よどみのうたかた

第21回

過去最大の経常黒字と広がるデジタル赤字

イノベーションズアイ編集局  経済ジャーナリストA

 

昨年の日本の経常収支が過去最大の黒字幅になったのだという。財務省が2月10日に発表した国際収支統計によれば、昨年の日本の経常収支は29兆2615億円の黒字で、比較可能な1985年以降では最大の黒字幅だったという。

経常収支は海外とのモノやサービス、投資の取引状況を示すものだが、このうちの貿易による稼ぎを示す貿易収支は、輸入する原油の価格が上昇したことなどが重荷となって赤字にはなったものの、半導体製造装置や自動車の輸出が増えたこともあって、赤字幅は3兆8990億円と2023年から40%も縮小した

このニュースを聞き、資源や食品などが軒並み値上がる中でも、日本はよくがんばっているのかな、などと思う。実際に、自動車関連や半導体装置関連、その他の輸出産業や総合商社などもそうだが、売上高が増えた会社は多い。

ただ、金額が増えた割に数量は増えていないというところが多いのは気になる。このところ基調としては円安が続いてきた。海外で販売された日本からの輸出品は、現地でその分値引きでもしない限り、円換算すると差益が出る。この換算差益の陰で、引き続き実力は弱体化していたりすると困ったものだからだ。

日本企業は製品やサービスの高付加価値化を進めてきたので、数量が増えないことを必ずしも不安に思う必要はないのだが、識者の中にはこのあたりに着目し、警鐘を鳴らす向きもある。

そういえば、以前もそういうことがあった。
2009年に国が始めた「エコポイントの活用によるグリーン家電普及促進事業」の時だ。前年(2008年)にはリーマン・ショック(世界金融危機)が起き、急激に冷え込んだ経済の活性化が求められていた。そこで行われた施策。地球温暖化防止や地上デジタル放送対応のテレビの普及促進などの目的も加えて実施した経済対策で、省エネルギー性能の高いエアコンや冷蔵庫、地上デジタル放送対応テレビなどの購入者に“エコポイント”を付与し、このポイントでエコ商品などが購入できるというものだった。

この制度は延長されながら2011年まで続いた。国の分析結果によれば、この制度による経済波及効果は約5兆円、延べにして32万人の雇用を創出したという。

これに伴って、リーマン・ショックで苦境下にあった国内の家電メーカーは潤った。しかし、この施策は所詮需要の先食いに過ぎず、2011年度以降には反動減が起きた。と同時に、この反動減以降、日本の家電メーカーは淘汰の時代を迎えていく。

余談だが、その時にこの制度を活用して購入したシャープのデジタルテレビは今も健在だが、製造したシャープは特需が終了した2011年からの4年間で総額1兆円以上の経営赤字を計上。2016年に鴻海精密工業(台湾)の傘下に入った。エコポイント制度で一息ついたように見えただけで実態はそうではなかったのだ。エコポイントの特需に奔走し、構造改革や次代への投資を行うタイミングを逃したのではないか。そんな感じがした。特需や為替変動など、経済環境が激変している時の実態把握は難しい。

それともう一点。今回の経常収支黒字の過去最高でもっと気になるのがデジタル関連の収支だ。

日本銀行のレポートなどをもとにした民間調査などでは、日本の経常収支におけるデジタル部門の赤字が年々拡大している。ある統計では、このデジタル関連収支が2023年は5兆5000億円程度に上ったという。この「デジタル赤字」は、この10年間で2倍以上に膨らんだとも。

まあ、パソコンにせよスマホにせよOS(基本ソフト)は米国など海外企業のものばかり。ゲームは日本企業もそこそこ強いが、SNSだってワープロソフトだって海外企業のものが主流だ。そりゃそうなる。赤字も当然だろう。

今後もデジタル化は進む。利用拡大が見込まれるAI(人工知能)やブロックチェーンだって海外企業が先行している。「デジタル赤字」は今後もますます拡大することが見込まれている。

ただ、これは考えようによっては“デジタル化が進んできた”ということにもなる。今後DX(デジタルトランスフォーメーション)を進めれば進めるほど、デジタル赤字はますます肥大化していくことになるだろう。

とはいえ、この赤字は悩ましい。デジタル化による人手不足対策や生産性向上などはこれからが正念場であり、国内に代替するものが少ないとなれば、無下に手を付けられない。

2023年の訪日外国人観光客による消費(インバウンド需要)は5兆3000億円程度とされており、「デジタル赤字」はすでにこのインバウンド需要と同等の額になっている。重要性を増すデジタルインフラが海外企業に占有されているとなれば、安全保障上の心配もある。中長期的には無視できない課題。これこそ、今からいろいろ考える必要がありそうだ。

 

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