求めれば気がつく、動けば見えてくる

第1回

江戸庶民の“許すこころ”とは

イノベーションズアイ編集局  

 

20代のころから江戸散策を趣味としています。

散策では、著名な寺社仏閣、名所旧跡への訪問も醍醐味はありますが、むしろ何気なく歩いた先に、著名な人物の墓を発見したり、偶然通りすがった江戸道や坂の由来に思いを馳せたりと、おおよそのルートは決めるものの、後は足の向くまま。そして歩いた後のビールを最大の楽しみとする気ままな独り歩きです。

足の向くまま歩いていると、江戸の庶民の“許すこころ”に触れることがあります。

その例をお話しします。

隅田川七福神の一角で最北端にある『多聞寺(たもんじ)』。

ここは、別名「狸寺(たぬきでら)」とも呼ばれ、都内でも珍しい萱葺きの山門を入るとすぐに「狸塚」があります。

境内の解説によれば、江戸時代以前、寺の洞に妖怪狸が住み着き悪戯を繰り返していた。困った和尚はその穴を塞ぎ、妖怪狸を追い払うことにしたが、化け狸の悪戯は酷くなるばかり。困り果てた和尚が一心に本尊を拝むと、毘沙門天の使いが現れ化け狸を退治した。すると次の朝、二匹の狸が門前で死んでいるのを見つけた。

和尚と村人は狸を憐れみ、供養のために塚を築いたという。

「妖怪」とは、人の心の闇が生み出すものであり、それに取り憑かれた狸が悪いのではない、狸に悪気はなくむしろ憐れだ、という許す心により手厚く葬ってしまう。

足立区の島根小学校の西側の校門前に、『猿仏塚(さるぼとけづか)』と呼ばれる庚申塔があります。

昔、農家に飼われた一匹の賢い猿がいて、家の手伝いもできるので重宝されていた。

ところがある日、家人の留守に寝ていた赤ん坊が急に泣き出してしまった。猿は、赤ん坊が風呂に入れてもらうと泣き止むことを知っていたので、風呂に入れてあげたところ、熱湯だったため赤ん坊が死んでしまう。猿は、罪の意識に悩み、食事も採らずひたすら赤ん坊の墓を守り続け、墓前で餓死してしまう。村人はその猿を憐れんで、「良かれと思ってやった猿に悪気はない。これからは仏となって子どもたちを守っておくれ」と、「猿仏塚」として手厚く葬ったと伝えられています。

江戸時代は 265 年もの間、戦のない平和な時代が続き、農民、町民の生活も豊かになり庶民文化に花が咲きだします。そうすると、こうした庶民の伝承話が、今も大切に地元の人々を中心に繋げられています。

歩いていると、道端の名もない祠に、常に新しい花が地元の人たちによって手向けられていたりする。こうして、何十年も、何百年もの間、人々の心によって繋げられてきた何気ない光景に接するたび、江戸から続く人々の“善の心”に触れ、なぜかほっとするのも江戸歩きの醍醐味であります。

ところで最近はどうでしょうか?

ネットを中心に炎上や誹謗中傷のニュースが数多く見られます。そこでは「何々が許せない」といった言葉が飛び交っています。この種の人たちは、当事者でもなく、事実を自身の目で、耳で確認をするでもなく、飛び込んでくる活字や映像だけをベースに、ある種無責任に批判、非難を拡散させます。

脳科学者の中野信子氏は、『人の脳は、裏切り者や社会のルールから外れた人といった、わかりやすい攻撃対象を見つけ、罰することに快感を覚えるようにできています。(中略)この快楽にはまってしまうと簡単には抜け出せなくなってしまい、罰する対象をつねに探し求め、決して人を許せないようになるのです。こうした状態を、私は正義に溺れてしまった中毒状態、いわば「正義中毒」と呼ぼうと思います。』と著書で論じています。(中野信子著:「人は、なぜ他人を許せないのか?」)

正義中毒の状態になると、自分と異なるものをすべて「悪」と考えてしまうようです。

余談になりますが、これは子供のころに見た特撮テレビ『ウルトラセブン』(制作:TBS テレビ1967年10月1日~1968年9月8日放送)の第8話「狙われた街」そのものではないか。地球侵略を狙う宇宙人は、“他人がすべて敵に見えてしまう”宇宙ケシの実を煙草に仕込み、人間同士の信頼感を無くすことで人々を自滅させ、いともたやすく地球の侵略を試みる頭脳的な作戦を取ったというお話でした。およそ55年も前の、現代の病巣を彷彿させるような恐ろしいSF話を思い出しました。

話は戻り、何もかもが便利になったと思われる現代、その効率やスピード感に酔いしれることなく、時に立ち止まり、空や周りの景色、空気を感じながら走ることなく歩くこと(Walk, Don‘t Run)で、もう少し周りに目をやる、他を“許すこころ”も必要なのではないでしょうか?

そういえば、昔の特撮テレビ『月光仮面』(制作:現TBSテレビ+宣弘社1958年2月24日~1959年7月5日放送)の主人公、正義の味方「月光仮面」の理念は、“憎むな!殺すな!赦(ゆる)しましょう!”でした。

これ、現代に最も必要な言葉かも知れませんね。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
広報アドバイザー
腰塚 弘

埼玉県熊谷市出身。1980年3月立教大学卒業。

共栄火災海上保険では1991年から広報。広報課長を経て2001年から2013年まで広報室長。2014年から独立行政法人日本スポーツ振興センターに転じ広報室長。2023年2月退職。

社外活動として、2008年から2012年まで日本ラグビーフットボール協会広報委員長。2009年から2017年まで仙台大学非常勤講師(スポーツ広報論)。

2024年5月よりイノベーションズアイ編集局広報アドバイザー。

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