明日を生き抜く知恵の言葉

第7回

経営者も上司も親も悩む――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵①

イノベーションズアイ編集局  ジャーナリスト 加賀谷 貢樹

 

「モチベーションを向上させる」というのはたやすいが――

アメリカの教育家・著述家のウィリアム・アーサー・ウォード(William Arthur Ward)の著作の中に、こんな言葉があるという。

凡庸な教師はただ話す。良い教師は説明する。優れた教師は自分でやってみせる。偉大な教師は心に火をつける(The mediocre teacher tells. The good teacher explains. The superior teacher demonstrates. The great teacher inspires)

『論語』にもこんな一節がある。

子曰(いわ)く、憤(ふん)せざれば啓(けい)せず。悱((ひ)せざれば発せず。一隅(いちぐう)を挙げて三隅を以て返さざれば、則(すなわ)ち復(ふたた)びせざるなり(私訳:自ら学ぼうとする強い情熱がなければ教えない。いいたくてもいえずに、いらいらするぐらいでなければ、教え導くことはしない。1つのことを教えたら、3つのことを自分で考えて反応を示すぐらいの意欲がなければ、二度と教えない)

古今東西、師というものは、生徒たちや弟子たちの心にどうやって火をつけたらいいのかと、試行錯誤を繰り返してきたのだろう。

これは会社の経営者や上司にとっても、親にとってもおそらく共通の課題だ。

社員に、ただ仕事をこなすだけではなく、自分自身が成長することへの意欲を持って仕事に取り組んでほしい。自ら考え行動できる自律型人材に育ってほしい――。

あるいは、子どもがゲームやマンガ、スマートフォンに夢中になって、漫然と一日を過ごしている。これだと決めたことに打ち込み、もっと成長してもらいたい――。

実際、そんな声をよく耳にする。

とはいえ、自分のやる気を高め、自分の心に火をつけることさえ難しいのに、他人のやる気を高め、心に火をつけることは相当難易度が高い。

そしてまた、人の心を変えるのは難しい。仮に外からの力で心を変えられたとしても、それで自ら考え行動できる社員が育つのだろうか。

また子どもたちが、これからの社会に必要とされる、自己肯定感が高く、他人と協力しながら課題発見・課題解決を、「自分事」としてできる人材に育つだろうか。

これまで取材を通じて、そんな問題意識を抱いてきた。

押して駄目なら引いてみる――面と向かって褒めるのが難しいなら、「陰褒め」が効く

「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば、人は動かじ」という、海軍大将・山本五十六提督の言葉がある。

「そんなことはわかりきっている」、「実際にどう褒めたらいいのか」、「下手に褒めては成長しないのではないか」という声も聞こえてきそうだ。

実際に、面と向かって相手をうまく褒めるのは、叱ること以上に難しいかもしれない。

ならば、本人がいないところで褒めればいいのではないか。

ビジネス雑誌の取材で、関東にある婦人向けバッグメーカーの工場を訪れた際、同社では「陰褒(かげぼ)め」を奨励していると、同社の社長から聞いた。

鞄製造の現場は女性が多く、人間関係がなかなか難しい。人をやる気にさせ、動かすには褒めるのが一番とはいうものの、実際に職場で部下や同僚を、面と向かって褒めるのは難しい。

そこで同社ではワンクッションを置き、周囲の仲間が、良い取り組みや成果を、本人に代わって上司に報告する「陰褒め」を行っているという。

現場には、日報や上司への報告にはすぐに現れない、顧客満足につながるちょっとした取り組みや創意工夫があるものだ。同社ではそれを、仲間たちが率先して拾い上げ、本人が知らない間に上司の耳に入れる。

上司が本人を部署のメンバーの前で褒め、その話を聞いた社長がさらに全社員の前で褒める。同社の社長は「○さんが現場でこういう工夫をしてくれたのも、上司の指導がいいからだ」と、上司のフォローも欠かさないと話していた。

家庭でも、面と向かって子どもを褒めるのが難しいとか気恥ずかしいというなら、「陰簿め」をぜひお勧めしたい。

「お姉ちゃん、ああ見えてこんなに頑張ってるんだよね。あとで褒めておいてあげてね」と、家族にそれとなく話す。それを聞いた家族が、あなたに代わって本人を褒めてあげるようになれば、しめたものだ。

「任せる」こと、「未来を描かせる」こと

相手を叱り、否定することよりむしろ、相手の良いところを探し、褒めて受け入れるところから、いわゆる承認と委譲のマネジメントが始まるのだと思う。

先の山本五十六提督の言葉でいえば、「話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず」ということになる。

同じ「任せる」にしても、各社それぞれの社風を感じさせるエピソードがあるものだ。

前回、旧バンダイの社名のルーツである「萬代不易(ばんだいふえき)」の話をしたが、同社の高須武男社長(当時)は、新入社員からなる「市場開発チーム」を組織し、顧客先の売り場を1年間巡回させているという話をして下さった。

まだ同社の「色」に染まっていない新人に、「バンダイの悪口を聞いてくること」と「なぜ自社の商品が売れないのかを聞いてくること」というミッションを、新入社員に与えているのだという。

良い情報は黙っていても聞こえてくる。だから悪い情報ほど早くキャッチしてもらいたい。新人の時からこういう経験をしておくことが、入社後3年、5年、10年と時間が経ったとき、商品開発や販売に役立つというのだ。


一方、前回「人類未知未踏領域への挑戦」という浜松ホトニクスの企業理念を紹介したが、同社では若手技術者に、光技術の未来を描かせる「次世代プロジェクト」を進めていると晝間(ひるま)明社長に聞いた。


同社の「次世代プロジェクト」では、社内の中央研究所に所属する40歳未満の若手社員の希望者12人が参加。今後10~20年を見据え、自社の技術で将来的にどんなことが可能になるか、これから何をすることが必要かを彼らは検討し、30件以上の次世代プロジェクト案を提出した。


その中から選ばれたのが、「赤外光の応用」と「空間光制御」の2つ。


可視光よりも波長が長く、目に見えない赤外光の応用として、若手が興味を抱いていたのが、これから産業、通信、医療やヘルスケア分野などで広く応用が期待される「中赤外(ちゅうせきがい)光」だった。「分子の赤い糸をほどいて、生命をつむぐ」をキャッチワードに掲げ、中赤外光関連技術の研究開発を進めている。


「空間光制御」では、2026年を目標に三次元空間に「イ」の文字を立体表示させる技術を確立すると、晝間社長から聞いた。


浜松市は光技術の街としても知られ、日本の「テレビの父」として有名な旧制浜松高等工業学校(現・静岡大学工学部)の高柳健次郎博士が、1926年に電子式テレビジョンのブラウン管で「イ」の字を表示させる実験に成功している。同社の「空間光制御」プロジェクトは、このエピソードに基づいている。


浜松の地で、1926年に平面のブラウン管に「イ」の字を表示させることに成功したその100年後に、3次元の立体空間に「イ」の字を表示させるという。


そんな「人類未知未踏領域」の夢の技術に挑戦するプロジェクトが、若手に任せ、未来を描かせることから始まったのである。


――「やる気」を高め、「心に火をつける」マネジメントの知恵②に続く



ジャーナリスト 加賀谷 貢樹


 

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