トレーニング・エクササイズの著作権
はじめに
運動能力向上や健康増進のためのトレーニングやエクササイズの方法には様々なものがあり、また、日々、新しく画期的なトレーニングやエクササイズが考え出されています。
独自に考え出したトレーニング等の中には、なるべくその効果を大きくするために非常に緻密な工夫を凝らしたものや、豊富な知識と経験がなければ考え出すことが難しいものも多くあります。
プロのトレーナーにとっては、独自に考えたトレーニング等は、まさに「知的財産」(目に見えないけれど財産的な価値を持つもの)といえます。
筆者は、あるトレーニングを推奨する団体の顧問をしていますが、その団体にとっても独自のトレーニング等は、最大の財産と考えており、適切に保護し、活用することに大きな力を注いでいます。
しかし、トレーニング等は特許法上の発明(自然法則を利用した技術的思想)に該当しづらいですし、著作権法の中でも著作物として例示されていないこともあり、その保護にはかなりの工夫を要する、というのが私の経験則です。
ここでは、そんなトレーニング等に関する「知的財産」の中でも、特に「著作権」について説明していきます。
1 他人が考えたトレーニングやエクササイズを真似することは著作権侵害か?
(1)トレーニング等の”体の動き”自体が著作物となり得るかは不明
トレーニング等を考え出した人にとって、最も重要なのは、「体の動き」と考えられます。
もし、この「体の動き」自体が著作物として認められるならば、例えば、他のトレーナーが考え出したトレーニング等をそのまま真似して、別のトレーナーがビジネス利用するようなことは、著作権侵害に該当するので認められません。
しかし、現状、このような「体の動き」自体が著作物といえるかどうかは、著作権法に明記されておらず、判例にもはっきり結論づけたものはありませんので、「不明」と言わざるを得ない、というのが結論です。
ここで「不明」と言いましたが、最高裁の判例で明確な結論が出ていない以上、「著作物となる可能性もあるし、ならない可能性もある」と、両方の場合を想定して行動するのが賢明だと私は考えています。
なぜならば、今後の判例次第でどちらの結論になる場合もあり得るわけですから、どちらかであると決めつけて行動するのは危険だからです。
(2)トレーニング等が著作物として保護されるには、少なくとも、ある程度の”独創性”が必要か
次に、仮に、トレーニング等の”体の動き”自体が著作物として保護される場合があるならば、それはどんな場合でしょうか?
著作権法を見てみると、”体の動き”自体が著作物となり得るケースとして、「舞踊又は無言劇の著作物」(著作権法第 10 条 1 項 3 号)が存在しますので、これを参考にして推察してみましょう。
この「舞踊又は無言劇の著作物」に関する判例で、『「Shall weダンス?」事件』(東京地裁平成 24 年 2 月28 日判決最高裁判所)というものがあるのですが、私は、これはトレーニング等にも応用できるかもしれないと考えています。
この判例は、「ある社交ダンスの振り付けが著作物に該当するかどうか」を判断したものです。その中で裁判所は、「社交ダンスの振り付けが著作物に該当するというためには、それが単なる既存のステップの組合せにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要である」と判示しています。
つまり、著作権法に例示されている通り「舞踊」(ダンス)というものは著作物となり得るわけですが、どんな舞踊でも良いわけではなく、ある程度の独創性が必要であると結論づけたのです。
このことから推察すると、もし、トレーニング等の体の動きが著作物となり得るとしても、ある程度の独創性を備えたものでなくてはならないと考えられます。
仮に上記の社交ダンスに関する判例をそのまま当てはめるとすれば、「既存のトレーニングにみられる動きの組み合わせにとどまらない顕著な特徴を有するといった独創性を備えることが必要」と言えるでしょうか。
以上を考慮すると、少なからず独創性のあるトレーニング等を利用する場合は、著作物として認められる可能性があるかもしれないと考えて行動するのが賢明かもしれません。
(3)もちろん、トレーニングを解説した文章や映像のコピーはダメ
