これだけは知っておきたい商標の話

第8回

筑波山名物「つくばうどん」は誰でも商標登録できるの??~地域団体商標にまつわる話

ボングゥー特許商標事務所/ボングゥー著作権法務行政書士事務所  堀越 総明

 

筑波山の頂上で食べる、新名物「つくばうどん」は絶品!

ITベンチャーに勤務するAさんは、業界では“プログラミングの天才”として知られ、これまでにいくつもの斬新なソフトウェアを開発してきました。熱心に仕事に向き合うAさんは、社内の仲間からは「あいつは三度の飯よりプログラミングが好きだな。」と揶揄されていますが、実はAさんにはプログラミングよりも好きなことがあるのです。それは「うどん」の食べ歩きです。週末になると、Aさんは、食品メーカーの知財部に勤める、愛妻のB子さんとともに、おいしいと評判のうどん屋さんをくまなく廻っているのです。

ある日、Aさんが深夜に家に帰ると、B子さんが雑誌の記事を見せながら、話し掛けてきました。
B子さん 「あなた、この記事を見てよ。茨城の筑波山に『つくばうどん』っていう新名物があるらしいわよ。次の日曜日に一緒に食べに行きましょうよ!」
Aさん  「そうだな。久しぶりに自然の中で、仕事の疲れを癒すとするか。」

日曜日が来ると、AさんとB子さんは筑波山に向かいました。B子さんの提案で、せっかくだから筑波山の頂上のお店で「つくばうどん」を食べようということになりました。ケーブルカーもあるのですが、B子さんは元気いっぱいに頂上を目指して歩き始めます。仕方なく、Aさんもその後をついて山を登ることになりました。
B子さん 「あなた、大丈夫!?」
Aさん  「筑波山って、結構ちゃんとした山なんだね・・・。」

無事に頂上に着いた2人は、早速、お店に入り、「つくばうどん」を注文すると、ほどなく店主のおばちゃん、C子さんがおいしそうなうどんを運んできました。
C子さん 「はい、お待ち!つくばうどんだよ!」
B子さん 「ところで、つくばうどんって何が入っているんですか?」
C子さん 「“筑波山”が入ってるんだよ!」
Aさん  「筑波山??」
C子さん 「“つくね”の『つ』、“黒野菜”の『く』、“バラ肉”の『ば』で、『つくばうどん』なんだよ!3つとも茨城の名産品なんだよ!カッカッカッ!」

商標登録しないと「つくばうどん」にバウムクーヘンを入れられることに!?

「つくばうどん」はとってもおいしかったものの、B子さんは仕事柄、「つくばうどん」の商標登録がとても気になります。B子さんは、それとなく、C子さんに商標登録についてたずねてみました。
C子さん 「しょうひょうとうろく??そんなもん気にしちゃいないよ!『つくばうどん』は、筑波山のたくさんのお店で売ってるんだ。あたしのお店だけのメニューじゃないんだよ。」
B子さん 「でも商標登録しないと、『つくばうどん』がもっと有名になったときに、勝手にマネされちゃいますよ。東京や大阪の飲食店に、“粒あん”の『つ』、“黒砂糖”の『く』、“バウムクーヘン”の『ば』で、『つくばうどん』だって言われたら嫌じゃないですか!?」
C子さん 「そりゃ大変だ!そうならないように、あたしが代表して『つくばうどん』の商標登録をしておくよ。」

C子さんは、B子さんの知り合いの弁理士Hに連絡して、早速「つくばうどん」の商標出願を依頼しました。しかし、弁理士Hからは意外な答えが返ってきました。
弁理士H 「C子さんは『つくばうどん』の商標登録を受けることはできないんですよ。」
C子さん 「そんなバカな!『つくばうどん』にバウムクーヘンを入れられたら、あたしたちはおしまいだよ!!」



販売地を表しただけの「つくばうどん」は通常の商標登録を受けられません

弁理士Hに「つくばうどん」の商標登録を受けられないと言われ、C子さんはすっかり取り乱してしまいましたが、それではどうしてC子さんは「つくばうどん」の商標登録を受けられないのでしょうか?

