AIと著作権
1.はじめに
生成AI技術の急速な進歩により、当該技術を利用したサービスが広く利用されており、メディアで報道されない日はないと言って良いほどである。このような状況に伴い、著作権法上の問題が論じられる機会も増加する中、文化審議会著作権分科会法制度小委員会は「AIと著作権に関する考え方について」(以下「考え方」という。)を2024年3月15日に取りまとめ、同19日に開催された文化審議会著作権分科会において報告・公表がなされた。これに先立ち、「考え方」の素案に対するパブリック・コメントが実施されたところ、実に24,938件もの意見が提出されたという。このおびただしい件数からも明らかなように、AIと著作権に関しては、業界団体、企業、研究者、弁護士又は弁理士等の著作権法に関係する人たちにとって非常に関心が高く、かつ、懸念する問題が多いことを窺い知ることができる。「考え方」は、この懸念の解消を求める関係者のニーズに応えるため、生成AIと著作権の関係に関する判例及び裁判例の蓄積がないという現状を踏まえて、生成AIと著作権に関する考え方を整理し、周知すべく、2023年7月の議論開始からわずか8か月程度で取りまとめられたものである。
2.本書の内容
本書は、前記「考え方」の議論と並行する形で執筆及び編纂が進められ、素案に対するパブリック・コメント実施後の2024年2月のタイミングで発行となった。編者及び著者は早稲田大学の上野達弘教授と慶應義塾大学の奥邨弘司教授であり、著者は今村哲也教授、愛知靖之教授、前田健教授、横山久芳教授という実に豪華な執筆陣である。このうち、上野教授と今村教授の2名が「考え方」を検討した前記委員会の委員として名を連ねている。
本書では、AIと著作権に関する論点を「AIによる学習の侵害成否」、「AIによる生成の侵害成否」及び「AI生成物の著作権保護」に分類して考察がなされた。考察にあたっては、前半部分では前記執筆陣による論稿、後半部分では論文執筆陣に谷川和幸教授を加えたメンバーによる座談会、という手法が採られている。
(1-1)AIによる学習の侵害成否
AIによる学習で論点となるのは、著作権法30条の4に規定する「情報解析」(多数の著作物その他の大量の情報から、当該情報を構成する言語、音、影像その他の要素に係る情報を抽出し、比較、分類その他の解析を行うこと)の解釈であることから、「日本における権利制限」(愛知靖之教授執筆)と題して同条を中心に旧47条の7との比較を交えつつ論じられている。また、「情報解析」を明文の規定として世界で初めて導入したのは日本(2009年)であることを踏まえ、その後に導入した欧州の国々等の規定を紹介した上で、その比較対象として日本法の特徴を分析するなどした「諸外国における情報解析規定と日本法」(上野達弘教授執筆)、逆に明文の情報解析規定を持たないアメリカの状況を紹介した「アメリカにおけるフェア・ユース該当性」(奧邨弘司教授執筆)と、各国の状況がバランス良く取り上げた構成となっている。
(1-2)AIによる生成の侵害成否
次に、生成AIが出力したコンテンツが著作権等の侵害に当たらないかどうかという視点で、侵害の構成要件となる「依拠・類似」(奧邨弘司教授執筆)について、専ら依拠性に絞った形で検討がなされている。また、ロクラクⅡ事件最高裁判決(最判平成23年1月20日)を先例として参照しつつ、AI生成物の出力及び利用の主体がどのように判断されるべきか、そして著作物の利用の過程に渉外的な要素が含まれる場合にどの国の法を適用すべきかという問題について、「行為主体と準拠法」(横山久芳教授執筆)と題した考察がなされている。
(1-3)AI生成物の著作権保護
生成AIの具体的な仕組みを踏まえた上で、いかなる関与をした者が著作者たり得、それにより著作物として保護される場合があるのかについて検討した「生成AIの著作物性」(前田健教授執筆)、人間の著作者が存在しない状況で作成されたコンピュータ生成著作物に関する特別な規定があり、一定の要件を満たす場合、著作物の創作に関する手配を行った者をその著作者とみなすイギリス著作権法を紹介した「イギリスの著作権法におけるコンピュータ生成物の保護」(今村哲也教授執筆)で構成されている。
(2)座談会
後半部分の座談会では、前半部分の論稿のテーマをもとに多様な視点からの熱い議論が展開されている。収録は3日間に分けて行われており、紙面全体の約4割を占める分量である。テーマごとに割いた分量を基準に比較した場合、特に「AIによる学習の侵害成否」が盛り上がった印象を受ける。30条の4の解釈については意見が分かれる中、それぞれの主張が丁寧に再現されている。また、「AIによる生成の侵害成否」や「AI生成物の著作権保護」に関しても、講演会における講演後のパネルディスカッションのような役割で、前半部分の論稿だけでは分かりづらい部分の理解を助け、各執筆者が担当したテーマ以外の主張も知ることができて紙面を割くことの有用性を感じた。
4.最後に
奧邨教授が執筆された「はしがき」によると、これまで学会でなされてきた研究の蓄積を踏まえて、現在の問題状況を整理し、専門家のあいだで、どこまでがコンセンサスが得られており、どこから先が今後の検討対象となるのか、AIと著作権に関する研究の「現在地」を世に示すことが本書の企画趣旨であるという。確かに、生成AIと著作権の問題は最近になって議論が始まったものであるが、現在の30条の4に規定する情報解析の問題に関しては平成21年(2009年)改正の対象として当時の47条の7に規定されたものであり、コンピュータが生成する表現の著作物性については30年近く前から研究の蓄積があるという。
また、上野教授が執筆された「序論」によると、現行著作権法制定の直後である1972年には著作権審議会第2小委員会(コンピュータ関係)が設置されており、50年以上も前から著作権法上の議論が繰り返されてきたことになる。このことは、「昨今話題のAIも,そして本書が取り上げる「AIと著作権」という問題も,決して“新しい”ものではない.」という記述に象徴されている。一方で、「時を経ても一貫性ある理論を平静に探究する姿勢の重要性」についての強調もされている。読者にとって本書は、長年蓄積された議論を踏まえ、本書に収録された新たな知見を理解することによって「現在地」を確認し、今後も続くであろう議論を通じてAIと著作権のより良い関係性を探求するための羅針盤になるものと考える。
本書は著作権法に精通した研究者たちによる学術書であり、初学者でなくとも付いていくのが精一杯ではないかと感じる部分も多いが、座談会の輪に入った気になって読めば自分も理解した気になることもでき、実際の座談会と違って何度も繰り返して読むこともできることから、多少背伸びしてでも読んでおく価値があり、著作権法の習得度に関わらず推薦したい1冊である。
令和5年度 日本弁理士会著作権委員会委員
弁理士 髙畑 聖朗
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