第4回
静岡に新知事誕生もリニア推進には課題山積
イノベーションズアイ編集局 経済ジャーナリストA
リニア中央新幹線の静岡工区着工を認めてこなかった川勝平太氏の辞職に伴う静岡県知事選で鈴木康友氏(前浜松市長、元衆議院議員)が当選、新しい知事に就任することが決まった。鈴木氏はリニア推進を掲げて選挙戦に挑んだ。リニア建設の進展を期待する声が高まっている。しかし、現実はそう簡単な話でもなさそうだ。
辞職した川勝氏も再三にわたって自身がリニア推進派であることを強調してきた。「推進の立場から外れたことは一度もない」としていた。そのわりには次々と無理難題を投げかけた。ただ、いくら知事とはいえ、一存で“事実上の反対”を遂行するのは難しい。ではなぜ、リニア反対ともとれる言動が続いてきたのか。
背景には、多くの県民の意志がありそうに思える。川勝氏は過去4回の知事選のうち、苦戦したのは最初の1回目だけだ。後の3回は終始優勢に選挙戦を進めた。4選をかけた2021年の知事選では、リニア反対は唱えないものの「命の水を守る!」といったフレーズを多用してリニア工事を牽制、圧倒的な強さを見せた。多くの県民が支持したのだ。いわば、このあたりが民意なのかも知れない。
今回の知事選ではリニアへの対応が最大の争点とされた。しかし、選挙戦をリードした鈴木氏、大村慎一氏(元総務省官僚、元静岡県副知事)ともに、リニア推進を表明しつつも“大井川の水問題やトンネル工事の現場となる南アルプスの生態系保全”を前提に掲げた。そればかりか、選挙戦では、そもそもリニア自体が前面に出てくることは少なかった。
選挙期間中に岐阜県内のリニアトンネルの工事現場付近で井戸やため池の水位低下が明るみに出た。さらにJR東海はその現象を把握しておきながら、岐阜県知事への報告が大きく遅れたことが明らかになると、各陣営は推進の態度を保留するかのような姿勢も見せた。
岐阜県で起きた水問題と大井川の水問題は明らかに違うとみられる。それでも、選挙ではそうした反応が必要だった。なにしろ、多くの県民は漠然と水の危機を感じ、リニア工事を快く思ってはいないのだ。地元マスコミが実施する県民アンケートでは、常にリニア不要という声が半数を超える。知事選でリニアの是非が争点だとしても、高らかに推進を打ち出しにくい環境だったといえそうだ。
リニアのルートは静岡県内も含まれるが、南アルプスの地下をかすめるようにトンネルで通過するのみで、駅ができるわけでもない。リニアができた暁には静岡県内に停まる東海道新幹線の便数を増やす、というアナウンスはあるが、東京―大阪間が開通したら…という未来の話であり、実感はわかないだろう。
ただ、川勝氏がJR東海と激しい論争を続ける中で、幸いにしてリニア工事に関係する問題や課題は出尽くした感もある。新知事が新たな“障害物”を持ち出してリニア建設に立ちはだかる余地はほぼないとみられる。
とはいうものの、即座に工事が進むというものでもない。
JR東海は工事に最低10年はかかるとの見通しを示すが、さてどうだろう。
南アルプスの地下を通るトンネルは、延長25キロ(静岡県内はこのうちの10.7キロ)、土被りは最大1400メートルに及ぶ。長さはともかく、地質や土被りの高さからも未曾有の難工事が予想される。未体験レベルの工事だけに、工期にはどれぐらいの事態が想定されているのか興味深い。いわゆる“想定外”の数だけ工期は伸びることになるらからだ。
ちなみに、これは工事が始まってからの話だ。現時点ではまだ未着工であり、調査や確認が進められている。静岡県は川勝氏の時代に47項目の懸念をまとめ、JR東海に提示。その課題解決策を模索している最中だ。まずは、これらを粛々と進めることになる。
JR東海は、リニアの品川(東京)―名古屋間の開通を2027年としてきた。これが最低10年遅れるとしても2037年。これに、工事前の課題解決の時間などが加わる。
リニアプロジェクトは、財政投融資が投入されたとはいえJR東海による民間の投資事業だ。コロナ禍によってリモートワークが定着するなど働き方も大きく変化する中で、工期の長期化は同社の事業計画や経営計画にも大きな影響を及ぼすことになる。
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