【DX】ここに気を付けろ!デジタル人材がいない中小企業が陥る罠
第7回
ペーパーレス化が進んでやっているつもりになる罠
株式会社NIコンサルティング 長尾 一洋
できているつもり、やっているつもりになる罠
DXを進めて行こうとすると、その前提としてペーパーレス化、デジタル化を進めることになります。社内のデータや情報がアナログなままではシステム上で処理できないのですから、まず第一歩として紙の書類をスキャンしてデータ化したり、従来は紙に書いて伝達したり処理していた情報をシステムに打ち込んだり、共有するという段階を踏むのは当然のことです。
そのために必要なシステムを導入したり、それを使うための研修を実施したりしていると、それなりにコストもかけ、時間もかけているわけですから、社内にデジタル活用に向けて動き出している感が出て来ます。
そして、幸か不幸か、この時点で、デジタル化の効果が出てしまいます。まずペーパーレスになりますから、紙代、印刷費、コピーのカウンター料金、郵送費や保管費が減り始めます。次に、紙の書類の受け渡しやデータの転記や再入力に要した時間が、短縮もしくはゼロになり、業務処理スピード、決裁スピードが上がります。現場の人の感覚では、業務が効率化して楽になったと感じるかもしれません。
さらに、アナログデータがデジタル化されたことで、それまで出社しないと処理できなかった業務が在宅でもできるようになり、テレワークが可能になるといった効果も出たりします。
コストが下がり、業務スピードが上がり、時間と場所の制約を超えて仕事ができるようになったのです。さて、そこで「そんなに成果が出たのなら良いことじゃないか」と思いますか?
それまで、デジタル人材もおらず、アナログ業務で紙の書類が溢れていた中で、コロナ禍になってテレワークを推奨されても、とても無理だと諦めていた会社が、これだけの成果が出て、働き方も変わった、少なくとも変わりつつある、と実感するのですから、できているつもり、やっているつもりになるのも致し方ありません。
しかしこれが、DXに取り組む多くの企業が陥る、デジタル化しただけでDXできているつもり、やっているつもりになってしまうという罠なのです。
DXとは何かという定義を思い出そう
何らかのシステムを導入したり、クラウドサービスを利用したりすることで簡単に得られるペーパーレス化やデジタル化の成果は、同じシステムやサービスを使う他の会社でも同様に得られる成果に過ぎません。ちょっとひどい言い方かもしれませんが、「そんなことはやって当たり前で、やったからと言って競争に勝てるわけではない」ということです。
経済産業省が、2018年に示したDXの定義を思い出して下さい。「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズをもとに、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。」というものでした。
大切なことは、最後の「競争上の優位性を確立すること」です。デジタル技術の活用は手段であって、その目的は競争上の優位性を確立することです。そこまでやってこそDXなのです。その途中の段階で、他社でも同じようにやっていることが自社でもできるようになったからと言って、やっているつもりになっていてはダメなのです。
「デジタル人材がいない中小企業のためのDX」というコラムの第一回「DXの本質とは限界費用ゼロでビジネスを拡大させる武器を手に入れること」(https://www.innovations-i.com/column/ni_dx/1.html)を参考までに読んでみて下さい。
そのコラムで筆者は、中小企業がDXで競争優位性を確立するためには、限界費用ゼロというデジタルの特質を最大限活かす売上アップ、数量アップ、事業拡大にデジタルの力を使うべきであり、中小企業におけるDXの本質は限界費用ゼロでビジネスを拡大させる武器を手に入れることなのだと指摘しています。
デジタルの力で会社を変革させるDXを本気で進めようと思うなら、コストダウンや効率アップ程度の成果で満足していてはダメなのです。
アナログではできなかったことを実現せよ
「言いたいことは分かったけれども、ビジネスを拡大させる武器を手に入れろとか言って、さらに追加で新しいシステムを買えと売り込むのではないか」と疑った人もいるかもしれませんが、ご安心ください。デジタル人材がいない中小企業には、人材面だけでなく資金面でも制約があることは良く分かっています。
もちろん、取り組もうとする内容によっては、新たな武器(システム)の調達も必要でしょうが、コストを下げ、業務スピードを上げ、時間と場所の制約を無くした武器はすでに手に入れた状態になっているのですから、ちょっとした意識変革とその使い方次第でビジネスを拡大させる武器にできるのです。
