「上級マネジャーの役割について、ざっと復習させていただいて、とても勉強になりました。やっぱり、最初に頭を整理しておくのが良いですね。」
「そうだな。俺も、そういう勉強の仕方が好きなんだ。」
「そういえば、マネジメントの話とは少しそれますが、三上部長は『勉強は、目次に始まり、目次に終わる』と言っておられましたね。」
「よくもまあ、そんなに古い話を思い出したな。」
「それはもう、私の愚痴を聞いてもらおうと誘ったら、大学院の勉強が大変だという三上取締役の愚痴を聞かされた訳ですからね。覚えてもいます。」
「俺は勉強の愚痴なんか、言った覚えはないぞ。」
「だったら、そういうことにしておきます。とにかく『勉強は目次に始まり、目次に終わる』という言葉、覚えています。」
「そうなんだ。目次を使って自分が何を勉強するのか全体像を知った上で勉強を始め、次に深掘りの勉強をする。その後に目次を使って整理し直し、記憶に留めていく。」
「そういうことだったんですね。」
「これから深掘りの学びを始めることにしよう。」
戦略創造機能
「上級マネジャーの役割のトップとして、戦略に関わる『戦略創造・ブレークダウン』が挙げられていました」
「まず、戦略創造について考えてみよう。」
「企業の方針等に関わる決定を行うことですね。」
「そうだな。これらは多くの場合、経営理念や基本的方針、経営戦略を決めるという形で行われる。」
「経営戦略といっても『基本戦略』のことだと、口を酸っぱくしていっておられましたね。」
「そうだな。」
「それはどうしてですか?」
「上級マネジャーであるにもかかわらず、基本戦略を考えられず、ディテールの戦略しか考えられないマネジャーが多いからだよ。」
「よく意味がわかりません。」
経営戦略のレベル
「以前に、我が社の品質戦略がうまく進んだかどうかについて、考えたな。」
「品質の向上を目指したけれど、最初はうまくいかなかった。でも品質保証部を置いたら、うまくいったという話ですね。」
「そうだ。それって、経営戦略としてはどれくらいのレベルだと思う?」
「だからレベルだと言われても、分からないのです。最高レベルですか?」
「やっぱり、そう思うか?」
「そういう言い方って、要は間違っていると言いたいんでしょう?」
より上位の目標を考えていく
「では、考えてもらおう。何故、品質保証部を置いたのだ?」
「品質を改善するためです。」
「何のために、品質を改善するんだ?」
「お客様に喜んでもらえるようにです。」
「どうして、お客様に喜んでいただくために品質を改善するんだ?」
「だって、お客様にとっては、品質は高ければ高いほど、良いのではないですか?」
「そうかな。品質はほどほどで良いから安価な製品が欲しいと考えるお客様もいると思うぞ。」
「うーん、それは確かに、です。」
「そういう中、我が社では同じ価格なら品質を求めるお客様の要望に応えることを選んだ。そう言えないか。」
「確かにそうです。」
「ここで考えてみよう。『品質保証部を設置すること』と、『我が社では同じ価格なら品質を求めるお客様の要望に応えることを選ぶこと』。どちらのレベルの方が高い?」
「取締役がこんな風に言われるということが、『我が社では同じ価格なら品質を求めるお客様の要望に応えることを選ぶこと』の方がレベルが高いということなのですね。」
「少し角が立った表現のような気がするが、気にしないようにしよう。そうだ。『品質保証部を設置すること』と、『我が社では同じ価格なら品質を求めるお客様の要望に応えることを選ぶこと』を比較すると、後者の方がレベルの高い戦略と言える。」
「これが最高レベルの経営戦略なのですか?」
「どの命題が最高レベルかは、企業によって異なると思う。我が社では、これが最高レベルの戦略と言えるだろう。しかし、世界的なコングロマリット企業にとっては、もっと違う戦略が上位に位置するだろうな。」
「自分の会社にあったレベルの戦略を考えなければならないということなのですね。」
「そうだ。それにプラスして、企業トップには必要な高さのレベルをもった戦略を考えてもらいたいところだ。」
「というと?」
「『昨年は品質保証部を設けたので、今年は何部を設けるか』というような議論は、止めてほしいな。それよりも『自分たちが狙いを定めたターゲット顧客に、どのようにしたらアプローチできるか』を考えてほしいところだ。」
「久々に取締役の上層部批判爆弾が、炸裂しましたね。」
「いやいや、俺はそういうつもりで言った訳ではないぞ。」
最高レベルの基本戦略はトップの仕事
「こう考えてみると、今日のお話、ちょっと脱線したのですね。」
「そう言われたらそうだな。」
「上級マネジャーのマネジメントを考えようとしていたのに、トップの役割についてのご説明を頂きました。」
「よく気がついたな。『品質を求めるお客様の要望に応えていく』という最高レベルの基本戦略を定めることは上級マネジャーの役割ではない。企業トップ、言い換えれば経営陣が決めるべきことだ。」
基本戦略の策定は、お気楽か?
