第25回
名将に学ぶ「上司学」⑤職場に元気を取り戻す「6つの心得」
イノベーションズアイ編集局 ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
前回の記事で取り上げた「重職心得箇条」からは、今の組織にも通じる多くの教訓が読み取れる。読者の皆さんの中にも、自分が担当する部署やチームの雰囲気を変えたい、職場をもっと元気にしたいと思っている方がいらっしゃるのではないだろうか。
そこで、今回は「重職心得箇条」から身近な話題を選び、日々の仕事の中で実践できそうな心得(下記①~③)を、現代に合わせて読み解いていきたい。
加えて『名将言行録』や『甲陽軍鑑(こうようぐんかん)』、武家の家訓なども参照し、よりよい職場の雰囲気、よき組織文化を育むために、上司が心がけたいことを3つ(④~⑥)挙げていく。
①支障がなければ、なるべく部下の意見を用いよ
まず「重職心得箇条」の第2条に、こんなことが書かれている。
「大臣の心得であるが、まず部下たちの考えを十分に述べさせ、これを公平に裁決することが、その職務の本文であるのだろう。もし部下の考えによりよいものがあっても、取りたてて害がないことは、部下の提案を用いるほうがよい。部下を引き立て、やってみようという気持ちにさせて働かせることが、(上司の)重要な職務である」(安岡正篤『佐藤一斎「重職心得箇条」を読む』〈致知出版社〉に収録されている「重職心得箇条」の原文より訳出)
部下が何か課題や問題を指摘し、「これはこうしたほうがいいのではないか」と意見を述べたとする。そうした発言に、上司であるあなたはきちんと向き合うことができているだろうか。
残念なことに、職場でよくあることだが、「十年早い」とか「生意気だ」といって部下の発言をさえぎるのは非常にまずい。経験・知識不足ではあっても真剣に課題・問題に向き合おうとする部下の「熱量」は、一気に冷めてしまうだろう。
他の部下たちの心も冷めて、職場は、自由闊達にモノがいえない暗い雰囲気に包まれてしまうかもしれない。
あくまで公平、客観的にみて、部下の意見に妥当性があり、「とりたてて害がない」と判断されるときには、部下の提案を用いるのがよい。それによって、部下のモチベーションが向上すると「重職心得箇条」は教えている。
ただし、部下の考えや意見をそのまま採用するのではない。部下の考えに甘い部分があればそこを指摘し、どの部分をもっと詰めていけば、より現実的な解に近づけるのかを示し、もっと考えさせればよい。その先に部下の成長もある。
②部下の欠点より長所に目をかけよ
さらに「重職心得箇条」の第2条はこう続く。
「また、些細な過失にこだわり、人を受け入れ用いることがなければ、その仕事を任せられる人は1人もいなくなってしまうだろう。手柄をもって過ちを補わせるのがよい」(同上、「重職心得箇条」原文より訳出)
些細な失敗にこだわり、部下を遠ざけるということを繰り返していると、使える人は誰もいなくなってしまうと戒めている。
何が失敗の原因で、失敗を繰り返さないためにはどうしたらいいのかを教え、成功体験に導くことだ。そうやって成功体験を1つひとつ重ねる中で、部下は失敗を克服することができるようになっていく。そうやって「手柄をもって過ちを補」うのだと、この一節は教えているのだろう。
逆に、部下の失敗をやたらにとがめ、欠点をあげつらい、挙げ句の果てには人格否定とも取れるような叱責をすることは、もってのほかである。強い叱責によって部下は思考停止し、「自分は何を誤っていて、今後失敗を繰り返さないために何をすべきか」という思考の道筋が閉ざされる。これでは問題解決にはならない。もっと心の余裕を持った指導を行いたいものだ。
③「忙しい」は上司の禁句
「重職心得箇条」の第八条では、上司が「忙しい」というのは恥ずべきことだと戒めている。
「重職にある者が、仕事が多くて忙しいというのは恥ずべきことだ。たとえ忙しくても忙しいといわないのがよい。かなり手が空き、心に余裕がなければ、大事なことに心が至らないものだ。重職が小さなことに自ら手を出し、部下たちに任せることができないから、部下たちが甘え頼るようになり、重職が仕事を数多く抱えてしまうのだ」(前出、「重職心得箇条」原文より訳出)
