インターネット上にある写真を参照して描いたら著作権侵害なの?
インターネットで見つけ出した写真を参照してイラストを作成し、そのイラストを同人誌に掲載して販売した場合に著作権侵害に当たるか否かを争った事件(東京地判平成30年3月29日(平成29年(ワ)第672号)、以下本事件という。)があります。本事件を基に、写真を参照して描くことは著作権侵害に当たるか否かを考察していきます。
本事件の概要
判決文からすると、本事件の概要は以下のとおりです。
A(法人)は、「コーヒーを飲む男性」という題名の下記写真素材(以下、本件写真という)を含む写真素材集CDを販売していた。
B(個人)は、同人誌イベントに出品する小説同人誌の裏表紙を作成した際に、インターネットで検索して出てきた前記「コーヒーを飲む男性」の画像のサンプル画像を参照して下記イラスト(以下、本件イラストという)を描いた(下段のコマに描かれた左側の男性が持つ雑誌の裏表紙参照)。当該イベントにおいて同人誌を50冊販売した。
Bは、第三者から指摘されて、上記行為は著作権侵害になるのではないかと思い、Aに謝罪メールを送信し、使用料を支払う意思があることを申し出た。しかし、Aが高額な使用料を要求してきたため、Bはこの要求に応じなかった。そのため、AはBを著作権(複製権・翻案権等)侵害で訴えた。
本件写真の表現上の本質的特徴
著作権法は創作的な表現を保護する法律です。写真は、被写体の選択・組合せ・配置、構図・カメラアングルの設定、シャッターチャンスの捕捉、被写体と光線との関係(順光、逆光、斜光等)、陰影の付け方、色彩の配合、部分の強調・省略、背景等の諸要素を総合してなる一つの表現であり、そこに撮影者等の個性が何らかの形で表れていれば創作性が認められ、著作物として保護されます。
(詳しくは、他人が撮った写真の構図を真似して撮影しても良いのか?実例から見る被写体別の判断基準【写真家・カメラマン向け】参照)
裁判所は本件写真の表現上の本質的特徴として、主に以下の①~④を認定した。
右手にコーヒーカップを持ち、やや左にうつむきながらコーヒーカップを口元付近に保持している男性を被写体とした点(①被写体の配置や構図)、
被写体に左前面上方から光を当てつつ焦点を合わせた点(②被写体と光線の関係)、
背景の一部に柱や植物を取り入れながら全体として白っぽくぼかすことで、赤色基調のシャツを着た被写体人物が自然と強調されたカラー写真とした点(➂色彩の配合および④被写体と背景のコントラスト)。
本件イラストとの相違点
これに対し、本件イラストは、本件写真とは以下の相違点があると認定した。
②被写体と光線の関係は表現されておらず、かえって、本件写真にはない薄い白い線(雑誌を開いた際の歪みによって表紙に生じる反射光を表現したもの)が人物の顔面中央部を縦断して加入されている、
③色彩の配合は白黒であることから表現されていない、
④被写体と背景のコントラストは背景が無地の白ないし灰色となっており表現されていない、
⑤頭髪も全体が黒く塗られ、本件写真における被写体の頭髪の流れやそこへの光の当たり具合は再現されておらず、また上記薄い白い線により、鼻や口が隠れて被写体の鼻や口は再現されておらず、さらに、被写体のシャツの柄も異なっている。
本事件の結論
本件イラストは,本件写真の総合的表現全体における表現上の本質的特徴の②~④を備えておらず、よって、本件イラストは、本件写真の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえず、著作権(複製権・翻案権)を侵害しないと判断しました。
写真を参照して描くことについての考察
写真は、被写体の構図だけでなく、陰影、濃淡、背景などの諸要素を総合してなる一つの表現であり、これらの一部が似ているからといって必ずしも著作権侵害にはなりません。写真は光の取入れ具合により表現が異なり、同じ被写体・構図でも、晴天の昼時の撮影と夕暮れ時の撮影では印象が異なり表現上相違することは想像できます。
本事件では、「コーヒーを飲む男性」の写真の構図を参照しても、写真の陰影、濃淡などまでは詳細に再現しておらず、写真の表現上の本質的な特徴を直接感得させるものとはいえないため、著作権侵害にはならなかったと考えられます。
このような点からすると、例えば、渋谷の街並みの写真があった場合に、これを参照して描いたとしても光の陰影や濃淡、背景の取捨などまで細かく再現しなければ、著作権侵害には該当しないと思われます。そうでないと、誰も渋谷の街並みの風景が描けなくなってしまいます。
有名なデザイナーがインターネット上の写真を参照してイラストを描き、著作権侵害では?と騒がれることがありますが、写真を参照したからといって一概に著作権侵害であるとはいえません。
著作権法は表現を保護する法律ですので、その点を心掛けておけば、著作権侵害をせずに安心して参照できるのではないかと思います。
令和5年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 栗原 弘
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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