明日を生き抜く知恵の言葉

第31回

名将に学ぶ「上司学」 ⑪組織に和をもたらすリーダーのあり方

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

リーダーが率先してルールを守る――武田信玄の覚悟

前回、「十七条憲法」の第1条を紹介し、「度量の広いリーダーのもとで部下たちが仲睦(なかむつ)まじくしていれば、議論がかみ合い、物事の道理がおのずから通るようになるので、どんなことでも成し遂げることができるのだ」という訳文を載せた。

「度量の広いリーダーのもとで部下たちが仲睦まじくしていれば」の部分の書き下し文は、「上(かみ)和し下(しも)睦(むつ)めば」となる。

文字通りには「和し」を「調和し」としたいところだが、どうしても文章がこなれない。そこで「上和し」という部分を、「度量の広いリーダーのもとで」と思い切って意訳した。

「和」という漢字には「丸い」とか、稲が実って穂先が垂れ下がるように「しなやかに従う」といったコアイメージがある。そこから「調子が合ってうまくまとまる(穏やかに治まってまとまる)」などの意味が生じた(加納喜光『漢字語源語義辞典』〈東京堂出版〉)。

下の者が仲睦まじくするのはもちろん、上に立つリーダーも「和す」のでなければ、組織はうまくまとまらない。組織に和が保たれるためには、リーダーの人としてのあり方が重要になる。

ではその、組織に和をもたらすリーダーのあり方とはどんなものか。

ここでは、戦国時代最強といわれた武田家という組織を作り上げた、信玄の言葉を紹介したい。

「ただ重要なのは、ルールを定め、よくないことを正し、よいことを行った者を取りたてることをひたすら心がけることだ。家中ではルールを守ることを堅く申し付け、不正義を正すことが大切だ。たとえ善を挙げて人を用いても、リーダー自身がわがままに振る舞えば、ルールを定めても定めないのと同じことになる」 (『名将言行録』巻之七より訳出)

このエピソードに出てくる「ルール」は原文で「法度(はっと)」と書かれている。法度は本来「掟(おきて)」や「定め」、「法律」を指すが、ここではおおまかに「ルール」と訳した。

この部分は、組織の全員が守るべきルールをしっかり定め、厳守することが大切だ。そしてリーダーは、そのルールを率先して守らなければならない。リーダー自身がルールに従わなければ、組織の和は崩れると読める。信玄の言葉はこう続く。

「私の自慢のように聞こえるかもしれないが、父の信虎の時代には甲州一国の領地しかなかった。自分の代になって、若い頃のよくない行いを反省し、非難を受けないように覚悟して日頃の行いを改めた。士大将(*)に対しても恥じ入るような心を持ってルールを定め、道理に外れる行いは慎む。だから士大将たちは心をよせて私の指揮にしたがい、小さな備えも詳細に吟味し工夫を凝らし、大きな備えも構築し、戦場での備えも地形に合わせて整え、(兵を)よく鍛錬して隣国4国を伐(き)り取った。そこから一度も敵から押さえつけられることがないように、今まで処置してきたのもひとえに、しっかりしたルールを定め、備えを盤石にしたことによるものだ」 (『名将言行録』巻之七より訳出)

(*)さむらいだいしょう/全軍の総大将を補佐する指揮官

信玄のリーダーとしての覚悟がよく表れているのが、この部分だ。

家督を継ぐにあたって自らを振り返り、非の打ち所のないリーダーになることを目指して日頃の行いを改めた。部下に対しても偉(えら)ぶらず、目的・目標を達成するために、理にかなった行動を取る。自ら定めたルールを率先して守り、備えを万全にする。

これこそ、信玄が後を託した四男・勝頼に最も伝えたかったことなのかもしれない

翻って、今の日本の組織はどうだろう。

ルールが大事だといっておきながら、リーダー自らが平気でルールを破る。それを恥とも思わないどころか、相手がルールを破っていると批判し、粛正をする、といったことも実際に起きている。