上司が目先の仕事や数字に追われ、組織が抱えている課題や問題の解決、部下の成長といった、もっと大事なことに目が行き届かないこともあるだろう。上司自身が多くを抱え込んではならないことはわかっているが、現実として、上司の仕事は増える一方だ。
自分自身の仕事を効率化することはもちろんだが、任せること、権限を委譲することも上司の大事な仕事だと考えよ、ということになるのだろう。
だが割り切れない部分は残る。職場で部下も悩んでいる一方で、上司自身も非常に辛い状況に置かれていることに、留意する必要がある。
④組織文化は上から生じる
「重職心得箇条」第15条に記されている事柄は、上司といっても組織のトップや上層部が対象になる。
たとえば中小企業では、社長の人柄や価値観で会社の社風が決まるといわれることが多い。それは経験則だと思われるかもしれないが、組織心理学の父と呼ばれるエドガー・シャインは『組織文化とリーダーシップ』(清水紀彦・ 浜田幸雄訳、ダイヤモンド社)の中で、3つの企業のケースに触れたあと、「以上の三つの事例は、組織がいかにして創業者の行為を通じて文化を創り始めるかを示している」と述べている。
組織の文化というものは、創業者のビジョンや価値観にもとづく行動を通じて生まれるというわけだ。ということは、中小企業では社長の人柄が組織文化の源になっているという話にも、一定の妥当性はある。
それとも関連する話が、「重職心得箇条」の中にこう書かれている。
「(組織の)習慣やならわしは、上層部から生じてくるものだ。人をことさら疑い、明らかになっていないことを暴き立て、『(あの人は)表向きはこのように申しているが、内心はこうなのだ』とほじくり返す習慣は非常によろしくない。
上層部がこのようなことをしていると、それが必ず部下たちの習慣となり、悪い癖がつく。上の者も下の者も、双方の心に表裏があっては組織をまとめるのは難しい。だから然るべく、こうした煩わしさを一掃し、隠されていたことが表に現れてくるままに公平に取り計らい、その習慣を改めるようにしたいものだ」(前出、「重職心得箇条」原文より訳出)
組織のトップは、自らの価値観やビジョン、そしてそれらにもとづく日々の行動が、文化の源になっていることを自覚し、よき組織文化を作り上げていただきたい。
⑤まず上司自らが身を正すこと
④とも関連することだが、組織文化がトップの価値観やビジョン、行動を通じて生まれるものであるとすれば、よき組織文化を築くには、トップ自らがまず身を正すことが必要だ。
『名将言行録』には、戦国時代にほぼ九州全域を支配した薩摩国島津家16代当主の島津義久について、こんなエピソードが記されている。
「義久は晩年、政治の道に心を尽くした。ある日、弟の義弘が『最近は戦乱も治まり平穏無事で、いつのまにか若者たちの心が緩み出し、作法を守らなくなっております。ですから、厳しく正されるのがよいのではないでしょうか』といった。義久はそれを聞き、『もっともなことだ。われわれもそう思っていた。しかし、目付役がいないのではどうしようもない。誰がよいと思うか』と尋ねた。
すると義弘は『思いつきません。兄上の見立てでお決めになるのがよいでしょう』と答えた。すると義久は『それなら私が目付役になろう。そなたは補佐役と心得てほしい。だが、補佐役の心得をどう考えるか。家中の者たちに恐れられようと思ったら、かえって害をなすものだ。上の者から礼儀を正しくし、部下たちはその慈(いつく)しみの心のありがたさに感じ入り、わが身を恥じるというようにしたいものだ』と話したので、義弘は感涙にむせびながら退出した」(『名将言行録』巻之二十五より訳出)
また、戦国時代に相模国(現在の神奈川県)小田原を中心に勢力を伸ばした後北条氏(ごほうじょうし)の始祖である北条早雲の家訓(北条早雲二十一箇条)にも、こんな一節がある。
「身分の上下を問わず、万民に対して、一言半句でも嘘をついてはならない。ちょっとしたことであっても、ありのままをいうべきだ。嘘をいいつければ癖になってしまうもので、そのうちに(人から)見放されてしまうだろう。(自分のついた嘘が)人に追及されることは、一生の恥と心得るべきである」(吉田豊編訳『武家の家訓』〈徳間書店〉所収の原文より訳出)
