明日を生き抜く知恵の言葉

第28回

名将に学ぶ「上司学」⑧名将たちは「人の目利き」を通して何を見極めたのか

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

名将たちが最も信頼を寄せた部下はどんな人物か

前回記事で、かつて名将たちが実践していた「人の目利き」とはどんなものだったのか、そして彼らはどんな「ものさし」で人を見ていたのかについて記した。

今回は、こうした「人の目利き」を通して、名将たちはいったい何を見極めようとしていたのかについて深掘りしていきたい。

豊臣秀吉が全国統一の足がかりを築いた「賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い」で活躍した7人の武将(「賤ヶ岳の七本槍」と呼ばれる)の1人で、のちに会津藩主となった加藤嘉明(かとう・よしあき)という武将がいる。

嘉明は、最も信頼できる家臣や家来とはどんな人物なのかについて、次のように述べている。あなたがリーダーや上司の立場にある人なら、自分と側近や部下との関係に置き換えて読んでみていただきたい。

「意気込みが勇ましい者は、周囲を驚かせるほどの働きをするとはいっても、最終的な功績は実直な者にある。(実直な者は)敵地の真っただ中で助けもないまま孤城を守り、けっして屈服しようとしない。主人の勇名が衰え、皆が裏切ろうとも、自分だけは節を曲げずに信念を貫き通す。これらのことは義理がたく正直な者でなければ難しいと思われる」(『名将言行録』巻之三十一より訳出)

嘉明は、実直で節を曲げない家臣や家来を最も高く買っていたのだ。

話が前後するが、「節を曲げない」というのは、ぶれずに信念を貫き通すことだと考えればいいだろう。嘉明は、逆境に陥っても信念を持ち続け、重要な仕事を最後までやり抜くことは、義理がたく正直な人物でなければできないだろうといっている。

また、実直な部下は真面目で正直であり、上司に気に入られようとして、おもねるようなことはしないものだ。嘉明はいう。

「(主人に)おもねる者は、一時(いっとき)は並ぶ者がないほどの勇敢さを見せても、あてにしてはならない。媚びて(主人の)歓心を買い、報酬を得たあと、後ろ指を指されるようになることを自らもよく知りながら、自分をあざむくようなことをするのは恥を恥とも思わぬ者だ。恥を恥じとも思わぬ者は、主人の命を奪ってでも自分の利益を図ろうとするに違いない」(『名将言行録』巻之三十一より訳出)

一方、関ヶ原の戦いや大阪冬の陣、夏の陣で徳川家康をきりきり舞いさせた智将・真田幸村の言葉からは、幸村は、嘘偽りがなく裏切らない家来を高く評価し、大切にしていたことが読み取れる。

「およそ家臣ほど油断のならぬ者はない。親子兄弟の間でも嘘偽りが多く、利に惑わされ(て裏切)ることがある。にもかかわらず、わが真田家に代々仕える家来たちは、血を分けた肉親でもないのに、ただ恩義に感じ、あるいは威光を恐れて命令にしたがい、命さえもくれることがあるのだから、よく気を配り察してやることだ」(『名将言行録』巻之四十より訳出)


「嘘偽りがなく裏切らない」、これを下記の加藤嘉明の言葉でいいかえれば、「忠義」ということになるだろう。

「近頃、自分の武名を売り込み、あちこちを渡り歩いている者に、本来の忠義は少ないと見受けられる。このような者に高額な報酬を与えて『家の飾り』にするという話も聞くが、優れた武将は、そのようなことをする家は思慮が足りないと思うに違いない」(『名将言行録』巻之三十一より訳出)

「武名」とは武士としての名声や評判、戦場での手柄をいう。現代の文脈でいえば、自分がこれまで仕事で上げた成果や実績、それにともなう評価ということになるだろう。

名将たちの時代から四百数十年が経つ今、ビジネスパーソンが仕事の実績を売り込み、転職を通してより高い報酬や地位を得ようとすること。そして、企業が本人の実績や実力に応じた報酬を支払い、外部から優秀な人材を積極的に採用することは肯定的に捉えられている。

ビジネスパーソンの自助努力や企業の取り組みを否定するものではないが、はたして「それだけ」が正解なのかと、疑問は残る。

あくまでバランスの問題としてだが、今組織に所属している部下たちにもっと目をかけ、信頼関係を作り能力を引き出すことに、知恵と情熱を振り向けることはできないものか。多くの職場が人手不足で、人材を獲得するのが非常に難しくなっている今の状況では、なおさらのことだろう。

武士たちが命がけで戦った時代の精神に学ぶこと

これまで紹介したエピソードを整理すると、実直さ、節を曲げないこと、義理堅く正直であること、嘘偽りがなく裏切らないこと。そして忠義を、かつて名将たちは重んじていたことがわかる。

実直、忠義、節を曲げない、義理堅い――。

泥臭く、古臭く、時代遅れの価値観だと思う人もいるかもしれない。価値観は人それぞれだが、実際に今「忠義」といわれてもピンとこないという人は少なくないはずだ。

私たちが、名将たちが大切にしていた価値観を理解するには、当時の時代精神を知る必要がある。戦国時代から続く武術の技法を継承している甲州流柔術の代表師範・埴原有希士(はいばら・ゆきじ)氏は、著書にこう記している。

