日々の情景

第3回

ベルリンの壁

イノベーションズアイ編集局  広報アドバイザー 長野 香

 

35年前の1989年11月9日、ベルリンの壁が崩れた。その直前の10月に、東ドイツ(当時)建国40周年記念式典が開催されたばかりだった。

ベルリンの壁は、第二次世界大戦後に東西分割されたベルリンの、西ベルリンを囲む壁で、1961年に東から西への脱出者を防ぐために設置された。この壁を超えようとして命を失った東ドイツ市民は100人以上とされる。

戦後生まれの私にとって、「ベルリンの壁」は既成事実として存在し、「そう簡単には無くならない」と思い込んでいた。

その壁が、ある意味「あっけなく」崩れ、東ドイツ市民が雪崩を打ったように国境に押しかけ西側に飛び出し、さらにその壁を打ち壊す人々を映した当時のニュース映像は衝撃的だった。

壁崩壊前

1985年の夏、学生時代最後の夏休みを利用して西ドイツ(当時)に短期語学留学した。生まれて初めての海外渡航だったので、何もかもが未知の経験だったが、ある時、ホームステイ先の家族が、東ドイツ(当時)に住む親類を訪ねるため、日用品を山ほど車に積み込んで出かけて行く様子を見て、東ドイツに対する興味が湧いた。「東の優等生」と言われていた東ドイツで日用品が足りていないという状況がどういうことなのか、想像できなかった。

1987年の夏、東ドイツのワイマールでの短期語学コースに参加した。

ワイマールは、伝統ある文化芸術の街の風貌をたたえていたが、建物の外壁は煤け、アルミニウムの食器を常用するなど、戦後がまだ続いているようだった。

街には「ドルショップ」という、ドル、いわゆる西側通貨でのみ西側の雑貨を得るキオスクがあり、その前で子供が「ドルちょうだい」と、外国人に手を差し出していた。

ある朝、通りかかった果物店の前に、新鮮な果物を求める人の行列ができていた。「仕事に行かなくていいの?」と思ったが、昼過ぎに通ると、もう、そのお店には商品が一つもなかった。

ワイマール滞在中、そこに住むドイツ人から日本の絵本の翻訳を依頼され、なんとか翻訳すると、そのお礼に自宅に招かれた。その家は、童話に出てくるような愛らしい住宅だったが、招き入れられた部屋に入ったとたん「ここには盗聴器が仕掛けられていないから、何を話しても大丈夫よ」と言われ、耳を疑った。

東ドイツでは、鉄道や車両の写真撮影は禁止され、移動中に荷物検査を受けるなど、毎日、緊張しながら過ごし、西側に戻った時にホッとした記憶が残っている。

壁崩壊直後

1989年の暮れに赴いた際に撮影

ベルリンの壁崩壊後まもない1989年の暮れ、西ドイツのかつてのホストファミリーを訪ね、そこからベルリンの壁まで行った。ベルリンに到着すると、多くの人が壁に向かって歩いていたので、自分もその中に混じって歩いた。途中、オランダから来たという女子学生2人と意気投合して一緒に壁まで行き、小さなハンマーで壁を打ち砕き、削ったかけらを持ち帰った。 ホストファミリー宅に戻り、クリスマスを楽しんでいると、ルーマニアのチャウシェスク処刑のショッキングなニュースが流れ、絶句した。

1990年10月3日に東西ドイツは統一された。 その約2年後の1992年の夏、3週間ほどベルリンに滞在した。当地の高等教育機関等の訪問が目的だったが、担当者が急に交代となったり、あちらこちらの工事や日に日に繋がる東西交通網に、統一による都市の変貌を実感した。

壁崩壊から35年

分断のシンボルだったベルリンの壁の崩壊とドイツ統一に世界は沸き、その後の欧州連合(EU)発足を含めて、私には一つの奇跡のように見えた。 しかし今、ドイツ国内はぐらつき、EU域内各国の足並みは乱れ、アメリカ合衆国では国境の壁建設を厭わない大統領候補が今年の選挙戦で圧勝した。

歴史や政治経済について、専門的な解釈はできないが、手元に残るベルリンの壁のかけらを見つめ、35年前、世界各地からこの壁を砕きに来た人々は、今、何を思っているだろうかと、ふと考えてしまう。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
広報アドバイザー
長野 香

静岡県沼津市出身。1986年3月立教大学卒業。

立教大学文学部ドイツ文学科資料室、国際センター等を経て2007年6月から立教大学広報課勤務。2013年6月から立教大学広報課長兼立教学院広報室長、2018年6月から立教大学総長室次長を務め、2024年3月退職。

一般社団法人 私立大学連盟での活動のほか、国立・私立大学等で広報業務に関する講演や寄稿、広報業務アドバイス等多数。

2024年5月よりイノベーションズアイ編集局広報アドバイザー。

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