第5回
企業の理念に込められた知恵【前編】――あなたの会社の「パーパス」 は何ですか?
イノベーションズアイ編集局 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
「企業の存在意義」が大きく問われる時代
理念の中に込められた企業の哲学、使命
ベネッセホールディングスの福武總一郎名誉顧問の社長在任当時、企業理念の背景について話を聞いたことがある。
1955年の創業当初から教育事業を手がけてきた同社は、1980年代後半に至り、今後少子高齢化によって福祉を始めとする社会システムの基盤がゆらぎ、「豊かさ」に関する人の意識や価値観が大きく変化すると予測した。
そこで、「一時の流行よりも、時代を越えて価値のある『不易(ふえき)』に目を向けることの方が大事だ」と、当時社長に就任したばかりの福武氏は考え、赤ちゃんからお年寄りまで誰もが持っている人間としての向上意欲に目を向け、「Benesse」(よく生きる)という企業理念を定めたのだという。
そこから同社は、企業理念「Benesse」の実現のため、個人とその家族を対象とした直接的・継続的ビジネスに徹する方針を定めた。それに合わせて、事業領域を子ども向けの教育に加えて語学、生活、介護へと広げ、新たな発展を遂げたのだ。
「感動創造企業」に向けて、「心のエンジン回転数」を上げよ(Revs your Heart)!
ヤマハ発動機は「感動創造企業」を、同社が自社の存在意義と位置づける「企業の目的」として掲げている。
この企業の目的に加え「顧客の期待を超える価値の創造」および「仕事をする自分に誇りがもてる企業風土の実現」、「社会的責任のグローバルな遂行」の3つからなる経営理念、そして「スピード」、「挑戦」、「やり抜く」からなる行動指針が三位一体となって、同社の企業理念が形作られているという。
浜松市にある同社の本社ショールームを訪れた際、柳弘之社長(社長および会長を歴任したあと現・取締役)に、同社では「感動創造企業」の実現に向けて、"Revs your Heart(レヴズ・ユア・ハート)"というブランド・スローガンを定めていると聞いた。
「Rev」とは「エンジンの回転数を上げる」という意味の英語で、「わくわくさせる」とか気持ちを「高ぶらせる」というニュアンスが込められている。
1955年にヤマハ(旧・日本楽器製造)から分離独立して以来、オートバイなどを手がけ、世界的なメーカーとして数多くのファンを持つ同社の矜恃やものづくりに懸ける思いが、「Revs」という言葉に凝縮されている。
このブランド・スローガンを実現するうえで大切にしている「ヤマハらしさ」を、同社は「発・悦(えつ)・信・魅(み)・結」の5文字で表していると柳氏は語った。
ヤマハ発動機の「発」が独創性で、顧客の悦(よろこ)びと信頼を得る卓越した技術が「悦」と「信」。顧客の感性に訴え、魅了するのが「魅」。そして、人や社会とつながり、絆を結ぶ「結」である。
そこに、人と機械が応答し合い一体感を生む、「人機官能(じんきかんのう)」という同社独自の開発思想が加わって、独創的なコンセプトが具体的な製品となり、ユーザーを魅了し、感動を創造していくのだ。
「独創性のポイントはイノベーションにあるが、工学的にはイノベーションは何もないところからは生まれない。従来手がけてきたエンジンを含むパワーソース、車体・艇体・機体を作るボディ技術、エンジンおよびボディの統合制御技術という3つのフィールドをそれぞれ進化させ、組み合わせることでイノベーションが生まれる」という、柳氏の言葉が印象深い。
このように、それぞれの企業が持つ価値観や哲学から広がるストーリーを表現したものが、広い意味で企業の理念だといってもいいのではないか。
外から学び、新しいものを取り入れることも重要で、意義のあることだが、自らの内面と向き合い、思索を重ねる中で生み出されるものの価値もまた、大きい。
そこから何かを学び取ろうとする私たちにも、多くの気付きを与えてくれる。
次回は、さまざまな企業の理念を引きながら、理念が企業経営の中で持つ意味や役割を考え、さらに深めていきたい。
ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
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