【DX】ここに気を付けろ!デジタル人材がいない中小企業が陥る罠

第6回

育てたはずのDX推進リーダーが辞めていく罠

株式会社NIコンサルティング  長尾 一洋

 

リスキリングの先に待っている罠

国を挙げてデジタル化を推進しようという気運が高まっているのは良いことですし、そうした流れで、経済産業省がDXを推奨したりもしているわけですが、デジタル人材がいない中小企業は、そこで必ず出てくるデジタル人材不足への対処法について慎重に考える必要があります。

デジタル人材不足を解消するために、国は小学生にプログラミング教育を始めました。その内容や効果性については置いておくとして、仮にデジタル人材の養成や拡充に成功したとしても、その成果がビジネスの世界にもたらされるのは早くて10年後。先の長い話で今すぐ役に立つ話にはなりません。

次に取り組んでいる施策が、すでに社会に出て働いている人たちの学び直し、所謂リスキリングです。デジタル人材を養成する講座や研修などには助成金がつけられて、教育予算に限りのある中小企業であっても取り組みやすいように支援策が講じられています。

デジタル人材を増やすために良さそうな話ではありますが、問題はこのリスキリングです。




国レベルで考えれば、リスキリングによって、非デジタル人材の多い今後成長の見込めない産業分野から、デジタル人材が活躍できる成長余地の大きい産業分野への人材の移動が起こることは良いことであり、日本の行く末を考えて必要なことでしょう。そのことに全く異論はありません。

が、しかしながら、本稿は、デジタル人材がいない中小企業向けにどうやってDXを進めるべきかを解説するものであり、日本経済の立て直しではなく、個別企業の生き残りを考えるものです。

そして、筆者は、経営コンサルタントであり、経済学者でも官僚でもありません。個々のクライアント企業の経営を支援するのが仕事であり、そうした個々の企業がそれぞれ元気になって、その総和としての日本経済が良くなることは願っていますが、日本経済のためにクライアント企業が犠牲となり、淘汰されてしまうのを黙って見過ごすことはできないのです。

回りくどい言い訳は止めて、結論を申し上げましょう。デジタル人材がいない中小企業が、リスキリングに成功し、デジタル人材を生み出してしまえば、そのデジタル人材は多くの場合、その企業よりも給与水準が高く、デジタル人材が活躍しやすい企業へと転職していくことになります。

もちろん、これはリスキリングに成功すれば、という話であって、非デジタル人材がデジタル人材に生まれ変わることは、そう簡単なことではないということもお伝えしておきます。小学生にプログラミングを教えるようなレベルではなく、実業で使える実践的なプログラミングができるようになり、さらに自社の業務を改善していくシステムを構築できるようなレベルに到達する人は、講座や研修で教わって終わりにせず、そこから自分で興味を持って自ら勉強、研究、試行錯誤を続ける一部の人だけです。

但し、その途中段階であっても、ちょっと出来るようになって来ると、人間誰しも自分の力を試したくなり、ふとしたキッカケで転職サイトなどに登録してみたりすることになるのです。すると今は、企業側からスカウトメールが届くのです。本人が能動的に転職先を探さなくても、自分のプロフィールを登録し、ちょっとデジタルかじってます的なことを書いておけば、引く手あまた。そして年収アップのオファーが届くのです。こうして人材の産業間移動が進む。

国の思惑通りではありますが、果たしてその企業にとって、それを是として良いのかを考えてみる必要があります。

これが大企業で、そもそも待遇もそれほど悪いわけではなく、デジタル化は遅れていたとしても経営は安定していて終身雇用で企業年金も退職金もしっかりもらえますというのであれば、その企業の中でリスキリングし、さらに社内での評価を上げていくことにモチベーションも生じるでしょう。

