明日を生き抜く知恵の言葉

第3回

市場が厳しいときこそ、「利他の心」で世の中に役立つことをする

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 
今から10年ほど前のことだが、東日本大震災後の超円高時代に、ある中小企業に取材し経営者から聞いた、こんな言葉が忘れられない。

「利益が出ないのは、何らかの意味で自分たちの仕事が役に立っていないからだ。市場が厳しいときほど、今まで以上に世の中の役に立つことをやる」

震災後間もないあの頃は、世の中が暗かった。そんな不況のときに自社の事業を見直し、より世間に役立つ仕事をして生き残っていこうというのだ。不況の時だからこそ、利己ではなく、利他に活路を見出そうという心意気に、私は頭の下がる思いがした。

それから約10年が経ち、コロナ禍が続く中、お客様や社会の問題・課題解決に役立ち、より良い社会づくりに貢献したいという企業の思いに、取材を通じて触れることが少なくない。その志が報われ、縁ある人を幸せにする多くの企業が繁栄することを、切に願うばかりだ。

「自利」と「利他」のバランスの中に豊かな未来が拓ける

これまで数多くの企業を訪れてきた中で「利他」という言葉にたびたび出会った。

「利他の心を大切に」
「利己ではなく、利他に生きなさい」

読者の皆さんも、そんな言葉を耳にしたことがあるのではないだろうか。

ふと思い立ち、「利他」の語源を調べてみたら、中国・唐代初期の学僧・迦才(かさい)が著した『浄土論』という書物に行き当たった。同書にこんな一節があるという。

「菩薩如是修五行門行、自利利他、速成就阿耨多羅三藐三菩提故」

参考のために訓読すると、このようになる。

「菩薩(ぼさつ)は是(か)くの如(ごと)く五行門行(ごぎょうもんぎょう)を修めて自利利他(じりりた)す。速(すみ)やかに阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい〈*〉)を成就(じょうじゅ)し故(ゆえ)なり」
(*)完全な覚りのこと。サンスクリット語が語源

訳文は割愛するが、自分が悟りを開くために修行すること(自利)と、他の人々の救済のために尽くすこと(利他)を両立して初めて、大乗仏教が理想とする悟りの境地に達するというわけだ。自利と利他がセットになっているところが奥深い。


経済においても、自利と利他をワンセットにして考えるべきなのだろう。利他を考えなければ、強者だけが勝ち残る殺伐とした世の中になる。際限のない自利は社会を不幸にする。だがその一方で、自利がなければ富は生まれず、経済成長はない。よって社会の繁栄もない。そのバランスの中に、豊かな社会が見えてくるのだろう。


アダム・スミスは1776年に『国富論』を出版し、近代経済学の父と呼ばれた。1976年にノーベル経済学賞を受賞した経済学者のミルトン・フリードマンは、アダム・スミスの「見えざる手(an invisible hand)」という言葉を引用し、「企業のただ1つの社会的責任は、持てる資源を使って利益を増大させることである」(『Freedom and Capitalism』)と書き、「企業の社会貢献(CSR)」を批判した。


そのアダム・スミスに、『道徳感情論』という、あまり知られていない著書がある。同書をひもとくと、こんな言葉が記されていた。


「いかに利己的であるように見えようと、人間の本性のなかには、他人の運命に関心をもち、他人の幸福をかけがえのないものにするいくつかの推進力(プリンシプル)が含まれている。人間がそれから受け取るものは、それを眺めることによって得られる喜びの他に何もない」(アダム・スミス著 高哲男訳『道徳感情論』、講談社学術文庫)


個人が自己実現や自己利益を追求するだけでなく、他人の幸福に関心を持ち「共感」する能力を活かし、心の中に道徳を確立する。そうすることで、調和に満ちた徳のある社会が実現するとアダム・スミスが説いていることを知り、救われる思いがした。


不景気を停滞と捉えるのか、飛躍のチャンスと捉えるのか

「市場が厳しいときほど、今まで以上に世の中の役に立つことをやる」という言葉を聞いて、もう1つ思い浮かんだのは、「不景気さらによし」という幸之助さんの言葉だ。


「好況のときと違って、不景気のときは経営にしろ、製品にしろ、需要者、また社会から厳しく吟味される。ほんとうにいいものだけが買われるというようになる。だから、それにふさわしい立派な経営をやっている企業にとっては、不景気はむしろ発展のチャンスだともいえる。”好景気よし、不景気さらによし”である」(松下幸之助『実践経営哲学』、PHP研究所)


厳しいご時世だが、不景気を、良い商品やサービス、良い企業が選別され、生き残るチャンスだと捉えられるかどうかが問われているのだろう。


業種業界によって差はあると思うが、自分にとっても、このコロナ禍はさすがに厳しかった。少なからず打撃も受けた。そんな中で、なんとか前を向いて進む力を得ようと「知恵の言葉」を探し求めるようになった。時代はめまぐるしく変わっているが、昔の本をふたたび手に取ってみると、味わい深い言葉が見つかるものだ。


「不況をこわがってはいけない。不況から逃げてはいけない。むしろこれに立ち向かい、社内のゆるみを引き締め、改善すべき点を徹底的に改善していくことが大事だ。不況のときこそ、身にしみて本当の勉強ができるいい機会だということである」(松下幸之助 述/江口克彦 記『松爺論語』、PHP文庫)


偶然とは重なるものである。つい先日、私が尊敬する経営者から「あらゆる生き物は、逆境のときに成長し、順境のときに衰退する」という言葉を聞いたばかりだ。


自分自身、不況を「いい勉強」だと言えるまでの悟りには達していないが、逆境もバネにして、もっと成長したい、前に進もうとする気概だけは失ってはならないと、思いを新たにした。


20数年前、私が記者として独立して2回目の取材で聞いた、「企業経営はオートバイと同じだ。前に進まなければ倒れてしまう」というベンチャー企業経営者の言葉を、つい昨日のことのように思い出している。



ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

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