マネジメントを再考してみる 後編<上級マネジメント>

第15回

現場の基本方針を立てる

StrateCutions (ストラテキューションズ)グループ  落藤 伸夫

 
「経営戦略に関連しての上級マネジャーの役割、これまでお聞きしていたのは経営陣への情報提供やサポートでしたね。上級マネジャーの固有の仕事って、ないのですか。」

「いやいや、もちろんあるぞ。」

「まだ、そこには到達しないのですか?」

「いや、丁度今回、その場面に入っていこうと思っていたところだ。」

「待ってました!」


現場の基本方針

「上級マネジャーは、経営陣から『具体戦略』を受けて、『現場の基本方針』を立てることになる。」

「なるほど。これは、どういうものなのでしょうか?」

「経営陣が出した『具体戦略』の中身を決めることだと言って良いだろう。」

「言葉通りの、ひどく抽象的なご説明ですね。もう少しわかるようにお願いします。」

「では、いつもの我が社の例で説明しよう。『品質でもってお客さまに支持される企業になる』という基本戦略を決め、『品質管理部を設置する』という具体戦略を定めた。次に何をした?」

「次は品質管理部が舞台となりましたね。品質管理部として社内現場部門をどのように品質面でリードしていくのか、方針が決められました。」

「そうだ。どんなふうに?」

「品質目標や目標値、そして、それを実現するためのプロセスなどを定められました。」

「そうなんだ。それが品質方針書や、品質目標、品質マニュアルなどの形で結実した訳だな。」

「なるほど。当社の品質戦略では、品質方針書や品質目標、品質マニュアルなどが『現場の基本方針』だった訳ですね。」


現場の基本方針のバリエーション

「そうだ。『現場の基本方針』にはいろいろな形態があるだろう。今回のように品質方針書や品質目標、品質マニュアルなどの形をとることもあれば、例えば営業部門などだったら部門戦略のような形で定められるかもしれない。」

「人事部門だったら、人事評価制度における評価方針や、新入生募集における『期待する人材像』だったりするのでしょうか?」

「そんな捉え方で良いと思う。」

「現れ方はいろいろあるけれど、とにかく、経営陣が定めた『具体戦略』を、我が部門でどのように実現していくかの方針・方向性を示していくということなのですね。」

「そういうことだ。」


経営陣と現場の中継点:現場の基本方針

「ご説明頂いたことで『現場の基本方針』について、おぼろげながらわかってきたような気がします。ただ、しっかりとした理解とするためには、別のアプローチからご説明を頂いた方が良いのではないかという気持ちになってきました。」

「別のアプローチとは?」

「『現場の基本方針』とは、その言葉通りなのだろうと思います。一方で、それがなぜ、存在しているのかをお聞きしたいのです。経営陣が作成した『具体戦略』を受けて、現場が『現場計画』を作成する。それで良いのではないかと思いますが、わざわざ『現場の基本方針』を立てる訳ですよね。その理由をお聞きしたいのです。」

「ふうむ。これは素晴らしい指摘だな。中川部長の言う通りだよ。戦略のブレークダウンとして、多くが『具体戦略』の次に『現場計画』を置いていると思う。」

「そうでしょう。なのになぜ、『現場の基本方針』が必要だと思われるのですか?」

「すごく良い質問だ。実はこの問題は、なぜ上級マネジャーを置くかの問題に関わっている。」

「なぜ上級マネジャーを置くかですって?つまり上級マネジャーの存在意義に関わるということですか?」

「まさに、そうだよ。」

「こちらはさっぱり、意味が分かりません。」


上級マネジャーの存在意義

「そもそも論で考えてもらおう。上級マネジャーは、なぜ、必要なのだろう?」

「えーっ、それは。」

「経営陣と現場がいれば組織が回っていくならば、それで良いではないか。現場を統括する現場マネジャーがおり、それが経営陣と現場を繋いでいれば十分なのではないか?」

「そう言われてみたらそうですね。但し、今のお言葉がヒントだと思います。会社の黎明期には、あまり階層化されていません。10人程度の会社なら、社長と従業員という2分法でしょう。でも、従業員がもっと増えてくると、社長が直接に従業員と渡り合うという訳にはいきません。課長、すなわち現場マネジャーが必要になります。」

「そしてもっと人数が増えると、社長が全ての課長と渡り合えないので、その間の上級マネジャーを置くという訳だな。」

「そうじゃないかと思ったのです。」

「その考え方で上級マネジャーの存在意義を半分指摘できたことになるが、半分は説明できていないと思う。」

「どういう意味ですか?」

「ここに従業員が1000人の企業があったとする。上級マネジャーは必要か?」

「必要なのではないでしょうか?」

「そこがタクシー会社で、従業員のほとんどがタクシーの運転手でもか?」

「その場合は、必要ないかもしれませんね。」

「しかし、同じ1000人の会社でも、タクシーの運転手は400人、バスの運転手が100人だったとしよう。他にも旅行業窓口に従事している者が200人、ホテル業務に300人従事していたとする。上級マネジャーは必要か?」

「まさに、必要だと思いますね。」

「こう考えると、上級マネジャーが必要なのはなぜだと思う?」

「従業員がタクシー運転手だけだと、つまりタクシー事業だけだと、その事業で必要となる意思決定を社長が行うことが可能だと思うのです。」

「そうだな。しかしバス事業や旅行事業、ホテル事業などを行なっていると?」

「無理でしょうね。だから、意思決定の一部を誰かに任せる必要があります。専門的業務範囲の意思決定は上級マネジャーに任せ、自分はもっと上位の意思決定、例えば会社全体の方向性や、部門における投資でも会社全体に影響を及ぼしかねない大きな投資などについて、意思決定します。」

