知らなかったでは済まされない著作権の話 vol.4

第9回

音楽教室での楽曲の利用もJASRACに著作権使用料を支払うの!?~演奏権の「公衆」にまつわる話

ボングゥー特許商標事務所/ボングゥー著作権法務行政書士事務所  堀越 総明

 

バンド好きのサラリーマンが副業でギター教室を開業!


Aさんは、大手製薬会社B社の総務部で働いています。B社は、最近になり、社員の副業を認めて、奨励しているのですが、Aさんのもっぱらの週末の興味は、インターネットで知り合った仲間たちと行うバンド練習です。30歳になってから初めてエレキギターを手にしたため、Aさんの腕前はひどいものですが、平日の仕事帰りには、会社のそばのC音楽教室でレッスンを受け、他のメンバーに迷惑を掛けないようにがんばって練習しています。

しかし、Aさんは、C音楽教室に不満があります。Aさんは、イギリスの“オアシス”というバンドの大ファンなのですが、C音楽教室は、長髪で色白のハードロック系の先生ばかりで、レッスンの課題曲も“ヴァン・ヘイレン”や“MR.BIG”といったバンドの楽曲が中心だからです。

Aさん 「ボクは速弾きがしたいわけじゃないのに・・・。でも、音楽教室の先生は上手な人たちばかりだから、どうしてもテクニック重視になってしまうんだよな。オアシスみたいにあまり上手でないバンドの曲を教えてくれるような音楽教室があればいいのに・・・。」

会社の昼休みにグチをこぼすAさんに対して、同僚のDさんは、思いがけないことをAさんに薦めてきました。
Dさん 「それだったら、Aが副業でギター教室をやってみればいいじゃないか!きっと、アンチ・ハードロックの生徒がたくさん集まるよ。」

ギター教室のレッスンでの楽曲の利用にも著作権使用料の請求が!


Dさんに薦められて、Aさんは、俄然やる気になりました。早速、小さなスタジオを借り、広告のチラシを作り、そして、念願叶って、ヘタウマなギターリストを先生として採用することができました。
開業すると、メガネをかけてうつむきがちな生徒がたくさん集まり、ギター教室は盛況です。しかし、スタジオの家賃や先生の人件費など営業費が多く掛かり、Aさんが思っていたような利益が出ません。

そんなある日、「なんとかぎりぎり赤字だけは免れた」と安堵するAさんのもとに、某音楽著作権管理事業者から1通の請求書が届きました。
Aさん 「ちょ、ちょ、著作権使用料を支払えだって!?音楽教室のレッスンでは、著作権使用料は支払わなくていいって言われているのに!こんなの支払ったら、ウチのギター教室は赤字になっちゃうよ・・・。」


音楽教室は営利事業ですので、学校のように「非営利目的」の演奏にはなりません


ここまでのお話はフィクションですが、最近、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)が、ヤマハ音楽教室などから、レッスンで利用する楽曲の著作権使用料を徴収するとしたニュースが話題となりました。

このニュースに対して、多くのミュージシャンや音楽関係者が反対の意見をツイッターなどで述べていますが、その多くが「音楽教育の場での楽曲の利用で著作権使用料を徴収するのは行き過ぎだ」という意見となっています。
確かに、著作権法では、「営利を目的としない演奏」は、著作権者の許諾を受けずに自由に行えることとなっています。もちろん、学校の授業や、学芸会、文化祭などの学校教育の場での演奏は、「営利を目的としない演奏」に該当しますが、しかし、ヤマハ音楽教室などの音楽教室は一般的には営利事業として運営されています。したがって、こうした音楽教室を「音楽教育の場」として学校教育と同等に扱ってしまうことは少々無理があるといえるでしょう。

