第3回
Signs and Premonitions (印と前兆)
パケットファブリック・ジャパン株式会社 ジュリアン
いよいよ、出発前だ。会いたい人に別れを告げる一環で、とある「ギャングスター」と打ち上げに行った。彼の名は「ルード」で、日本人でありながら独特なポイントは、まるで怪獣のように大きな体に刺青の入った顔の持ち主であることだ。
ルードはイメージが極悪なギャングスターでありながらも、俺よりずっと優しいし、倫理がある。彼の家のドアを開けると既に数人が大いに盛り上がっており、ルードの他5人でそこから車に乗って新宿の歌舞伎町へ向かった。ルードは実はアーティストで、天才的なDJだったのだ。小さな車に6人詰め込み全員ノーマスク。多分警察に止められるだろう、このメンツなら。逮捕されるようなこともあり得るだろう、このメンツなら。
新宿の夜の街を車の中から眺めた。皆マスクを着けている。この無表情な人達が歩くのを見ていると、もはや人間に見えない。俺からすればただの物体だ。人間には個性があるはず。同調圧力に屈してしまい、個性を犠牲にしているように見える。胸を張って自分の個性を世の中に向けて主張する、それこそが俺からすれば人間だ。そして、そう反芻している間に突然『ジュリアン』と記された看板を見た。
これは、まさか俺へのメッセージか?この状態で、このタイミング、この時代でこの場所に、たまたま俺を呼び寄せているのか?
歌舞伎町に着いてからルードに事情を説明した。俺は看板に呼ばれたのだと。刺青を入れた顔の持ち主は、まるで俺がとうとうイカれたかの様に「アハハ!OK!」と言った。俺はその場を立ち去り、『ジュリアン』へ向かって歩いた。
記憶は確かではなかったが、何とか店を見つけた。そこはメンズエステだった。さて、風俗は一度も客として利用したことがないが、呼ばれているのだから中に入るしかない。エレベーターを3階に上がった。普通のアパートだ。映画『マトリックス』でキアヌ・リーヴスが予言者を訪問する時の緊張感と、事の展開の意外さが漂う。ピンポンする前に扉が開いた。そこに立っていたのは女性。
中に入ると座らせられる。どうやら女性はベトナム人。女性はサービスメニューを提示したが、俺はまずお茶を出せと主張した。何が何だか分からないこのシチュエーションはお互いを混乱させた。彼女は単に客を欲していたが、俺は何らかの予言を真剣に期待していた。
Vietnam:「マッサージは九千円デス。」
Julian:「九千円?本当か?まさか、性的サービスは含まれてないよね。」
Vietnam:「ソレ何?」
Julian:「んっ、ああ、すいません、余計な質問をして。じゃあ、はい、九千円。」
確実性を求めようとする意欲を抑制し、金を手渡した。いつもこうなんだよなぁ。運命を信じていないと言うか、何事も支配しようとする。しかしここは俺の名が呼ばれたのだから運命に任せるべき。
奥の方へ案内されて、とても九千円の価値があるとは思えないマッサージを受けた。
***
次の奇妙な出来事はその数日後、秋葉原駅の乗り換え時。午前11:30。歩いていたら、杖を持った75歳くらいのじいさんが、俺と目を合わせたら反射神経の様に急に手を突き出してきたのだ!俺はそっとじいさんの手を握りしめた。するとじいさんは、小声で俺の耳にこう呟いた。
Ojiisan:「仏様に心を開きなさい。」
Julian:「はい、僕はそうしようとしています。」
俺の回答に納得しなかったのか、じいさんは呆れた表情で俺に怒りをぶつけた。
Ojiisan:「口だけでは駄目なんだ!」
じいさんのこの指摘に思わず総毛立つ。本当にゾッとした。偶然か、印か?それとも、前兆か?
Julian:「分かりました、ありがとうございます。」
これはまさに俺が今最も必要とする言葉だった。東京の心地良い安全な生活を放棄して無謀な旅に出ると言う直前に、こんな事が起きるとは、偶然にしても奥深い。果たして俺は、じいさんの言葉に沿うような勇気と忍耐を持つことができるのか?それとも自分の欲求と傲慢に屈してしまうのか?
これらの不思議な出来事が相次ぐ中、2020年9月12日に俺は羽田空港からイギリスへ片道の航空券を持って飛び立った。
プロフィール
パケットファブリック・ジャパン株式会社
マーケティング・ストラテジスト ジュリアン
日英ハーフでイギリス育ちのバイリンガル。
営業マン、寿司屋の見習いなどを経て、2015年に東京に移住し、英会話講師兼実業家として新たなキャリアをスタートさせる。
西洋文化や歴史の解説を取り入れたユニークなスタイルの英語レッスンで数多くの日本企業を顧客に持つ他、自身のスーツブランド"LEGENDARY"にてファッション業界にも進出。
2016年よりINAP Japanのマーケティング・ストラテジストとして、グローバルビジネスをサポート。
組織の形式や常識にとらわれない”自由人”として、常に先鋭的な情報を発信しビジネスに新しい発想や刺激を与え続けている。
Webサイト:パケットファブリック・ジャパン株式会社
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