大手スポーツ用品メーカーが一般国民のための“東京オリンピック”を開催!
大手スポーツ用品メーカー「イノベーションスポーツ」は、世界のスター選手とのスポンサー契約を積極的に推進し、ここ数年、急激に業績を伸ばしてきました。中でも、サッカー界のスーパースターであるアッシと契約し、そのテレビCMが世界に放送された昨年は、創業以来最大の売上高を記録し、会社の雰囲気も最高潮に達しています。こうした広告戦略を成功させた営業企画部のA部長ですが、早くも次なる一手に頭を悩ませ、部下のB課長に話し掛けました。
A部長 「いやぁ、上層部は勝手なもんでね~。仕事が成功して褒められるかと思ったら、もう次はどうする?次はどうする?って言ってくるんだよ。」
B課長 「A部長、それも期待の表れですよ。次期役員も間違いないんじゃないですか?」
A部長 「ははは。そうだといいんだがね。それにしても、何か良いアイデアはないかね。。。」
B課長 「やはりスポーツ用品業界にとっての最大の関心事は東京オリンピックですからね・・・。そうだ!一般国民のためのオリンピックという位置づけで、我社主催の大運動会を開催したらどうですか?大勢の参加者が全国で派手に予選をやって、東京で行う決勝のメダリストには高額の賞金を出すってのはどうでしょう!?」
A部長 「Bくん、いったいどれだけの経費が掛かると思うんだよ!」
B課長 「次期役員のA部長が提案したら、そのぐらいの経費はぱっと出てくるんじゃないですか?これが成功して、A部長が役員になった暁には、私を後任の部長にご指名ください。」
A部長&B課長「ハッハッハッハッ!!!」
有名アートディレクターがデザインした大会エンブレムに盗作疑惑が!?
後日の役員会に、A部長がこの企画を提案すると、あっさりと決定してしまい、膨大な販売促進費が与えられました。「プレッシャーだよ」と言いながらも目の前の役員の椅子を目指して張り切るA部長のもとに、B課長がやってきました。
B部長「部長、おめでとうございます。それでは早速、実行委員会を立ち上げます。まずは大会のエンブレムですね。東京オリンピックに負けないようなすばらしいデザインを、有名なアートディレクターのC氏に発注しておきます!」
数か月後、すてきなエンブレムが決定し、イノベーションスポーツは大々的な記者会見を行いました。多くの大企業から協賛を得て、有名アスリートたちからも称賛され、イノベーションスポーツのウェアやシューズの売上もぐんぐんと伸びていきました。
B課長 「A部長、これで役員就任も決定ですね!ところで、あのときのお約束は、、、」
A部長 「わかっとる、わかっとる。」
A部長&B課長「ハッハッハッハッ!!!」
そんな折、ヨーロッパのグラフィックデザイナーD氏からイノベーションスポーツ宛てに一通の国際郵便が届きました。手紙の文面を読んだA部長は血相を変えてB課長を呼び出しました。
A部長 「Bくん、どうなっているんだ!ミスターCがデザインしたエンブレムは、MEのロゴマークの盗作だって書いてあるぞ!!」
B課長 「そんなことありません!C氏のエンブレムについては、商標調査をしっかり行っています!!」
商標権と著作権とはまったく異なる権利です
ここまでのお話はフィクションですが、先日、これに似た話が世間を騒がせました。東京オリンピックのエンブレムについて、ベルギーのデザイナーが自分の創作した劇場のロゴマークの著作権を侵害されたとして、使用の差止めを求めて国際オリンピック委員会(IOC)を提訴したという事件です。
この事件が起きたときに、東京オリンピックの関係者は、今回のB課長のように、「事前に商標調査をしているので権利侵害でない」ということを主張していました。しかし、ベルギーのデザイナーが当初から主張していたのは、商標権侵害ではなく、著作権侵害でしたので、両者の主張は少しかみ合っていなかったといえるでしょう。
商標というのは、商品やサービスを販売等するときに、目印として付ける文字やマークのことで、商品やサービスを提供する会社などの業務上の信用を保護し、消費者にとっては「この商標が付いているからこの商品やサービスの質は間違いない」と安心して買うことができるようにするためのものです。また、商標権は、日本でいうと特許庁のような公的機関の審査を受けて登録されなければ発生しません。
一方、著作権は、イラストや音楽などの著作物を創作した人のいわば人格的側面を保護するためのもので、著作物を創作したときに自動的に発生する権利です。この2つはまったく異なる権利ですが、デザインの凝ったエンブレムやロゴマークの場合は、著作権が発生すると同時に、登録すれば商標権でも保護されることになるため、今回のような一時的な両者の主張のくい違いが起きたのでしょう。