「戦国時代は、日本の歴史の中でも大変苛酷な時代です。しかし、そんな時代にあって、織田信長や武田信玄、上杉謙信のような大英雄が誕生し、歴史に名を刻んでいます。

 下克上、立身出世を夢見て、多くの武士が活躍し、そして死んでいきました。(中略)

 当時は、我々の暮らしからは想像もできないほど、死が身近に存在していました。武士であれば、なおさら意識したことでしょう。そんな状況で平静を保つことは、非常に難しいことです。しかし、死に近いからこそ、生をも強く意識し、その哲学を深めることができます」(埴原有希士『戦国武士道:心を整える戦国武将の最強の哲学』Kindle版)

生きるか死ぬかという命がけの実力勝負、真剣勝負の時代に、名将たちは生きていた。

彼らが戦った真剣勝負とは、まさに「真剣」を交えて命のやり取りをする苛酷なものだった。ところが私たちの多くは、真剣の実物を見たことも、手にしたこともないため、当時の真剣勝負というものが、どれほど苛酷なものだったか想像がつかない。

私が、ある刀匠に取材をしたときのことだ。私は刀匠から日本刀の鑑賞の作法を教わり、真剣を手に取って刀身を見つめながら、刀匠の解説に耳を傾けた。

刀匠は「けっして刃に触れないように」と何度も声をかけて下さった。誤って刃先が肌にでも触れようものなら、その瞬間に肌が切れているほど刃先が鋭利なので、取り扱いに細心の注意が必要なのだ。

真剣を手に取り、持ち上げるだけでも非常に緊張したことを覚えている。

そこまで研ぎ澄まされた切れ味を持つ太刀を振るいながら、当時の武士たちは、戦場で命のやり取りをしていた。

戦場では、刃がいつ自分に向かってくるかわからない。刀のほかにも弓矢に槍、銃弾、あるいは石つぶてなど、あらゆるものが自分に向かって飛んでくる。一瞬でも油断や隙を見せれば命が危うい。それが真剣勝負だ。

あなたが当時の武将なら、戦場で部下たちが存分に働いてくれなければ、生きて帰ることは難しいかもしれない。あなたが率いる部隊が不利な状況に置かれ、窮地に陥ったときに頼みとなるのも、周囲にいる部下たちなのだ。

戦場を離れても、敵が謀略や罠、情報戦を仕掛けてくることは日常茶飯事だ。正確な情報を得ようにも、巷(ちまた)はプロパガンダ(政治宣伝)や偽情報(disinformation)に満ちあふれ、何を信じていいのかわからなくなる。

ましてや、当時は既存の権威や格式などにとらわれない下克上の世の中だ。人間の良心を信じたいのはやまやまだが、自分の側近や部下の言動にさえ、嘘があるかもしれない。要職にある側近が、普段見せている笑顔がじつは本心を取りつくろったもので、タイミングを見計らって離反し裏切ることさえある。

1つ注意しなければならないのは、こうした面従腹背や離反、裏切りはリーダー自身の至らなさから生じることもあるということだ。したがって、リーダーたる者は「人の目利き」をする前に自らを厳しく律し、周囲にいる部下たちに目をかけ、大切にしなければならない。そこをおさえたうえで、話を続けたい。

まさしく、一時(いっとき)でも油断しようものなら命を落としかねない実力勝負、真剣勝負の時代。そして、嘘偽りや裏切りの絶えない時代だったからこそ、名将たちは実直で、忠義を尽くし、節を曲げない、義理堅い、けっして裏切らない側近や家来を高く評価し、大切にしたのだ。

真剣勝負をともに戦う「真のパートナー」を見極める力

もっとも、私たちが今暮らしている現代は、戦国時代のような「死と隣り合わせ」の時代ではない。

だが、よく考えてみれば、「命がけ」とまではいかないものの、たとえばベンチャー企業の経営は相当リスクが高い事業だ。

ベンチャー企業の生存率は一説に「創業から5年後は15.0%、10年後は6.3%。20年後はなんと0.3%」といわれる(日経ビジネス電子版「慶応ビジネス・スクール EXECUTIVE」所収、「創業20年後の生存率0.3%」を乗り越えるには 第54回 岩崎博之 メディカル・データ・ビジョン 社長(3)」)。

この説に従えば、創業10年後には93.7%、20年後には99.7%のベンチャー企業が淘汰されることになる。

こうした厳しい生存競争に勝ち残ることは、事業の成功と「永続企業」を目指す起業家にとって、きわめて高いリスクと隣り合わせの真剣勝負にほかならない。

企業を始め、さまざまな組織で部門や部署のマネジメントを任されている上司にとっても、難易度の高い目標の達成や社運を懸けたプロジェクトの成功といった、リスクと隣り合わせの真剣勝負に勝たねばならない正念場は、たびたび訪れる。

こうした真剣勝負をともに戦うパートナーとして、読者の皆さんなら、どんな部下がいたら心強いと思うだろうか。

現代と戦国時代では、時代背景や人々の価値観は大きく異なるが、戦国時代の合戦も現代のビジネスも、組織戦であることに変わりはない。

そして戦国時代もそうであったように、現代の組織のリーダーや上司の立場にある人が、真剣勝負をともに戦う「真のパートナー」として間違いのない人材を得られなければ、ここ一番の勝負には勝てない。

真剣勝負をともに戦う真のパートナーとして間違いのない人材を見極めるために、「人の目利き力」を磨くことの大切さは、時代によらず変わらないのだ。

 

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