以前のコラム(第6回「秋葉原」みたいな地名を使った店名でも商標登録できるの??)でも説明しましたが、法律で商標登録できないとされている商標のひとつとして、商標出願のときに指定する商品(うどん)の産地や販売地等を普通に表したに過ぎない商標というのがあります。「つくばうどん」の「つくば」は、まさに、指定商品「うどん」の販売地に過ぎません。もし、「つくばうどん」の商標登録を認めて、C子さんが商標「つくばうどん」を独占的に使用することができてしまうと、つくば市でうどん屋さんを営む他の事業者の人たちが「つくばうどん」という表示を自由に使えなくなり、困ってしまいます。そのような理由などにより、原則として、C子さんは「つくばうどん」の商標登録を受けることができないとされているのです。

ご当地グルメの名称は「地域団体商標」として登録することができます!

しかし、「つくばうどん」の商標登録をまったく認めず、商標「つくばうどん」を誰でも自由に使えることにしてしまうと、悪質な事業者があらわれ、バウムクーヘンを入れることはないにしても、異なる具材を入れたり、違う味付けにしてしまったりすることにより、「つくばうどん」のイメージが大きく損ねられる事態が生じかねません。
そこで、こうした事態を防ぐために、そのような商標であっても、農協・漁協などの協同組合・商工会・商工会議所・NPO法人などの一定の法人に限って、「地域団体商標」として商標登録を受けることを認めているのです。「地域団体商標」は、その団体の構成員であれば自由に使用することができるので、特定の個人が商標登録を受ける場合とは異なり、その地域の同業者の人たちが全員で、その商標を使用することができるのです。

地域団体商標は、2018年8月31日現在で、634件も登録されています。主なものとして、「神戸牛」「大間まぐろ」「富里スイカ」「益子焼」「高崎だるま」「草津温泉」「今治タオル」のような古くからの名産品などの名称もありますが、「横手やきそば」「龍ヶ崎コロッケ」「勝浦タンタンメン」「駒ヶ根ソースかつ丼」「奥美濃カレー」「豊橋カレーうどん」「和歌山ラーメン」「中津からあげ」のようなご当地グルメの名称も数多く登録されています。

さて、弁理士Hから地域団体商標について説明を受けたC子さんですが、「つくばうどん」にバウムクーヘンを入れられないためにも、仲間のうどん屋さんに呼びかけて、地域団体商標の登録に向けて話し合いを始めたということです。


※コラムは執筆時の法令等に則って書いています。
※本コラム記事に登場する商標はすべてフィクションです。
※法令等の適用は個別の事情により異なる場合があります。本コラム記事を、当事務所に相談なく判断材料として使用し、損害を受けられたとしても一切責任は負いかねますので、あらかじめご了承ください。

 

ボングゥー特許商標事務所/ボングゥー著作権法務行政書士事務所
所長・弁理士 堀越 総明 (ほりこし そうめい)

日本弁理士会会員
日本弁理士会著作権委員会委員
(2020年度は委員長、2019年度は副委員長を務める。)
東京都行政書士会会員 東京都行政書士会著作権相談員
東京都行政書士会任意団体著作権ビジネス研究会会員
株式会社ボングゥー代表取締役


「ボングゥー特許商標事務所」の所長弁理士として、中小企業や個人事業の方々に寄り添い、特許権、意匠権、商標権をはじめとした知的財産権の取得・保護をサポートしている。

特に、著作権のコンサルタントは高い評価を受けており、広告、WEB制作、音楽、映画、芸能、アニメ、ゲーム、美術、文芸など、ビジネスで著作物を利用する業界の企業やアーティスト・クリエイターを対象に、法務コンサルタントを行っている。

現在、イノベーションズアイにて、コラム「これだけは知っておきたい商標の話」、「知らなかったでは済まされない著作権の話」の2シリーズを連載し、また「ビジネス著作権検定合格講座」の講師を務める。

また、アート・マネジメント会社「株式会社ボングゥー」の代表取締役も務め、地方公共団体や大手百貨店主催の現代アートの展覧会をプロデュースし、国立科学博物館、NTTドコモなどのキャラクター開発の企画を手掛けた。


○ボングゥー特許商標事務所
https://www.bon-gout-pat.jp/
○ボングゥー著作権法務行政書士事務所
https://www.bon-gout-office.jp/
 
【著書】

「知らなかったでは済まされない著作権の話」(上)・(下)
上巻:https://amzn.to/2KB8Ks5
下巻:https://amzn.to/2rV7qcG
 
弁理士が、“ありがちな著作権トラブル”をストーリー形式で紹介し、分かりやすく解説していく1冊です。
法律になじみのない人でも読みやすく、“ここだけは注意してほしい点”が分かる内容となっています。

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