第15回
「自由闊達で愉快なる理想の職場」を作るために
イノベーションズアイ編集局 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
「内発的動機付け」なきリーダーシップで人は動かず
前回、「挑戦し創造するマインドを取り戻せ」と題し、「大曽根語録」を取り上げた。
それに対し、読者の方から「言い訳をさせないマネジメント」はパワハラの温床になるのではないかという意見をいただいた。まったくその通りであり、ご指摘に感謝したい。
前回の記事に、
「この言葉は本来、開発者自身が心すべき言葉であることはもちろんだが、組織のあり方についても大きな示唆を含んでいる。上司と部下の関係にしろ、部署間の関係にしろ、硬直した組織であればあるほど、アイデアの芽を摘んでしまう可能性があるからだ。独創的なアイデアは、組織の垣根が低く、風通しのよい社風であればこそ活きるのだと思う」
と記してはいた。
だが、現場の社員たちが挑戦し創造するマインドが自然に生まれるような、言い方を換えれば、社員たちの「内発的動機付け」が高まるような職場の雰囲気や組織風土をどう作るのかについての考察が必要だった。
まずはお詫びをしたうえで、私が前回記した「言い訳用語集」のエピソードは、「言い訳は許さない、とにかく結果を出せ」と部下を威圧し叱責するためのものでもなく、圧政を正当化するためのものでもないということを、ぜひご理解いただきたいと思う。
なぜ私が「言い訳用語集」のエピソードに触れたのかには、理由がある。最近、永田町である改革のための提言をまとめるお手伝いをさせていただいたのだが、そこで、前例を破り改革することに反対する抵抗勢力が、いかに巧妙な言い訳を弄して改革を潰そうとするものかを思い知らされる経験をしたからだ。
とはいえ、大曽根語録が、本来意図するところから離れて曲解されてはならない。
そこで今回は、現場の社員たちが挑戦し創造するマインドが自然に生まれるような組織風土を作るためにはどうしたらいいのか、社員たちの内発的動機付けをどう高めるのかということについて、古典から知恵の言葉を探してみた。
そもそもどんな組織を作ることが目的なのか?
前置きが長くなり恐縮だが、古典の言葉を紹介する前に、おさえておきたいことがある。挑戦し創造するマインドが自然に生まれるような組織風土をいかに作るのか、社員の内発的動機付けをどう高めるのかという「How」を学ぶ前に、そもそも挑戦し創造するマインドが自然に生まれ、内発的動機付けが高まる組織とはどういうものかを考える必要がある。
前回、ソニーの大曽根元副社長の言葉を取り上げたのだから、ここでは、ソニーの前身である東京通信工業株式会社の設立趣意書を見てみよう。
もしこの記事をきっかけに、読者の皆さんが自社について考えて下さる場合、「そもそも自社は何のために設立されたのか」、経営者の方なら「そもそも自分は何のために会社を設立したのか」を振り返っていただきたい。
東京通信工業株式会社の設立趣意書にこんな言葉がある。
「技術者たちが技術することに深い喜びを感じ、その社会的使命を自覚して思いきり働ける安定した職場をこしらえるのが第一の目的であった」
「それで、これらの人たちが真に人格的に結合し、堅き協同精神をもって、思う存分、技術・能力を発揮できるような状態に置くことができたら、たとえその人員はわずかで、その施設は乏しくとも、その運営はいかに楽しきものであり、その成果はいかに大であるかを考え、この理想を実現できる構想を種々心の中に描いてきた」
つまり、技術者たちが「技術すること」に喜びを感じ、能力を存分に発揮できる理想的な職場の創造を目的に、東京通信工業は設立されたのだ。
そして、その理想の職場とは何かが、同社の「会社創立の目的」の筆頭に記されている。
「真面目なる技術者の技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想工場の建設」
「自由闊達にして愉快なる理想工場」とは、この趣意書が書かれた1958年から64年が経つ今もなお魅力的で、ワクワクさせられるような言葉ではないか。
技術者、工場に限らず、「真面目なるビジネスパーソンの技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想の職場の建設」と、私は読み替えたい。
さらに経営方針を見ると、
「従業員は厳選されたる、かなり少員数をもって構成し、形式的職階制を避け、一切の秩序を実力本位、人格主義の上に置き個人の技能を最大限度に発揮せしむ」
と書かれている。
