日々の情景

第1回

不祥事に想うこと

イノベーションズアイ編集局  広報アドバイザー 長野 香

 

大学広報を16年間担当し、この5月から新しいステージに踏み出すことになったため、周囲に「大学広報の仕事は、どのようなイメージでしょうか?」と尋ねてみたところ「不祥事対応」という反応が返ってきた。少し前までは「オープンキャンパス」や入試情報発信などの受験生獲得PR、いわゆる「入試広報」のイメージが強かった。それが、このところの大学・学校法人の不祥事報道増加に伴い、「大学広報」のイメージも変わったのかもしれない。

大学広報業務には広報誌の制作・発行、Webサイト・SNS管理運用などとともにマスコミ対応があり、当然、不祥事の広報対応がある。つまり、企業の広報機能と大きな違いはないわけだが、なかなか認知されずにいたように思う。大学の不祥事報道増加により、大学の広報機能についての認知が”ある意味”向上したことは痛し痒し、としか言いようがない。

また、「広報」という言葉も、PRや広告と理解されることが多いと感じている。経営層や広報担当者の間では「広報は経営」という認識が市民権を得ているようだが、なぜ「広報は経営」なのか、うまく説明できないのではないだろうか。自分自身も自問自答しながら広報業務を担当してきたが、昨年6月に日本広報学会が公表した「広報の定義」は簡潔で、「まさにこれだ!」と感じたので紹介したい。

【広報の定義】

組織や個人が、目的達成や課題解決のために、多様なステークホルダーとの双方向コミュニケーションによって、社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である。
※日本広報学会HPより

詳細は当該HPをお読み頂きたいのだが、最後の「社会的に望ましい関係を構築・維持する経営機能である」は、まさに「我が意を得たり」と感じた。不祥事対応に当てはめると、不祥事の事実が露呈した際、「社会的に望ましい関係」をどのように構築するかが、広報対応の鍵となるのだが、広報対応だけで「何とかなる」「何とかするべき」、と考えるのは間違いだ。当たり前のことだが、不祥事自体の原因究明、解決、再発防止策が講じられなければ、広報は社会に説明ができない。

少し前に、引退した元企業トップと不祥事について雑談する機会があった。その方に「不祥事対応には何が一番重要だと思いますか?」と聞くと「トップの姿勢だね」と、即答された。ご自身が社長に就任された時、社員から深刻な告発文が届くなど、不正やコンプライアンス違反が蔓延しており、正直「参った」と思ったそうだ。当時は成績至上主義で、成果さえ上げれば何をしても良い、という風潮が社内に蔓延していたらしい。昭和の企業ではよくある話だったかもしれないが、「このままでは会社が持たない」と考えた彼は、社長の身ながら1,000人を超える社員全員と面談、不正や課題、要望を全て聞き出し、まとめ、分類し、片っ端から対応していった。「トイレ設備の改善、なんてものもあったけど、お金をかければ解決できることは簡単だったよ」と言う。問題は、営業成績は良いが人間性を問われる社員の処遇だったが、社長の決断で人事を断行したそうだ。そして「こういうことこそ、トップがやらなければいけない」と明言した。営業成績の良かった社員が去り、一時的に会社の業績は下がったが、その後回復、上昇したそうだ。

当時としては一つの地道な取り組みと言えるエピソードだが、今の時代なら社長に宛てた内部告発はSNSや週刊誌への投稿で外部にさらされるリスクが十分考えられる。そのようなリスクがあまり想定されていなかった時代でもこのような対応をされたことは、あるべきトップの姿勢を教えてもらった気がした。

マスコミ報道が加熱するような不祥事を見ていると、トップや経営層の責任逃れ、本質的なことから目をそらすような雰囲気を感じることが多い。広報対応が遅れたり、納得感のある広報対応ができない要因は、①組織として対応ができていない ②事案詳細を広報が把握していない ③広報の意見をトップや経営層が取り入れない ④広報の質が低い、のいずれかだ。②③については、「まさか」と思う方が多いかもしれないが、実際にある話だ。
誰もが発信者となり得る今の時代、広報を経営機能として位置付け、組織内の信頼関係を前提に広報部門の質を高めることが重要だ。そうでなければ、社会の動きに即した双方向的で倫理的なコミュニケーションによる「社会的に望ましい関係を構築・維持」することは難しく、いざという時に、広報室は”沈黙”することになる。広報室が沈黙せざるを得ないような状況にならないような組織運営が、何よりも大切なことだと思う。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
広報アドバイザー
長野 香

静岡県沼津市出身。1986年3月立教大学卒業。

立教大学文学部ドイツ文学科資料室、国際センター等を経て2007年6月から立教大学広報課勤務。2013年6月から立教大学広報課長兼立教学院広報室長、2018年6月から立教大学総長室次長を務め、2024年3月退職。

一般社団法人 私立大学連盟での活動のほか、国立・私立大学等で広報業務に関する講演や寄稿、広報業務アドバイス等多数。

2024年5月よりイノベーションズアイ編集局広報アドバイザー。

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