求めれば気がつく、動けば見えてくる

第4回

体育からスポーツへ~静かなる地殻変動

イノベーションズアイ編集局  広報アドバイザー 腰塚 弘

 

プロローグ

…参加国16チーム中15位。

2009年、日本で初めて開催されたラグビージュニアワールドチャンピオンシップは、20歳以下を対象とするワールドカップとして位置づけられ、6月に20日間にわたり全国5会場(東京・大阪・愛知・福岡・佐賀)で熱戦が繰り広げられた。

この大会は、これまでの19歳以下と21歳以下の2大会を、20歳以下を対象としたものに統合・新設しての初の開催で、あわせて日本がワールドカップ自国開催を立候補しているなかで、IRB(現・WR/ワールドラグビー)は日本開催の可否の判断材料の一つとして位置づけるテスト大会としていた。

結果、U20日本代表の戦績は15位という下位に終わった(優勝はニュージーランド)。

しかし過去大会を大きく上回る観客動員を達成、さらに大会運営能力も評価されるところとなり、その1か月後の7月には、アジアで初となる2019年のラグビーワールドカップ日本開催が決定されるに至った。

当時筆者は、日本協会の広報責任者として大会のトーナメントアンバサダーに任命された上田昭夫氏(故人・当時フジテレビ)とともに大会PRに奔走した。
氏とは「日本開催は決まったものの2019年にはせめて予選トーナメント2勝、世界ランク10位くらいにはならないとなぁ…。」と話したことが懐かしく思い出される。
ところがその10年後には、初のベスト8、世界ランキング8位のジャパンを自国開催で見ることになるとは、当時は夢にも思っていなかったのである。

さて話を2009年に戻して、この大会で目の当たりにしたことは、上位国の選手はその国のクラブチームに所属し活動、クラブでは、自由に競技を選ぶこともでき、例えば春から秋はラグビー、冬にはウィンタースポーツにいそしむなどしている。

クラブチームでは、小さい年齢から大人までがメンバーとなっているため、日本の大学のような、学年ごとの区切りや卒業による引退もなく、年齢区分(エイジ・グレード)でメンバーを編成し強化することが可能、なので全国の20歳以下の選手からベストな選手を選び代表チームを編成することが可能となる。
さらにその中から秀でた者はプロのチームにも所属、プロとして幾ばくかの報酬を得て、自身の将来に向け大学の学費としている自立した選手が多くいたのである。
そしてこのU20代表の選手のうち数人は、キャップホルダーとしてすでにフル代表チームに呼ばれている者もいた。

かたや日本の選手というと、20歳以下ならば大学の1年、2年生の年齢となる。
大学の部活チームでは、よほど早くから異彩を放っている一部を除いては、そのほとんどはその大学チームで1軍未満(2本目以下、俗な言い方をすれば補欠)の選手となる。
そして、彼らはおそらく学費を親元から払ってもらい、練習には明け暮れるものの、自由な時間は今どきの学生生活を謳歌している身分と思われる。

日本は、そういうレベルでU20代表チームの編成が成されていたのだ。
20歳以下という括りは世界基準であるから文句の言いようもないのだが。
その競技強化の仕組み、生活環境、ひいては競技への向き合い方からして海外のトップレベルの20歳以下との大きな違いを痛感させられたのである。

…これでは歯が立たないのも頷けるわけだ。

さて本題に入ろう。

戦後のGHQによる政策や教育基本法によって教育の在り方も大きく変化するところとなり、運動部活動は「教育活動」として位置づけられた。
そして1964年の東京オリンピックの開催をきっかけとして、メダル獲得=勝利のための選手の養成・強化策が後押しするように、運動部活動においても「勝利至上主義」的な色彩が強くなっていったのである。
今でこそスポーツ指導における暴力やハラスメントが露呈し問題となっているが、当時は「勝つためには根性だ」「根性は、スポーツ選手にとって人間形成だ」という指導がまかり通っていた時代だ。

海外のスポーツ活動と比較しても独特な経緯・発展をしてきた運動部活動は、これまでわが国においては、戦後のスポーツの普及や競技力向上に果たしてきた役割は確かに大きい。

一方で、冒頭のラグビーU20のように、学校という枠の中での競技力向上には限界があることも事実なのである。

こうして長らく学校で行われてきた運動部活動であったが、現在ではその持続可能性に大きな問題を露呈してきたのである。

少子化による生徒数の減少は、文科省が公表した2023年度の調査では、全国の小学校の児童数は前年度より10万2000人ほど減って約605万人、中学校の生徒数は2万8000人ほど減って約317万8000人となり、ともに過去最少になっている。
そして運動部活動においては、「時間がなく満足な指導ができない」「競技経験がある教師が不足」など、あわせて部員数の著しい減少から「十分な練習ができない」「学校単独でチームが組めず試合に出られない」などの問題を引き起こしている。