さて、ここまで、トレーニング等の”体の動き”そのものが著作権で保護されるかについて説明してきましたが、ここで混同してはならないのは、トレーニングを解説した文章や映像は、当然著作物として保護されるという点です。
したがって、こういった文章や映像をそのままコピーして掲載する場合などは著作権侵害となりますので、注意しましょう。
2 トレーニングやエクササイズを保護するためにできること
さて、上記において、トレーニング等は、「著作物となる可能性もあるし、ならない可能性もある」と、両方の場合を想定して行動するのが賢明」と説明しました。
それでは、具体的に、自分の考え出したトレーニング等を適切に保護したり、あるいは他人が考え出したトレーニング等に関して法的なトラブルを防止したりするには、どのように対策すると良いのでしょうか。
(1)他人が独自に考えたトレーニング等を商用利用するときは、念の為許諾を得る
特に、少なからず独創的だと感じられるトレーニング等を利用するときは、念の為、許諾を得ることが賢明です。
もし勝手に利用した場合、それが裁判所が最終的に適法であると判断するか違法であると判断するかにかかわらず、その他人が違法であると考えたならば、訴訟を提起されるなどのトラブルになる可能性は十分あるためです。
(2)しっかり契約書を交わす
例えば、自分が考え出したトレーニング方法を他のトレーナーに教えるような場合があるかと思います。そういうときは、しっかり契約書を交わし、教わったトレーニング方法をどのような目的で使用するのは良くて、どのような目的で使用するのは禁止するのかなどを、しっかりと定めましょう。
これは、契約、つまり個人間での約束ごとですので、著作権など法律上の権利が存在しないとしても、有効な方法です。
(3)念の為、著作権が存在する場合を想定した契約書を作成する
契約書を作成するときに、「もしトレーニング等に関して何らかの著作権が認められるとするならば」と仮定のもと条項を設けることは、なんら損になりませんので積極的に実践したいところです。
例えば、契約書の中で、「今回のプロジェクトの中で私が独自にトレーニング等を考え出した場合、そのトレーニング等に関する知的財産権(特許を受ける権利、著作権を含みますがこれに限定されません)は、私に帰属します」といった条項を入れておくことが考えられます。
(4)オリジナルのトレーニング、エクササイズであることを明記する
実社会では、違法か適法かわからない行為はしない、という方々がほとんどです。
したがって、そのトレーニング等に著作権が認められるかどうか不明であっても、「このトレーニングは私が独自に考えたものです」ということを明記することで、ある程度知識がある人は、自主的に商用利用することは控えてくれることが期待されます。
(5)初公開日を記録しておく
もし、あなたが独自に考え出したトレーニングについて、他人から、「それは、私のトレーニングを真似したもので、著作権侵害ではないか」と言われた場合、どう対応すれば良いでしょうか。
この時、もちろん「そんな独創性もないトレーニングに著作権が認められるとは考えられない」とか、「あなたのことなんて知らないし、真似なんかしていません」と反論することは考えられます。
しかし、最も確実で手っ取り早い反論方法は、「私の方が先に考えていました」ということを証明することです。
そのための一つの方法として、「初公開日を記録しておく」という方法があります。例えば、そのトレーニング等の映像を初めて公開した日付などがこれに当たります。
また、より確実を期するならば、公証役場で確定日付をもらったり、文化庁に著作権登録する方法も有効です。
まとめ
トレーニングやエクササイズを保護する方法を、著作権を中心に説明しました。
まだまだ判例なども少ない分野であり、結論が不明な点も多いですが、それでも、取り得る対策は結構多いことが、ご理解いただけたのではないかと思います。
特に、こういった典型的ではない知的財産を保護するには、法律上の権利だけに頼らず、契約もしっかり結ぶことが重要となってきます。不安な方は、一度、専門家に相談することをお勧めします。
令和3年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 井上 暁彦
※ この記事は執筆時の法令等に則って書かれています。
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