第2回
旅への願い
イノベーションズアイ編集局 広報アドバイザー 長野 香
JTBが7月上旬に公表した今夏の旅行動向調査 *1 によると、旅行意欲は前年よりやや減少するとのこと。旅行に行かない理由としては、混雑や家計の問題が上位に挙げられている。
一方、JNTO(日本政府観光局)は今年の1月から6月までの訪日外客(インバウンド)数が過去最高になったと、7月下旬に発表した *2。
今夏、インバウンド増の勢いを国内各地で実感することになるだろう。
大学生になるまで、鉄道を利用したことがほとんどなかった。生まれ育った地方の町には、大都市のような電車網は無く、路線バスも本数が限られており、移動手段は自家用車が主だった。鉄道、飛行機、バスなどを駆使して出かける旅行は、子供の頃には全く想像できなかった。
小さな町を出て、見知らぬ土地に赴くことへの憧れは強く、大学進学後はアルバイトでお金を貯め、外国語を勉強した。夢に見た異国に自力で旅ができるようになったものの、同時に幾多の失敗も経験した。
海外でスリにあうことは珍しくないだろう。恥ずかしながら、それ以外にも、日付を間違えて乗車券を購入したり、国ごとに異なる通貨で支払いに右往左往したり、慣れない食事で胃腸を壊して帰国便ギリギリまで寝込んだり、、、それでも自力で、あるいはその場に居合わせた人たちに助けられながら旅を続けることができた。
失敗をしても、やはり「旅」は格別なものだ。日常から離れて初めて訪れる街や自然の景色、聞き慣れない言葉の響き、漂う匂いを五感で味わう体験は何ものにも代え難い。その土地の人たちと直接接することは、さらに刺激的だ。海外で、日本についてあれこれ聞かれて戸惑う経験も、良い思い出となる。
旅先を選ぶ際に、その地域が安全かどうかは、重要な判断基準だ。紛争地や治安が極端に悪い地域を選ぶことは、あまり考えられない。コロナ禍が世界中に蔓延していた時に人々の移動が制限され、観光産業が大打撃を受けたことは記憶に新しい。コロナ後、インバウンドが増えた理由は、円安だけでなく、安全な地域だから、といった説も聞く。「平和」「安全」は旅に不可欠な要素だ。
日本の多くの大学では、国際化を推進している。教育の一環として学生の語学力や異文化コミュニケーション能力を高めるため、グローバル社会で活躍できる人材を育成するため、などの理由があるが、様々な国・地域の若者が一定期間、一緒に学び生活を共にすることで、互いの文化を理解し尊重することの大切さに気づく場となる意義は大きい。
かつて「日本人は、安全はタダだと思っている」と言われていた時代があったが、もはやそうでないことは自明だろう。 混雑していても、節約しなければならないとしても、旅が可能な環境が保持されていることがいかに貴重で幸せなことか、私たちは十分認識しているのではないだろうか。
旅がもたらす経済効果やオーバーツーリズムの課題などは様々議論されているが、個々の旅人が五感をフル活用してその地の文化や風習に触れ、「人と人」との良き関係を体験することによって、分断や争いを回避しようとする”意思”が育まれることを願っている。
*1 JTB : 2024年夏休み(7月15日〜8月31日)の旅行動向
*2 JNTO(日本政府観光局) : 訪日外客数(2024 年 6 月推計値)
プロフィール
イノベーションズアイ編集局
広報アドバイザー
長野 香
静岡県沼津市出身。1986年3月立教大学卒業。
立教大学文学部ドイツ文学科資料室、国際センター等を経て2007年6月から立教大学広報課勤務。2013年6月から立教大学広報課長兼立教学院広報室長、2018年6月から立教大学総長室次長を務め、2024年3月退職。
一般社団法人 私立大学連盟での活動のほか、国立・私立大学等で広報業務に関する講演や寄稿、広報業務アドバイス等多数。
2024年5月よりイノベーションズアイ編集局広報アドバイザー。
- 第3回 ベルリンの壁
- 第2回 旅への願い
- 第1回 不祥事に想うこと