しかし、中小企業と一括りにしても幅が広いので例外はもちろんありますが、ほとんどの中小企業では、リスキリングで時間とコストをかけてプログラミングなどを習得させても、それが結果として人材の流出を後押しするような罠に陥る可能性があります。そうなってから「うちでリスキリングしてやった恩を忘れて転職するとは何事か」と文句を言っても時すでに遅し。社員の側は、「いや、キッカケをいただいたことに感謝はしていますが、自分でも頑張って勉強しましたから」などと言いつつ平然と辞めていったりするものです。それがキッカケを与えれば自分でも頑張るような社員だから、その企業にとっては余計に残念なことであり、社内にはどれだけキッカケを与えても、頑張れと発破をかけても自分では努力しようとしない人間だけが残ったとなったら、なんとも笑えない話になります。

そうしたリスクを踏まえた上で尚、自社の社員にリスキリングの機会を与え、仮に転職することになったとしてもステップアップして行くことを応援したいという経営者はリスキリングを進めれば良いでしょう。社員思いの立派な方だと推察いたします。

筆者の個人的な意見としては、リスキリングは個人レベルで取り組むべきだと考えます。国としても企業向けではなく個人に向けた支援策を拡充するべきでしょう。自分が勤める会社や業界が、古くてアナログで、デジタル化への抵抗も強いような場合には、自らリスキリングし、新たな業界や職種にチャレンジすれば良いのです。それで転職されてしまう企業は自業自得でしょうし、社員個人としては、「古い業界だ」「アナログな会社だ」と愚痴っている暇があったら自分で自分の価値を高めて好きな仕事に就けば良いと思うのです。


リスキリングはノーコード止まりで充分

とはいえ、デジタル人材がいない中小企業もデジタル化、DXを進めて行かないと生き残れません。アナログな社員ばかりだからと諦めて現状維持のままでは、結局社員のためにもなりません。そこで、お勧めしたいのが、ノーコードツールを使いこなす「ノーコーダー」を養成するリスキリングです。リスキリングは大いに進めるけれども、非デジタル人材をデジタル人材に変えるプログラミング教育のようなものではなく、アナログ人材をちょっとしたデジタル人材に変えるノーコード教育を施すリスキリングにするということです。自社のDXや業務改善が出来れば良いのであって、汎用的なプログラミング技術までは不要なのです。

リスキリングなどという耳触りの良い横文字に踊らされ、助成金や補助金が出るからと安易に取り組むと、時間とコストをかけた割に大した成果も上がらなかったとなるか、せっかく育てた人材に転職されてしまったとなる罠が待っていますので、要注意です。

もし、本気でリスキリングして自社の社員の高度化、レベルアップを実現しようと思うなら、それに見合った待遇と業務を用意してあげることもセットにしないといけません。しかし、それはやってみないとうまく行くかどうかも分からない。まずはノーコードで出来るところまで進めてみましょう。デジタル人材がいない中小企業が、世間一般のDX論に惑わされてはいけません。


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プロフィール

株式会社NIコンサルティング
代表取締役 長尾 一洋

中小企業診断士、孫子兵法家、ラジオパーソナリティ

横浜市立大学商学部経営学科を卒業後、経営コンサルタントの道に。

1991年にNIコンサルティングを設立し、日本企業の経営体質改善、営業力強化、人材育成に取り組む。30年を超えるコンサルタント歴があり8000社を超える企業を見てきた経験は、書籍という形で幅広く知られており、ビジネス書の著者でもある。(「長尾一洋 著者」と検索)

またラジオ番組の現役パーソナリティでもあり、番組内で経営者のビジネスに無料でその場で答えていくスタイルが人気。この文化放送「長尾一洋のラジオde経営塾」(毎週月曜19:30~20:00)では、聴取者からのビジネス相談を下記のホームページから受け付けている。 番組公式Twitterのアカウントは、@keiei916。(どうぞフォローをお願いします)


文化放送 月曜19時30分から放送:長尾一洋 ラジオde経営塾

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