いつから日本はこんなことが横行する国、社会になってしまったのだろうか。

「私が明日死のうとも、私のやり方をしっかり守り、私が取りたてた士大将たちの忠告を勝頼の息子の信勝がよく活かし、士大将の子どもを次第に取り立てる。私のやり方を父親たちが教え、人を取りたてるようにして、むやみに弓矢を働かせず備えを盤石にせよ。一度天下を目指したのであるから、武田家の家名を高めることができるかということは、勝頼の分別にかかっている」 (『名将言行録』巻之七より訳出)

ところが、信玄の遺言は果たされなかった。遺言に背いて大攻勢に打って出た結果、長篠の戦いで織田・徳川連合軍に大敗し、武田家が滅びたことは、前々回の記事に記した通りだ。

「万人心を異にすれば、則ち一人の用なし」

本連載の第20回でもエピソードを紹介した、「日本無双」と称えられた武将・立花宗茂(たちばな・むねしげ)は、組織の和についてこう述べている。

「戦いは兵力の多少によるものではない。兵たちが一和にまとまっていなければ、どれだけ大人数であっても勝利はおぼつかない。道雪(**)以来、われらも少人数でたびたび大勝利を収めている。これは兵たちの和によるもので、普段から心が通じ合っているから和が生まれるのだ。(部下たちはリーダーの)一言によっても命を捨てるものであるから、大将たる者は、それをよく心得ておくことだ」 (『名将言行録』巻之二十七より訳出)

(**)どうせつ/立花道雪/本連載第23回記事でエピソードを紹介した戸次鑑連(べっき・あきつら)のこと。宗茂は鑑連の養子

組織に和が保たれ、心が1つにまとまっていることが、厳しい競争に勝つための秘訣だという意味で、よく引用されるのが、

「千人心を同じうすれば則(すなわ)ち千人の力を得(う) 」(千人が心を1つにすれば、千人分の力を発揮することができる)

という有名な一節だ。

以前、ある原稿を書いていて、この言葉の出典である中国・前漢時代の『淮南子(えなんじ)』という書物を見たら、その次にこう記されていた。

「万人(まんにん)心を異(こと)にすれば、則ち一人(いちにん)の用(よう)無し」

つまり、1万人の大軍であっても、心が通っていなければ、1人分の役にも立たないということだ。

名将たちは、戦場で命を懸けて真剣勝負をしていたからこそ、「心を同じくする」ことや組織の和がいかに大切であるかを、肌感覚として理解していたのだ。

その文脈で、次の武田信玄の言葉を読むと、真に迫るものがある。

「大将たる者は士(さむらい)に心から敬意を払い、しっかりした法度(ルール)や軍法を定めて戦いに臨むことを、自分が日夜取り組むべき仕事と心得よ。心の中で、自分1人で(どんな城を建てるのかという)構想を練ることは、実際に城を建てることよりはるかに大仕事である。これは、大将が1人で多くの人を動かすということだ。であるから、大きな戦を2、3万人の将兵で勝つことをも、大将である私、信玄の勝ちという。大将1人の覚悟でもって、多くの将兵たちに勝たせるから、将兵たちの勝ちを大将の勝ちというのだ」 (『名将言行録』巻之七より訳出)

自分たちの組織は何を目指し、何を実現するのかという目的やビジョンを設定し、それを実現するための戦略を描く。そして、その戦略を実行するために、具体的にどうやって戦いに勝つのかという戦術を考え出し、具体的な作戦計画を立て、実行する。

リーダーは、こうした一連の流れの中で部下たちを動かし、「部下たちを勝たせる」という大きな役割を担っている。これは何とも誇らしい仕事ではないか。

以上をふまえ、名将・名君たちはこの一連の流れの中で、どんな「人使い」を実践していたのかを、次回以降、掘り下げていくことにする。

 

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