形式的な階級制を設けず、実力本位、人格主義によって個人の能力を発揮させるという方法論がここでは述べられている。人格主義というと、哲学上の難解な議論もあるようだが、自律的な個人の人格を最大限尊重するという意味に捉えたい。
とすると、「真面目なるビジネスパーソンの技能を、最高度に発揮せしむべき自由闊達にして愉快なる理想の職場の建設」は、社員個人の人間性を最大限に尊重することが前提となるはずだ。
社員個人の人間性を最大限に尊重し、内発的動機付けを高め、挑戦し創造するマインドが自然に生まれてくるような職場をどう作るのか。それに対する組織論的な答えを、この分野の素人である私は持っていない。
そこで、会社や組織をマネジメントするリーダーが、社員やメンバーとどう向き合えばいいのかを考えるうえで参考になりそうな知恵の言葉を、数ある中国古典の中から探してみた。
古典の中でも、人を強制的に動かすのではなく、今風の言葉でいえば内発的動機付けをいかに高めるかということは、数百年、数千年にわたって論じられてきたテーマの1つだ。
この中に共感した言葉、気に入って下さる言葉があれば、それを指針に、自分なりの答えを見つけていただきたい。
〈社員や部下との関わり方を振り返る〉
●勢(せい)に依(よ)りて威(い)を作(な)すなかれ(書経・君陳〈くんちん〉篇)
【拙訳】権勢を振りかざして部下に接してはならない
●人を容(い)るる能(あた)わざる者は親しむこと無し。親しむことなき者は人を尽くす(荘子〈そうじ〉・庚桑楚〈こうそうそ〉篇)
【拙訳】包容力のない人は、他人と身近に触れ合うことができず、他人を疲弊させてしまう
●人の情、発し易くして制し難きものは、惟(た)だ怒りを甚だしとなす(近思録〈きんしろく〉・為学〈いがく〉類)
【拙訳】人が最も発しやすく、自制が利かない感情は怒りである
●君は民に三欲あり。三欲節せざれば、則ち上位危うし。三欲とは何ぞや。一に曰(いわ)く、求。二に曰く、禁。三に曰く、令(管子・法法篇)
【拙訳】君主は人民に対して、要求すること、禁止すること、命令することという3つの欲を持っているものだ。この3つの欲を抑えることができなければ、自らの地位を危うくしてしまうだろう
〈リーダーに「仁と徳」がなければ人は動かず〉
●民(たみ)常に懐(なつ)くなく、仁あるに懐く(書経・太甲下篇)
【拙訳】人はどんなリーダーにも従うのではない。思いやりの心を持つリーダーに従うのだ
●良将(りょうしょう)の軍を統(す)ぶるや、己(おのれ)を恕(はか)りて人を治(おさ)む(三略・上略)
【拙訳】優れた将軍が軍を指揮するときには、思いやりの心をもって部下に接する
●これに先んじ、これを労(ねぎら)う(論語・子路篇)
【拙訳】(為政者に必要な心構えは)先頭に立って働き、国民をいたわることだ
●力を以て人を服する者は、心を服するに非(あら)ざるなり、力(ちから)膽(た)らざればなり。徳を以て人を服する者は、中心より悦(よろこ)びて誠に服せしむるなり(孟子・公孫丑〈こうそんちゅう〉篇)
【拙訳】相手を力づくで従わせても、心服させたことにはならない。力に耐え切れなかったから、やむなく従っているのだ。徳によって心服させれば、相手は心の底から喜んで従うようになる
●之(こ)れを道(みちび)くに徳を以てし、之(こ)れを斉(ととの)うるに礼を以てし、而(しか)してその饑寒(きかん)を知り、その労を察す。これを仁将と謂う(諸葛亮集(しょかつりょうしゅう)・将苑〈しょうえん〉)
【拙訳】部下を徳で導き、礼をもってきちんと治める。そして、部下たちが飢えや寒さにあえいでいることを知り、その労苦に思いをはせる。これを仁将と言う
●徳は才の主(しゅ)、才は徳の奴(ど)なり。才ありて徳なきは家に主なくして奴、事を用うるが如(ごと)し。奈何(いかん)ぞ魍魎(もうりょう)にして猖狂(しょうきょう)せざらん(菜根譚〈さいこんたん〉・前集)
徳は才能の主人であり、才能は徳の召使いだ。才能があっても徳がないのは、主人のいない家を、召使いが牛耳っているようなものだ。(これでは家で)妖怪が暴れ回ることになる
●人を愛して親しまずんば、その仁に返れ。人を治めて治まらずんば、その智に返れ。人を礼して答えられずんば、その敬に返れ。行い得ざる者有れば、皆これを己(おのれ)に反求(はんきゅう)せよ(孟子・離婁〈りろう〉篇)
【拙訳】いくら愛情を注いでも距離を縮められないのは、思いやりの心が足りないからだ。組織をうまくまとめられないのは、自分の知恵が足りないからだ。礼を尽くしても反応がないのは、相手を敬う気持ちが足りないからだ。行動に結果がともなわないときには、自分自身のやり方を反省することだ
〈言葉よりも大切なものがある〉
●聖人は無為(むい)の事に居(お)り、不言(ふげん)の教えを行う(老子・第二章)
