第6回
大陸を覆う、暗雲
パケットファブリック・ジャパン株式会社 ジュリアン
2週間ほどイギリスにいた間天気はずっと晴れだったが、ドーバー湾へ向かうと突然大雨が降り出して本当に大変だった。ロンドンからケント地方を通過する途中で床屋に駆け込み、髪を切ってもらった。床屋の従業員はイラクから来たクルド系の男。ワンカット10ポンドだったけど、特に満足しなかったからチップはあげなかった。重い荷物を自転車に乗せて、冷たい雨の中を走行。ドーバーの近くでアンティーク屋を見つけて、3匹のミンクをそのまま縫い合わせたスカーフを買った。
なんとかドーバーに着いて、ドミノピザを食べながら23時59分発のフェリーを待った。フランスへの出入国管理庁は実はイギリス側にある。日本のパスポートを入国管理官に見せると、彼は驚いた。「こんなコロナの時に自転車でフランスへ行くのか?何故だ?」 と聞かれ、僕は目を輝かせて答えた。「真実を追究する為に行きます。」 と。彼は笑いながら、「そうか。じゃあ真実が分かったら俺達に知らせてくれ。俺らには全くわからないから。」
フェリーの中はイギリスから東ヨーロッパへ戻るトラックの運転手ばかりだった。僕が見た感じだと、イギリスはEUを離脱する準備がまったく整っていない。大型フェリーが満船になるほどトラックが積んであるのに、税関手続きを行うのに必要な設備が一切なかった。フランスのダンカークまでの渡航時間は2時間半だったので、乗船券についてきたディナー券を使ってから寝た(食堂では、なぜかタイカレーが出された)。
ダンカークに着くと再び雨が降り出した。朝3時だ。港の停泊所を出て雨宿りをしていたら警察が現れたが、彼らは僕に用事があったわけではなかった。周囲を見渡すと、50メートルくらい先の草原に人影が見えた。警察官は流暢な英語で、ここら辺には船に潜入してイギリスへ無断で入ろうとする移民がたくさんいるから、草原にいた人達を調べに来たと言う(カメラか何かで監視していたのだろうか)。
人影の方向に向かって僕は自転車で走り出した。近づくと、人影は5つあった。更に近づくと、中東の人たちの風貌が見えた。先ほど話した警官は僕の後について来ていた。ようやく遭遇した5人の中東人、僕、警察官、吠える警察犬は、朝3時の暗闇と雨の中、草原で向かい合った。
中東人たちは英語が喋れたので、僕が警察に状況は大丈夫だと掛け合うと、しばらくの間は警戒していたが、やがて僕と中東人たちを残してその場を離れた。
まるでテレビで見る様なシーン。この人達は本気で船に身を隠し、イギリスへ行こうとしていたのだ。ニュースでは、戦争から逃れてヨーロッパに入ってくる移民の話をたくさん聞いていたから、本物の難民に会えて何だかワクワクした。
中東人たちは既に警官に見つかったため船の偵察は諦めて、僕らは話しながら2㎞ほど、一緒にダンカークの町の方へ歩いた。僕の頭の中には質問がいっぱいあった。彼らは一体どこから来たのか?なぜ母国を離れたのか?何の為にイギリスに行こうとしているのか?中東人の中で最も英語が流暢なモハメド(24才)の回答は意外だった。
モハメドは6年前に母国を離れたイラク北部クルド族の男。ヨーロッパに来た理由は、ただ来たかったからだと。トルコ経由で陸路を通りドイツに入って、しばらくトルコ系のギャングの下で大麻の売人をやっていたが、1kg以上所持していた時に警察に捕まり、1年半刑務所に放り込まれた。更に1年間、精神科医との面談が強制されたと、おもしろがっているように語った。
イラクにお金を送る家族はいるのかと聞いたら、いないと。なぜイギリスへ行きたいのか聞いてみたら、法律がもっと緩いからだと(実はドイツと比べてイギリスの方が厳しいはず)。これを指摘したら、イギリスへ行って生活を安定させたいと答えた。それでも納得できない。ドイツの方がより安定しているはず。これも指摘したらようやく正直な答えをくれた。「ただ行きたいんだ。」と。
ここで出会った中東人たちは実は僕と非常に似ていると思った。冒険をする意欲。それはどの男も共感できると思う。彼らはイラクから西へ向かって旅をしていて、僕はイギリスから日本へと東に向かって旅をしている。険しい道だし、お互い立場は大分違うけど、こうやって人生という冒険で互いの道が交差することで、人種や宗教を超えて人間の本質、冒険を求めずにはいられないという共通点を見つけることができた。もちろん、災難から逃げてきた移民も多いだろうが、人々の動機を個々に聞き出してその人の人生に興味を持つ事で、変な決め付けや、おこがましく余計な哀れんだ扱いをしなくて済む。
しかし雨がいつまで経っても止まない。この頃(2020年10月)の西ヨーロッパはずーっと雲に覆われ、特に天気の悪い秋だった。毎日数分ほどしか日光が差さなかった。それでも前進しなければならないので、1日60㎞、50㎞でもいいからびしょ濡れになってでもベルギーに向かって走った
実を言うと、自転車の旅で一番しんどいことは風。雨は面倒だけど、一応カッパや防水保護で服を守れる。短パンを履いて靴にビニール袋を縛れば靴が濡れないようにできる。しかし向かい風は自転車に乗る楽しみを奪ってしまい、更に力が尽きるし、中々前に進まない。進むにしても、無風状態と比べて倍以上の労力を要する。この頃のヨーロッパは雨も降っていたし、風も強かった、最悪のコンビ。ダンカークに3日ほど待機してから、160㎞離れたヨーロッパ全土の首都とも呼べる、ベルギーのブリュッセルへ向かった。
プロフィール
パケットファブリック・ジャパン株式会社
マーケティング・ストラテジスト ジュリアン
日英ハーフでイギリス育ちのバイリンガル。
営業マン、寿司屋の見習いなどを経て、2015年に東京に移住し、英会話講師兼実業家として新たなキャリアをスタートさせる。
西洋文化や歴史の解説を取り入れたユニークなスタイルの英語レッスンで数多くの日本企業を顧客に持つ他、自身のスーツブランド"LEGENDARY"にてファッション業界にも進出。
2016年よりINAP Japanのマーケティング・ストラテジストとして、グローバルビジネスをサポート。
組織の形式や常識にとらわれない”自由人”として、常に先鋭的な情報を発信しビジネスに新しい発想や刺激を与え続けている。
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