音楽教室の生徒さんが「公衆」に該当するかは微妙です


この点は、JASRACの徴収に反対する音楽教室側も異論はないようですが、音楽教室側が、著作権使用料の徴収を拒む理由として主張しているのが、レッスンでの楽曲の利用は、著作権法で演奏権の内容として定められている「公衆に直接聞かせることを目的として」という要件に該当しないというものです。つまり、音楽教室のレッスンでの楽曲の利用は、公衆に直接聞かせることを目的としていないので、そもそも著作権者の演奏権は及ばないと言っているのです。

「その通り!」と思った読者の方も多いことでしょう。しかし、ここで厄介なのが、「公衆」という言葉の意味です。一般的に、「公衆」といえば、駅前の通行人のように「不特定多数」の人たちを指しますが、著作権法上の「公衆」には、「不特定多数」に加え、「特定多数」や「不特定少数」も含まれるとされています。
したがって、音楽教室側が著作権使用料の徴収を免れるためには、音楽教室の生徒さんが、著作権法上の「公衆」にあたらない「特定少数」として認められる必要があります。

これまでの裁判例は、社交ダンス教室での楽曲の利用も、カラオケ店での楽曲の利用も、「不特定少数」のため「公衆」に該当するとされてきました。しかし、音楽教室には、グループレッスンだけでなく、特定の生徒さんを先生がマンツーマンで教えるレッスンもあります。その場合でも、その生徒さんは「特定少数」にならずに、やはり「公衆」となってしまうのかは、意見が分かれるところです。

さて、著作権使用料の請求書を受け取って慌てたAさんでしたが、知り合いの弁理士に相談し、大手音楽教室とJASRACとの争いの結果を待ってから対応することとしました。そして、もし将来、著作権使用料を支払うことになっても赤字にならないように、今から生徒募集に一層力を入れることとしました。


※コラムは執筆時の法令等に則って書いています。

※法令等の適用は個別の事情により異なる場合があります。本コラム記事を、当事務所に相談なく判断材料として使用し、損害を受けられたとしても一切責任は負いかねますので、あらかじめご了承ください。
 

ボングゥー特許商標事務所/ボングゥー著作権法務行政書士事務所
所長・弁理士 堀越 総明 (ほりこし そうめい)

日本弁理士会会員
日本弁理士会著作権委員会委員
(2020年度は委員長、2019年度は副委員長を務める。)
東京都行政書士会会員 東京都行政書士会著作権相談員
東京都行政書士会任意団体著作権ビジネス研究会会員
株式会社ボングゥー代表取締役


「ボングゥー特許商標事務所」の所長弁理士として、中小企業や個人事業の方々に寄り添い、特許権、意匠権、商標権をはじめとした知的財産権の取得・保護をサポートしている。

特に、著作権のコンサルタントは高い評価を受けており、広告、WEB制作、音楽、映画、芸能、アニメ、ゲーム、美術、文芸など、ビジネスで著作物を利用する業界の企業やアーティスト・クリエイターを対象に、法務コンサルタントを行っている。

現在、イノベーションズアイにて、コラム「これだけは知っておきたい商標の話」、「知らなかったでは済まされない著作権の話」の2シリーズを連載し、また「ビジネス著作権検定合格講座」の講師を務める。

また、アート・マネジメント会社「株式会社ボングゥー」の代表取締役も務め、地方公共団体や大手百貨店主催の現代アートの展覧会をプロデュースし、国立科学博物館、NTTドコモなどのキャラクター開発の企画を手掛けた。


○ボングゥー特許商標事務所
https://www.bon-gout-pat.jp/
○ボングゥー著作権法務行政書士事務所
https://www.bon-gout-office.jp/
 
【著書】

「知らなかったでは済まされない著作権の話」(上)・(下)
上巻:https://amzn.to/2KB8Ks5
下巻:https://amzn.to/2rV7qcG
 
弁理士が、“ありがちな著作権トラブル”をストーリー形式で紹介し、分かりやすく解説していく1冊です。
法律になじみのない人でも読みやすく、“ここだけは注意してほしい点”が分かる内容となっています。

知らなかったでは済まされない著作権の話 vol.4

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