明日を生き抜く知恵の言葉

第26回

名将に学ぶ「上司学」⑥リーダーは「人の目利き」になれ

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

大将たる者は、刀や脇差より人を見る目を養え

今から四百数十年前のことだ。豊臣秀吉に仕え、肥前国(ひぜんのくに/現在の佐賀県と長崎県)唐津城主を務めた寺沢広高(てらざわ・ひろたか)の使者が、筑前国(ちくぜんのくに/現在の福岡県の大部分)福岡藩主の黒田長政のもとを訪れた。

黒田長政は、天才軍師・黒田官兵衛(のち如水〈じょすい〉と号する)の息子だ。長政は関ヶ原の戦いで徳川方に属して戦功を立て、筑前五十二万石を与えられ、福岡藩の繁栄の礎を築いた。

本連載の第20回記事で、長政が月に1回、家老を始め限られた側近たちを集めて行っていた「異見会(いけんかい)」のエピソードを紹介している。

何を話しても禍根を残してはならない、他言してはならない、腹を立ててはならない、思いついたことを発言するのを遠慮してはならない、というのが異見会のルールだった。

若い頃は気が荒く、すぐに腹を立てる性格だった長政も、この通称「腹立たずの会」で、藩政の不備や自身への批判を含む部下たちの直言に耳を傾け、名君に成長していったのだ。

長政は寺沢広高の使者に対面し、「志摩守(しまのかみ/広高の官職名)殿のご子息は今何を好んでおられますか」と尋ねた。

「すると使者は、『乗馬や鷹狩りのほかは、とりたてて好み申し上げることはございません。ではありますが、時々刀や脇差の目利きを好み申し上げてございます』と答えた。

長政はこれを聞き、こういった。『刀や脇差は武士にとって重宝なものではありますが、ただその刃(やいば)の切れ味がよいか鈍いかを見極め、よく切れるものを用いればよいのです。むやみに出来映えの上下を区別なさるべきではありません。

また、大将の目利きには大切なものと取るに足りないものがあり、まず『人の目利き』をわきまえることが基本です。大将に人を見る目がなければ、能力がある者を見捨て、ふさわしくない者を登用してしまうので、国が乱れます』」(『名将言行録』巻之三十より訳出)


このように、戦国~江戸時代の名将・名君の言行を今に伝える古書をひもとくと、リーダーにとって、人を見る目がいかに大切かについて記されたエピソードをよく目にする。

徳川家康も、人を見る目が大事だといっている。

「人を見るということは、世を治めるうえでも、戦においても一番重要だ。人を見る目のない大将は、真の勇気や優れた知恵の持ち主を小さなことに使ってしまうから、よい働きをする者もなく、忠義を尽くす者もいないのだ」(『名将言行録』巻之三十七より訳出)

技術やビジネスモデルも大事だが、「組織固め」や「人使い」をおろそかにしてはならない

長政はさらにこう話を続ける。

「(相手が)才能に富む者か才能に乏しい者か、勇敢な者か臆病な者かを知らず、いい加減に人を使えば必ず事をし損じます。これが大将にとって最も大切な目利きです。刀や脇差はその道の目利きに任せ、『人の目利き』を好みなさいませと(志摩守〈しまのかみ〉殿のご子息に)申し上げるべきです」(『名将言行録』巻之三十より訳出)

刀や脇差は武具であり、武具に通じることは武士にとって不可欠なたしなみだ。ところが長政はあえて、大将たる者は、武具の目利きはその道に通じた家来に任せ、「人の目利き」に習熟するようお伝えなさいと広高の使者に忠告した。

これを今の文脈に置き換え、「成長軌道に乗り始めたベンチャーや中小企業の経営者は、技術やビジネスモデルは詳しい部下にある程度任せていいから、人を見極める力を磨きなさい」と読み替えたいと思う。

もちろん、経営者が自社の競争力の源泉となる技術やビジネスモデルに習熟していることは、企業が厳しい競争に勝ち残るための一丁目一番地だといっていいだろう。実際、独自の技術やビジネスモデルでイノベーションを起こしたいという志を持つ経営者ほど、自社の技術やビジネスモデルに対する強い思い入れを持っているものだ。

私の取材経験のなかでも、自社の技術やビジネスモデルに話題が及ぶと、経営者の話が止まらなくなるということがたびたびあった。これまで自らの知識や経験、知恵を尽くして育て上げてきた貴重なシーズなのだから、愛着もひとしおだろう。その気持ちがよくわかる。

だが、会社の成長とともに人も増え、ある程度規模が大きくなってきた段階で、経営者はいかに組織を固めるかに注力する必要に迫られる。そのときに試されるのが、リーダーの「人の目利き」力ということになるだろう。

組織のリーダーに人を見る目がなかったら、適材適所で人材を活かすどころか、部下の才能を埋もれさせてしまいかねない。また、価値観が異なり会社の理念やビジョンを共有できない、一緒に働く仲間としてはどうかという人を採用してしまうことも起きかねない。

長政はこう警鐘を鳴らしている。

「長政は、『大将は、自分の家来をよく見知らないために、家中に優れた者がいても用いず、かえってよその浪人などを高額な報酬を支払って採用することがある。これが優れた者ならば差し支えないとはいえ、家中の優れた者を差し置いて、他所から人を招くのは愚かしいことだ』という。長政は、目の前に小姓たちが数多く仕えているのを見て、『あのようになった童(わらべ)たちの中にも、知恵と武勇に優れた天性の才能の持ち主がいるはずだ。それをわきまえて(人を)使い、活かす人物を良将というのだ』と語った」(『名将言行録』巻之三十より訳出)

名将たちの時代から四百数十年が過ぎた今、多くの企業が人手不足に陥り、なかなか人が採れない状況になっている。

人材の貴重さが増している今だからこそ、縁あって自社で働いてくれている社員たち、部下たちの働きぶりや人となりをよく見て、これまでの「人使い」を改める必要がないかを考えるべきときにきているのではないかと思う。

この人材難のなかで苦労して人が採れたとしても、せっかく採用した人材が能力を発揮できず、組織内で埋もれるようであっては、会社の成長も危ぶまれる。かつてのように、組織内で人材を活かせず、遊ばせておく余裕はないはずだ。

それだけ人を見極め、適材適所で活かせるかどうかが、企業の競争力や持続可能性に直結する厳しい時代になっているのだ。

では名将たちは、「人の目利き」をどのように実践していたのか。

次回記事では、名将たちは、部下たちの何を見て人となりを見極めていたのか。また、名将たちが人を見極めるうえで大切にしていたものは何かについて、エピソードを紹介していくことにする。

今から四百数十年前、名将たちが活躍していた頃のエピソードから、今に通じる人の見方、人との向き合い方のヒントを読み取っていただけたら幸いだ。

 

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