このままでは学校における運動部活動の維持が困難である現状を踏まえ、文科省、スポーツ庁は運動部活動改革に取り組む。

2018年3月には「運動部活動の在り方に関する総合ガイドライン」として、少子化の進展を踏まえた運動部活動の持続可能へのガイドラインがスポーツ庁から示されたことを端に、2022年6月の「提言」、同年12月には「学校部活動及び新たな地域クラブ活動の在り方等に関する総合的なガイドライン」が、スポーツ庁及び文化庁から発せられ、具体的には2023年度から休日の運動部活について段階的に地域に移行、平日については地域の実情に応じて取り組むとされた。

国は、令和5年度予算で全国のスポーツクラブ活動の体制整備事業の予算を約40億円計上、前年度が約15億円であり、大幅な増額をしている。
また、全国の都道府県を通して、200の市区町村に地域連携・地域移行に向けた実証事業を委託、この事業にも約10億円が費やされている。
この委託は、平成3年度が102、4年度は130の市区町村への委託であることから、事業委託についても大幅に増やしてきている。その他も部活動指導員の配置に12億円などを充てていることからも、地域移行に対する本気度がうかがえる。

そして全国各地の拠点校において実践研究が行われ、その研究成果を先行事例として、休日の地域スポーツクラブ活動の全国展開をつなげるとしている。

こうした取り組みでの成果は期待できるところだが、課題も多い。

① 地域での受け皿
移行が想定される地域スポーツ団体とは、市区町村(教育委員会含む)、総合型地域スポーツクラブ、スポーツ少年団、クラブチーム、プロスポーツチーム、競技団体、体育・スポーツ協会、民間事業者、フィットネスジム、大学、地域学校協働本部、PTA・保護者会、同窓会などと多様なものが想定される。

そして、それぞれが運営団体となるのか、実施主体となるのか、両方の役割となるのか、となる。

どこがその運営団体・実施主体となるのかは、都市部と地方の生徒間の受益格差もあり、受け皿としての地域格差も問題となってくる。また地方であっても県庁所在地、政令指定都市、町村の格差もある。

② 指導者、マネジメント人材の確保
外部へ移行することによってまずは適切な指導、安全管理ができる指導者、クラブ運営はこれまでよりは格段にレベルが上がるだろう。なぜなら、学校や地域、自治体、親や家庭、寄付者やスポンサーとの渉外など、幅広いネットワーキングが求められるからである。
当然、指導者には指導が可能となる既存に加えた新たなライセンスや、指導者を目指す者に対する講習体制が必要。そして組織マネジメントが出来る人材。これは現有者から抜擢するか、あるいは外部からの登用が必要となる。
こうして人材が必要となる以上、その財源の確保も大きなテーマとなる。

③ 施設の確保
公共のスポーツ施設、社会教育施設、地域団体・民間事業者が有する施設、地域の中学校、小学校、高等学校の施設、廃校などが想定される。
施設の管理運営については、指定管理者制度や業務委託など。営利目的の施設利用を認めない都道府県や市区町村もあるため、利用が可能となるように制度の見直しや改善が必要となる。

④ 学校、地域との連携
これが極めて重要なポイントとなる。
なぜなら、地域への移行をスムーズに行うには、多くの関係先をスムーズに繋ぎ、それぞれに納得感を持たせる必要があるからである。

⑤ 大会の在り方
これまでの中学校大会など、市区町村の公立学校をベースに実施されてきたものが、学校運動部活の地域移行に伴い図式が変わっていく。移行先とこれまでなった地域スポーツクラブ参加者も全国中学校体育大会の都道府県予選から全国大会まで、個人・団体種目に関わらず参加できるように資格の改訂などが必要であろう。

⑥ 財源
将来に向けて地域におけるスポーツを持続させていくには、運営団体・実施主体の活動を支えていく資金が必要となる。

・会費
これまで学校部活において発生していない費用、指導者の人件費、クラブ等の運営費、施設・会場費などの費用をどう負担させていくかが課題となろう。

・公的資金・補助金・助成金の活用
地域スポーツクラブにおいて参加者が継続的にスポーツを享受できるよう、クラブは財源的な自立が必要である。スポーツを享受できる最低限の権利は、国や行政が保証する必要がある。さらにスポーツの振興にも寄与することから、スポーツくじによる助成なども獲得していかなければならない。

・寄付、スポンサーの獲得
クラブの魅力をアピールすることで多くの賛同者を獲得し、寄付金や協賛金を募ることも必要となる。

⑦ 安全確保~事故・保険
運動活動においてはケガや病気のリスク対応は欠かすことができない。クラブにはスポーツ医科学、メディカル機能の配置も必要となろう。さらに不測の事故等に備えてスポーツ安全保険などの手当ても必要となる。加えて施設や指導等に起因する損害賠償に備える損害保険の手当ても必要である。