「その、専門的業務範囲の意思決定を行うのが上級マネジャーという訳だな。」

「そうです。」

「その考え方で、概ね正しいと思うよ。私はそれに、他との調整も加えることにしている。」

「他との調整ですか?」

「例えばホテル事業が秋の行楽シーズンにキャンペーンを打ちたいと考えたとする。それなのにバス事業が臨時便を出さなかったらどうなる?」

「当てが外れますね。せっかくのキャンペーンが台無しです。となれば、旅行事業にも協力してもらいたいところですね。」

「そうなんだ。そういう連携は、自然に生まれるわけではない。」

「当事者同士の調整が必要なわけですね。」

「そうなんだ。そういう『調整が必要な節目』に上級マネジャーが存在する。私はそう、理解している。」

「納得です。」


現場の基本方針:現場方針の宣言

「今のご説明で、現場の基本方針がずいぶんと見えてきました。」

「うん。」

「現場の基本方針は、まず、具体戦略をもとに『我が部門は、それを「このようにして」実現しようとしている』という解釈を明示するという位置付けがあるのですね。」

「そうなんだ。我が社で言えば、品質を訴求すると決定して、品質管理部も置いた。その品質管理部が『寸法の正確性、メッキの厚さ及びムラを重要項目とする』、『不良品排除のためマニュアルを整備して順守を記録すること。検査は抜き打ちで行う』と宣言することが、基本方針となった訳だ。」

「いろいろな規則や書類などが定められましたが、それが骨子だった訳ですね。」


現場の基本方針:関係者との調整の結果

「そして、現場の基本方針は、関係者と調整した結果という意味合いもあるそうです。」

「うん。」

「確かに我が社の場合も、品質管理部は当該方針を提示する前に、現場と徹底的に調整したそうですね。」

「そうなんだ。先ほど品質の重要目標として『寸法の正確性、メッキの厚さ及びムラ』を挙げたが、これを決めるのに、結構ハードな交渉があったと言うな。」

「私も、そう聞きました。メッキの厚さは破壊検査しなければ分かりません。現場としては、破壊検査は避けたいところです。」

「しかし耐久性を測る指標として、メッキの厚さに代わるものが見当たらない。」

「そういう訳で、『普段は手順通りの作業を確認することとして、合意した頻度で破壊検査をする』と結論付けた訳ですね。」

「そういうことだ。」


現場の基本方針:経営陣との調整の結果

「付け加えると、経営陣とも調整したぞ。」

「なるほど。この場合に品質管理部は、『品質訴求が実際には何を意味するのか、どうやって実現することを目指すのか』についての理解について、経営陣と現場の間に立って、品質管理部としての案を提示して、経営陣と擦り合わせていったのですね。」

「品質目標の案を作って、お伺いをたてる。品質方針書の案も作って、お伺いをたてる。根気のいる作業だったと思います。」

「そうだろうな。しかし、それを丹念にやることで、経営陣と上級マネジャーの考え方の軸が一致してくる。」

「まさにそうですね。そうやって、上級マネジャーを介して、経営陣と現場が繋げられた訳ですね。」

 

プロフィール

StrateCutions
代表 落藤 伸夫

昨年まで、現場マネジャーが行うマネジメントについて、世界標準のマネジメント理論である「MCS(マネジメント・コントロール・システム)論」をベースに考えてきました。日本では「マネジメント」について省みることがほとんどないようですが、世界では「マネジメントとはこういうものだ」という姿がきちんと描かれていて、それを学ぶように促されています。日本のホワイトカラーの生産性が低迷している原因は、もしかしたら、このあたりにあるのかもしれません。

昨年度は約1年かけて、現場マネジャーのマネジメントについて考えてきました。現場マネジャーは、現場で働く人たちが高いパフォーマンスをあげられるよう促すマネジメントを行なっています。一方で現場マネジャーも、マネジメントを受けます。現場マネジャーが行うマネジメントが現場の力をあますところなく引き出しているか、企業として目指す方針や戦略を実現できるよう導いているかという観点でのマネジメントを必要としているのです。

今年度は、連続コラム「マネジメントを再考してみる」の後編として、上級マネジメント(上級マネジャーの行うマネジメント)についてMCS論をベースに考えます。上級マネジャーがどんな役割を担っているか、それをどのように果たしていくかについて、体系的にご説明します。 企業パフォーマンスを向上させる世界標準のマネジメントに関する解説は、日本初の試みです。是非、お楽しみください。


Webサイト:StrateCutions

マネジメントを再考してみる 後編<上級マネジメント>

同じカテゴリのコラム

おすすめコンテンツ

商品・サービスのビジネスデータベース

bizDB

あなたのビジネスを「円滑にする・強化する・飛躍させる」商品・サービスが見つかるコンテンツ

新聞社が教える

プレスリリースの書き方

記者はどのような視点でプレスリリースに目を通し、新聞に掲載するまでに至るのでしょうか? 新聞社の目線で、プレスリリースの書き方をお教えします。

広報機能を強化しませんか?

広報(Public Relations)とは?

広報は、企業と社会の良好な関係を築くための継続的なコミュニケーション活動です。広報の役割や位置づけ、広報部門の設置から強化まで、幅広く解説します。