「でも、こうやってみると、経営陣の仕事って、お気楽ですね。『品質を求めるお客様の要望に応えていく』という一言を決めれば良いだけなのですから。」
「本当にそう思っているのなら、中川部長は企業のトップには向いていないな。」
「これはまた、手厳しいですね。」
「だってそうじゃないか。我が社は主に水道用品を製造販売している。我が社は品質で勝負すると決めたが、競合先はどうだ?」
「価格で勝負しようとする競合もいれば、建設業者などとのパイプを太くしていく方法で存在意義を高めようとしている競合もあります。」
「その中で、我が社が品質を標榜する理由は?それが簡単だからか?それで、一番簡単に成果が出ると思われるからか?」
「そうではありません。品質は品質で、とても大変な取り組みです。一方で、そうすれば必ず顧客から支持されるとは限りません。リスクを伴う経営判断です。」
「そうだよな。だから品質を第一にしたとしても、価格を度外視すれば良いというものではない。販路を無視しても良いというものではない。」
「そうやって考えてみると、当社はなぜ、自らの存在意義として『品質』を標榜することにしたんだろう。」
「総合的な判断があったのでしょうね。」
「それはつまり・・・。」
「いろいろリサーチして、当社の強みや弱み、市場の動向などを検討し、ありとあらゆる可能性を考えながら決めたのではないでしょうか?」
「そうだよな。俺もそう思う。」
基本戦略を決めた後のフォロー
「そしてもう一つ、考えてもらおう。企業トップが基本戦略を定めたとする。それでトップの仕事は終わりなのか?」
「そうではないのですか?」
「その戦略で一定期間、例えば一年間頑張ったが成果が思わしくなかったとする。この場合、どうする?」
「品質という基本戦略を捨てては、ダメなのですよね。」
「ダメだな。例えば、品質を捨ててどうするんだ?」
「価格で行きます。」
「それでも思わしい成果が得られなかったら?」
「さて、どうしましょう?」
「そんなことをしていたら、我が社の存立基盤、お客様に選んでもらう理由そのものがなくなってしまう。」
「我が社の存在理由を品質と決めたら、それで行った方が良いということですね。」
「しかし、微調整は常にしなくてはならないだろう。例えば価格で押されている時などにな。」
「品質を打ち出しながら値ごろ感のある『戦略価格』を提示するのですね。」
「品質を打ち出しながら販路開拓もする必要があるだろう。」
「おっしゃる通りです。一方で、品質が思わしくなかったら『品質保証部を設置する』という判断も、下さなければなりません。」
「そうなんだ。そして今、挙げたこと、それはつまり、基本戦略より下のレベルの戦略について、上級マネジャーと摺り合わせていくことだとも言える。」
「なるほど。」
「このように企業トップは、基本戦略を定めた後についてもフォローしなければならない。」
「現場展開にも責任を持つということですね。そしてここで、上級マネジャーとの接点ができるのですね。」
「そういうことだ。」