明日を生き抜く知恵の言葉

第8回

夢を見て前に進む「未来への意志」を取り戻す――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵②

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

社員1人ひとりが夢を記した「夢の旗」

浜松市に、「ボールジョイント」という自動車部品の設計製造を手がけるソミック石川という会社がある。

ボールジョイントとは、いわば自動車の「関節」で、サスペンションやステアリングに使われ、タイヤを正しい方向に保持して走行の安定性を高めたり、ハンドル操作をタイヤに伝える重要部品。同社は、そのボールジョイントで国内シェア5割を超えるトップメーカーだ。

新聞取材で同社を訪れた際、石川雅洋社長(現・ソミックマネージメントホールディングス代表取締役社長)は、同社には「夢の木」という長期ビジョンがあると話して下さった。

「いきいき(友愛)」と「やらまいか(挑戦)」からなるソミック・ウェイを幹と根にして、枝葉が大きく広がり、世界トップのボールジョイントメーカーに成長していく。同社が目指すそんな将来の姿を大樹にたとえたものが、「夢の木」だ。

同社の将来ビジョンの詳細は割愛するが、自分たちが目指す将来の姿、夢を描き、社員たちの心を奮い立たせることは、リーダーたる経営者の大事な仕事の1つだろう。

ここまでは、よくある話かもしれない。私が心から共感したのは、このあとのエピソードだ。

同社には、社員が自分の夢を記した「夢の旗」があるという。

石川社長は、自身の社長就任記念パーティーで課長以上の基幹職約150人を前に、「夢の木」について説明した。そのあと、「自分は必ずこれを実現させる。みんなも夢を持ってほしい」と語り、5枚の社旗に夢を書き込むように依頼した。

社員たちは自分の夢を旗に書いた。中には、「自分にしか作れないボールジョイントを設計する」という夢もあった。そして最後に、石川氏は「みんなの夢を叶えてみせる」と旗に記した。

「夢は正夢」――夢は描くためにあるのではない。実現するためにある

そんな150人の夢が詰まった旗が、「夢の旗」だ。石川社長は、会社として夢を持つことも重要だが、社員1人ひとりが「こうなりたい」、「こんなことをやりたい」という夢を持っている会社は強いと話していた。

その数年後、全社員が自分の夢を寄せ書きした大きな旗を社長室の壁に掲げる、あるITベンチャー企業の若手社長に、私は出会った。

経営者である自分の夢に共感し、ともに走り続けてくれている社員たちの夢を大切にしたい。みんなが夢でつながる働きがいのある会社を作りたいという、その経営者の強い思いに、私は心を打たれた。

みんな一生懸命に生きている。だが厳しい現実の中で、人は夢を描くことを忘れ、夢は夢想だ、現実を見なければいけないと納得してしまうものかもしれない。私自身もそう思っていた。

夢といえば、駆け出しの記者の頃、現・侍ジャパンの栗山英樹監督に、雑誌取材でお目にかかった。著名人やタレントに、自分の夢とどう向き合い、夢をどう叶えたらいいのかを聞いて回るという特集だった。

それから長い年月が経つ中で、撮影用に用意したボールにサインをしていただいたことを、すっかり忘れていた。

そのサインボールを十数年ぶりに眺めたら、「夢は正夢」と書いてあった。


私事だが、数年前に大きな病気をして左膝下を失った。


不思議なことに、それほど大きく落ち込むこともなく、トレーニングをして義足で歩けるようになれば、また娘と散歩もできるし、東京・永田町の長い坂を上って取材にも行けると、気持ちを前向きに切り替えることができた。


退院後、その2つの目標を達成し、改めてサインボールを眺め、気づかされた。夢は夢想ではなく、正夢なのだと。


自分自身、夢や将来のビジョンをしっかり持てているかどうかについては、自信がない。だが、どん底の中で辛うじて前を見ることはできたと思う。というより、前を見るしかなかった。


そんな体験から、この連載の第2回で触れた幸之助さんの「日に新た」やマキャベリの「人間の自由意志の炎」という言葉に強く引かれるようになった。


私は、夢を描くことは「人間の自由意志」の最たるもので、「日に新た」な自分を創り上げていくための挑戦だと思う。


それは、未来への意志であり、この連載の第6回記事で紹介した浜松ホトニクスの企業理念風にいえば、自分自身にとっての「未知未踏領域への挑戦」ということになるかもしれない。


自分自身がこれまで積み重ねてきた経験やノウハウに安住することなく、昨日より今日、今日より明日へと変わり続け、夢を正夢にする生き方ができたら、なんと素晴らしいことだろう。


私は経営者こそ、自分自身が夢を描き、それを実現すること。そして、自分の大切な家族や社員、縁ある人たちが夢を持ち、夢を正夢にすることを、物心ともにサポートすることができる素晴らしい職業ではないかと思う。


「未来を知る者は、その未来を創り出す者自身である」


という、私の尊敬する経営者の1人であるアチーブメント(株)の青木仁志社長の言葉を、最後に引用させていただく。


――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵③に続く



ジャーナリスト 加賀谷 貢樹


 

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