たとえば、デジタル化して業務処理スピードが上がり、部門間の業務の流れが速くなったとしましょう。それで「効率が上がって良かった」「仕事がはやく済むようになった」と満足せずに、それによって、顧客への対応時間や納期を短縮できないかを考えましょう。
アナログでやっていたことをデジタルに置き換えて終わりにせず、アナログでは物理的、時間的に無理だったことを実現して、それを顧客にとって価値があることに転換するのです。
たとえば、筆者は元々アナログなコンサルタントで、紙の日報を使って営業指導をしていたのですが、今では紙の日報をSFAというデジタルツールに置き換えてクライアント企業を支援しています。ところが、せっかくSFAを導入しても紙の日報で書いていたのと同じようなことをSFAに入力するだけで満足してしまう企業が結構あるのです。そこで何と言われるかというと、「情報の共有が速くなりました」とか「営業担当者の動きがすぐに把握できます」とか「見込リストなどの資料作成が簡単にできるようになりました」などと感謝されたりするのです。筆者はそう言われて「おいおい、それは紙でやっていたことが速くなっただけじゃないか」と思うわけです。
SFAはデジタルの武器ですから、紙の日報とは違います。たとえば、契約日や生年月日など期日データを入れておけば、ちょうど良いタイミングで教えてくれたり、放置している顧客があることを教えてくれたり、そろそろアプローチすべき時期だとリストを作ってくれたりするのです。それを活用するには、紙の日報には書いていなかった期日データなどちょっとした情報を入れておく必要がありますが、それをしておけば活用度はグンと上がり、顧客に対して適切な対応が取りやすくなります。ここでも大切なことは顧客にとって価値がある活用になっているかどうかです。
さらに、SFAがあって、テレワークが可能になっていれば、単に既存の社員が出社しなくて良くなるだけでなく、自社の商圏を全国、全世界に広げたり、自社の通勤圏から外れた人を在宅ワーカーとして雇って、新規エリアへの開拓を進めることも可能になります。これも新たな顧客への価値提供だと考えられます。ここまでやれば、従来の紙の日報とは全く違う価値を生むことがお分かりいただけるでしょう。
このように、同じツール、システム、武器を使っても、自分たちのコストを下げたり効率を上げることだけを考えるのではなく、それによって顧客に新たな価値を提供できるかどうかまで考えることで、結果としてビジネスモデルが変わり、会社が変わるDXにつながっていくのです。
そのヒントは、以前書いたコラム「デジタル人材がいない中小企業のためのDX」の
第5回 DXでビジネスモデルを変えるポイント「フィードフォワード」
(https://www.innovations-i.com/column/ni_dx/5.html)
第6回 DXで顧客開拓を変えるポイント「リード・クリエイション・アプローチ」
(https://www.innovations-i.com/column/ni_dx/6.html)
第7回 DXで顧客とのつながりを変えるポイント「コネクティッド」
(https://www.innovations-i.com/column/ni_dx/7.html)
辺りを参考にしてみて下さい。
デジタル化の成果が出ただけで、DXできているつもり、やっているつもりになって手を緩めてしまう罠にくれぐれもお気をつけください。
(完)
●長尾一洋の新刊「デジタル人材がいない中小企業のためのDX入門」好評発売中!
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プロフィール
株式会社NIコンサルティング
代表取締役 長尾 一洋
中小企業診断士、孫子兵法家、ラジオパーソナリティ
横浜市立大学商学部経営学科を卒業後、経営コンサルタントの道に。
1991年にNIコンサルティングを設立し、日本企業の経営体質改善、営業力強化、人材育成に取り組む。30年を超えるコンサルタント歴があり8000社を超える企業を見てきた経験は、書籍という形で幅広く知られており、ビジネス書の著者でもある。(「長尾一洋 著者」と検索)
またラジオ番組の現役パーソナリティでもあり、番組内で経営者のビジネスに無料でその場で答えていくスタイルが人気。この文化放送「長尾一洋のラジオde経営塾」(毎週月曜19:30~20:00)では、聴取者からのビジネス相談を下記のホームページから受け付けている。 番組公式Twitterのアカウントは、@keiei916。(どうぞフォローをお願いします)
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