部下に対してはもちろん、関わりを持つすべての人に対して嘘をいってはならぬこと。
最近、企業などのさまざまな不祥事が世を騒がせているが、上司はもちろん、上層部がいいわけのために嘘をつく組織は最悪だ。嘘や隠蔽がばれ、社会的な信用を失う組織が跡を絶たない。上に立つ者ほど、自分自身を厳しく律することができるかが、常に問われている。
その意味で、本連載でもたびたび取り上げている人使いの名人・黒田孝高(如水)の言葉は心に響くものがある。
「孝高は、筑前(現在の福岡県北西部)に移ると、太宰府の菅原道真の廟を始め、衰廃(すいはい)していた筥崎(はこざき)志賀の宮を再興し、明神を崇(あが)め敬(うやま)ったが、かつてこういった。『天神の罰より主君の罰を恐れるべきだ。そして、主君の罰より、部下や庶民の罰を恐れるべきだ。そのわけは、神罰は祈れば許してもらえるだろうし、主君の罰は詫びれば許しを受けられるだろう。ただし、部下や庶民に嫌われ遠ざけられるようになったら。祈っても詫びても許してはもらえず、必ず国を失ってしまう。最も恐れるべきだ』と」(『名将言行録』巻之二十九より訳出)
組織の重職にある人や管理職にとって、本当に恐れるべきは自分の上役ではない。自分の身近にいる部下、そして企業ならお客様や消費者、もっと広くいえばステークホルダーなのだと、現代風に読み替えることができるのではないだろうか。
⑥今も昔も変わらず「人は城」
本連載第23回で、武田信玄を中心とする甲州武士の功績や心構えなどを記した『甲陽軍鑑』を取り上げた。同書に、信玄自身が詠んだといわれる有名な和歌が紹介されている。
「人は城、人は石垣、人は堀、情(なさけ)は味方讎(あだ)は敵なり」(『甲陽軍鑑』品第卅九)
人こそ城であり、石垣であり、堀である。情けをかけるべきは味方、憎むべきは敵である、ということだ。
その『甲陽軍鑑』に「信玄公(しんげんこう)御家中(ごかちゅう)城取(しろとり)の極意五ツ」という一節があり、武田信玄の名将ぶりをこう賞賛している。
「信玄公の御一代には、敵を無理に攻めた(結果)、敵に追い打ちをかけられ、味方が討たれるようなことは一度もなかった」、「信玄公の御一代には、甲州四郡中に城郭を構えることなく一重の堀を盾にしていた」、「信玄公御一代の間、敵に屋敷や城1つも攻め取られることはなかった」(いずれも『甲陽軍鑑』品第卅九より訳出)
まさしく人が城となり、石垣となり、堀となるような善政を行ったからこそ、信玄公の御一代には、敵に攻め入れられることがなかったのだといいたいのだろう。
『甲陽軍鑑』を眺めていたら、こんな一節があった。
「『三略』に云く、国を治め家を安んずるは人を得ればなり。国を亡ぼし家を破るは人を失すればなり」(『甲陽軍鑑』「品第二 典厩〈てんきゅう〉九十九箇条の事」第七十八カ条)
これは、中国古代の『三略(さんりゃく)』という兵法書からの引用で、「国が治まり家が安泰なのは、優れた人材を得るからであり、国が亡び家が傾いてしまうのは、優れた人材を失うからである」という意味になる。
そのあとには、こう書かれていた。
「人はみな、自身が目指すことを成し遂げたいと願っているのだ(書き下し文「含気〈がんき〉の類い、咸〈みな〉其の志を得んことを願う」)」
ここで疑問が生じる。なぜ「国が治まり家が安泰なのは、優れた人材を得るからであり、国が亡び家が傾いてしまうのは、優れた人材を失うからである」という言葉のあとに、「人はみな、自身が目指すことを成し遂げたいと願っているのだ」と書かれているのだろう。
しばらく考えて納得がいった。人にはそれぞれ成し遂げたい志や目標、願望というものがある。それが叶えられる組織であれば、優れた人はそこに集まり定着する。したがって組織は安泰だと、『三略』のこの一節は教えているのではないだろうか。
最近、人事や能力開発分野で、組織と個人が共に成長していく関係性を築くことの大切さが指摘されるようになってきた。
「部下1人ひとりが目指すものに目を向けて、寄り添い、活躍の場や成長の場を提供していく。その先に、会社や組織の持続的成長がある」と、『三略』の言葉を現代風に読み替えることはできないだろうか。
ジャーナリスト 加賀谷 貢樹
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