今回の事件では、ベルギーの劇場は、そのロゴマークを商標登録していなかったということですから、そもそも商標権侵害はありえないことになりますが、著作権侵害となると話はまったく別となります。東京オリンピックのエンブレムが、もしこの劇場のロゴマークの著作権を侵害しているとすれば、IOCは、著作権者であるベルギーのデザイナー(または劇場)の許諾を受けることなく、このエンブレムを勝手に使用することができなくなります。
偶然に似てしまった場合は著作権侵害にはなりません
それでは、このケースでは、どのような場合に著作権侵害となるのでしょうか?第一に、東京オリンピックのエンブレムを創作したときに、ベルギーの劇場のロゴマークを参考にしたこと(依拠性)、第二に、その結果、完成したエンブレムが、参考にしたロゴマークと同一または類似であることという2つの要件とも満たす必要があります。
つまり、例えば、描いたイラストが偶然にも誰かのイラストとそっくりになったとしても、描いた本人が元のイラストを見たことがない等の理由により真似しようという気持ちがないのであれば著作権侵害になりませんし、あるイラストを真似しようとして必死にそっくり描いたとしても、絵のスキルが低いために、まったく似ていない別のイラストになってしまった場合は、そのイラストは同一でも類似でもありませんので、これも著作権侵害にはなりません。
また、丸や三角や四角のような図形をシンプルに組み合わせただけのイラストは、デッドコピーのような場合を除き、これと似ているイラストを描いたとしても、そのイラストは同一または類似なものとはならないとされています。シンプルなイラストと似ているものまで描いてはいけないとなれば、後世の人々の創作の幅を不当に制約してしまうことになるからです。
したがって、東京オリンピックのエンブレムについては、デザインしたアートディレクターが、ベルギーの劇場のロゴマークを事前に知っていて、これを真似しようと思い、かつ、そのロゴマークがシンプルなデザインとはいえず、両方のデザインが同一または類似のものであると認定された場合に限り、著作権侵害が成立することになるのです。
さて、慌ててD氏のデザイン事務所に確認をとったB課長ですが、D氏の「事実無根です!」という言葉を信じたものの、上層部の指示で、別のエンブレムへの変更を余儀なくされました。この一件で、大運動会の熱気もトーンダウンしてしまい、A部長の役員就任は残念ながら見送られてしまったということです。
※コラムは執筆時の法令等に則って書いています。
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ボングゥー特許商標事務所/ボングゥー著作権法務行政書士事務所
所長・弁理士 堀越 総明 (ほりこし そうめい)
日本弁理士会会員
日本弁理士会著作権委員会委員
(2020年度は委員長、2019年度は副委員長を務める。)
東京都行政書士会会員 東京都行政書士会著作権相談員
東京都行政書士会任意団体著作権ビジネス研究会会員
株式会社ボングゥー代表取締役
「ボングゥー特許商標事務所」の所長弁理士として、中小企業や個人事業の方々に寄り添い、特許権、意匠権、商標権をはじめとした知的財産権の取得・保護をサポートしている。
特に、著作権のコンサルタントは高い評価を受けており、広告、WEB制作、音楽、映画、芸能、アニメ、ゲーム、美術、文芸など、ビジネスで著作物を利用する業界の企業やアーティスト・クリエイターを対象に、法務コンサルタントを行っている。
現在、イノベーションズアイにて、コラム「これだけは知っておきたい商標の話」、「知らなかったでは済まされない著作権の話」の2シリーズを連載し、また「ビジネス著作権検定合格講座」の講師を務める。
また、アート・マネジメント会社「株式会社ボングゥー」の代表取締役も務め、地方公共団体や大手百貨店主催の現代アートの展覧会をプロデュースし、国立科学博物館、NTTドコモなどのキャラクター開発の企画を手掛けた。
○ボングゥー特許商標事務所
https://www.bon-gout-pat.jp/
○ボングゥー著作権法務行政書士事務所
https://www.bon-gout-office.jp/
【著書】
「知らなかったでは済まされない著作権の話」(上)・(下)
上巻:https://amzn.to/2KB8Ks5
下巻:https://amzn.to/2rV7qcG
弁理士が、“ありがちな著作権トラブル”をストーリー形式で紹介し、分かりやすく解説していく1冊です。
法律になじみのない人でも読みやすく、“ここだけは注意してほしい点”が分かる内容となっています。