進呈され、上位者は表彰を受ける。


日々の仕事の中には、ごく普通のことであっても相手に喜ばれることが数多くある。そういうことを、社員たちがお互いに褒め合うだけでなく、皆が仕事のなかで関わりのあった人々に褒められたことを「見える化」し、全社で共有しようというのが同制度の目的だと、瀬戸薫会長(当時)から伺った。


「ありがとう」を見える化するという同社の取り組みは、今はもっと進化しているに違いない。当時、満足ポイントを人事考課には直接連動させていないと聞いたが、この制度を通じて、お互いに褒め合い、育て合う文化が根付き、社員たちの仕事に対する意欲が高まっているとのことだった。


社員、部下が成長するの姿への感謝を忘れてはならない。子どもも同じだ

感謝といえば、ある大手証券会社の営業所を取材で訪れた際、営業所長に、非常にためになることを教わった。


それは、この連載の第7回で紹介した山本五十六海軍大将の、


「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」


という名言の、次に続く言葉である。


「やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」


つまり、本人が一生懸命にやっている姿を感謝しながらじっと見守り、信頼しなければ、社員は大成しない。


本人に言って聞かせ、やらせてみて、褒めることで社員は動く。そして、本人の話に耳を傾け、受容・承認し、権限を委譲することで社員は育つ。さらに、経営者や上司に感謝の心があって初めて、社員は大きな仕事を成し遂げられるようになるというのだ。


これは、企業の社員だけでなく、子供たちについても同じことが言えるのかもしれない。


経営者も親も、自分の望む通りのことをすることを社員や子どもに求め、できないことに業を煮やし、「こうしなさい」、「ああしなさい」と、つい口を出してしまう。


だが、社員たちに、自ら考え行動できる自律型人材に成長してもらいたい。あるいは子どもたちに、自己肯定感が高く、他人と協力しながら課題発見・課題解決を、「自分事」としてできる人材に育ってもらいたいと願うなら、社員や子どもが成長する姿を感謝で見守り、信頼する心の大切さに気づかなければならないだろう。


社員や子どもを変えようとするのではない。経営者や親がまず変わり、感謝に生きる人生へと軌道を修正することだ。



ジャーナリスト 加賀谷 貢樹



 

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