⑧ インテグリティ
インテグリティとは、スポーツにおける高潔性・完全性を意味する。
スポーツ現場であるクラブにおいても、暴力、ハラスメント(パワー、セクシャルなど)の排除はもとより、差別や八百長、ドーピングに至るまで、あらゆる脅威を排除するガバナンスがクラブにも求められる。

⑨ 運営~マネジメント
クラブのマネジメントとして、適正な会計、スケジュールの管理、参加メンバーの管理、所有施設や借用施設、競技会場などの管理が必要である。これらの業務を効率的に行うICT活用の検討も必要である。

また、運営に民間がかかわることで、今までの学校経営に無い発想も歓迎されよう。
例えば、新たな体育施設の建設費用の捻出には、民間資金や運営ノウハウが導入できるPFI(Private Finance Initiative)や、地方公共団体が指定する民間事業者等に公の施設の管理を委ねる指定管理者制度などの導入も積極的にアイデアを出していけるとよい。

さて、スポーツが学校体育から地域スポーツへと変革するチャンスとなるだろうか。
限られた選択肢から幅広い選択へ、真の競技力向上への端緒となれるだろうか。

少子化のさらなる伸展により単独校でのチーム編成はますます困難になり、運動部活動の衰退は止めることはできない。さらに行政も本腰で地域移行へ舵を切っていることも踏まえると、運動部活動の現状維持は難しいであろう。

一方で、各地に委託された実証実験では着実に成果も上がっている様子だ。
さらに直近の報道では(2024年10月23日)、スポーツ庁は公立中学校の部活改革に関する有識者会議で、これまで主に休日で進めてきた運動部活動の地域移行について、2026年度から平日でも推進する案を示している。

これからのスポーツの景色を考えてみたい。

運動部活動がこれまでに果たしてきた役割は大きい。
しかし学校単位という、ともすれば限定的な中で、教師の限られた競技経験による高度な指導や外部とのネットワークを活用した厚みのある競技力向上策、生徒の安全の確保などは限界がある。

学校という限定的なスポーツ環境のもと、ともすれば埋もれかねない原石のために、国は、日本スポーツ振興センターを通じて「タレント発掘事業」を行うことで、いわゆる未来のアスリートのオーディションを通じた発掘や他の競技種目への転換などを促進してきた。
また、将来有望なアスリートのためには、「アスリートパスウェイ事業」として、早くから一貫してトップレベルの指導を提供し、その過程も一貫管理し成長までを一元化することもしている。
これらは、原石を埋もれさせない、光り続けさせるために、閉鎖され個々に存在することへ横串を刺す施策である。こうした施策は絶やすことなく、さらにブラッシュアップさせてほしい。

しかしながら、学校部活の沿革やその文化について、その精神文化の根底には1964年東京オリンピックが大きく影響していると前に述べたところである。そのあたりを起点として、我が国のスポーツは、オリンピック至上主義、オリンピック・パラリンピックでいくつメダルを獲得できるかにどうやら偏重してきた感がある。

言わせていただくならば、選択肢、指導、メンバーなど、学校という限られたスポーツ環境で、生徒、指導教師のモチベーションを維持するために、オリンピックという分かり易いテーマで、これまでの数十年をけん引してきた感がある。

学校部活動の地域移行により、多様な関係者の元で、自由な競技選択が可能となり、老若男女が集いスポーツを楽しめるコミュニティー、その中から専門の指導者、医科学的な見地などによりトップアスリートの道への可能性も開かれ、新たなビジネスチャンスが生まれてくるはずだ。いや、そう願っている。

現実には、水泳、体操、サッカー、レスリングなどではすでに地域クラブ化は先行・進行している。
水泳の20歳前後の多くのトップ選手は、身分は大学生だが、その活動は長くスイミングクラブを拠点としているし、サッカーもユースレベルからクラブチームに所属する選手も多い。

日本のスポーツが大きく変わるチャンスである。

ある識者によれば、これは「100年に一度の大変革だ」という。
そしてそれは「学校から民間への新たな開放によるビジネスチャンスの到来」でもある。

…地殻変動が始まる前夜の胎動が感じられる。

 

プロフィール

イノベーションズアイ編集局
広報アドバイザー
腰塚 弘

埼玉県熊谷市出身。1980年3月立教大学卒業。

共栄火災海上保険では1991年から広報。広報課長を経て2001年から2013年まで広報室長。2014年から独立行政法人日本スポーツ振興センターに転じ広報室長。2023年2月退職。

社外活動として、2008年から2012年まで日本ラグビーフットボール協会広報委員長。2009年から2017年まで仙台大学非常勤講師(スポーツ広報論)。

2024年5月よりイノベーションズアイ編集局広報アドバイザー。

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