【拙訳】道を体得した立派な人物は、作為なくあるがままに事に当たり、あれこれ口に出さずに人々を教え導くものだ
●桃李(とうり)言(ものい)わずして、下(した)自(おの)ずから蹊(みち)を成(な)す(史記・李将軍列伝)
【拙訳】桃や李(すもも)は何も言わないが、(美しい花や立派な実に惹かれて人が集まり)木の下に自然と道ができる
●仁義礼智は外(そと)由(よ)り我(われ)を鑠(かざ)るに非(あら)ざるなり。我(われ)固(もと)よりこれを有するなり。思わざるのみ(孟子・告子〈こくし〉篇)
【拙訳】仁義礼智は、外から持ってきて自分を飾り立てるものではない。もともと自分の心の中にあるもので、それに気づいていないだけなのだ
〈リーダーの内省のために〉
●己(おのれ)を枉(ま)ぐる者にして、未(いま)だ能(よ)く人を直(なお)くする者はあらざるなり(孟子・滕文公〈とうぶんこう〉篇)
【拙訳】人に正しい行いをさせたいと思うなら、まずは自分の姿勢を改めよ
●人を責むるは斯(こ)れ難(かた)しとする無きも、これ責めを受け俾(したが)いて流るるが如きは、是(こ)れ難いかな(書経・秦誓〈しんせい〉篇)
【拙訳】他人を責めることはたやすいが、他人から批判されても素直に従うことはとても難しい
●天の作(な)す孼(わざわ)いは猶(な)お違(さ)くべきも、自(みずか)ら作せる孼いは逭(のが)るべからず(書経・太甲〈たいこう〉上篇)
【拙訳】天災なら避けることはできるかもしれないが、自分が招いた災難からは逃れようもない
●戒めよ、戒めよ、爾(なんじ)に出(い)づる者は、爾に反(かえ)るなり(孟子・梁恵王〈りょうけいおう〉篇)
【拙訳】心せよ、心せよ、自らの行いは自らに返ってくるものだ
ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
- 第30回 名将に学ぶ「上司学」⑩名将・名君は組織の和をどうはかったか
- 第29回 名将に学ぶ「上司学」⑨組織の和と不和を考える
- 第28回 名将に学ぶ「上司学」⑧名将たちは「人の目利き」を通して何を見極めたのか
- 第27回 名将に学ぶ「上司学」⑦「人の目利き力」なきリーダーは組織戦に勝てない
- 第26回 名将に学ぶ「上司学」⑥リーダーは「人の目利き」になれ
- 第25回 名将に学ぶ「上司学」⑤職場に元気を取り戻す「6つの心得」
- 第24回 名将に学ぶ「上司学」④「人がついてくるリーダー」が大切にしていること
- 第23回 名将に学ぶ「上司学」③名将は「部下のモチベーションを高める達人」だ
- 第22回 名将に学ぶ「上司学」②部下の失敗にどう向き合うか
- 第21回 名将に学ぶ「上司学」①名将は怒らず諭し、悟らせる
- 第20回 名将に学ぶ「心を通わす」リーダーの言葉③――名将は「自分の器」をどう広げたか
- 第19回 名将に学ぶ「心を通わす」リーダーの言葉②――名将たちは部下をどう叱ったか
- 第18回 名将に学ぶ「心を通わす」リーダーの言葉①
- 第17回 お客様を信じられなくなったときに何を考えるか
- 第16回 シリーズ「古典に学ぶ、勝つための知恵」①『呉子』
- 第15回 「自由闊達で愉快なる理想の職場」を作るために
- 第14回 挑戦し創造するマインドを取り戻せ――ソニー「大曽根語録」に今学ぶもの
- 第13回 「恩送り」で人は育ち、組織は強くなる
- 第12回 ものづくりの「職人ことば」「現場ことば」が教えてくれるもの
- 第11回 「おもてなしの心」をめぐる先人の知恵と近未来
- 第10回 「木組み」は「人組み」――宮大工の口伝は最高のマネジメントの知恵
- 第9回 感謝こそ最大の「心の報酬」だ――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵③
- 第8回 夢を見て前に進む「未来への意志」を取り戻す――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵②
- 第7回 経営者も上司も親も悩む――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵①
- 第6回 企業の理念に込められた知恵【後編】――「未知未踏」への挑戦あるところに道は拓ける
- 第5回 企業の理念に込められた知恵【前編】――あなたの会社の「パーパス」 は何ですか?
- 第4回 ある中小企業で出会った「ダーウィンの言葉」と「青春訓」
- 第3回 市場が厳しいときこそ、「利他の心」で世の中に役立つことをする
- 第2回 幸之助さんの「日に新た」と孔子先生の「川上の嘆」、マキャベリの説く「運命」
- 第1回 デジタル時代の顧客中心主義と「仁」の心