グローバル・コネクター

第78回

「変えたいならチャレンジ」前田謙一郎さん

ピーエムグローバル株式会社  木暮 知之

 

さまざまな分野で活躍する方にお話を伺うインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは欧米の自動車会社のマーケティング部門などで活躍し、現在はコンサルティング会社「Undertones Consulting(アンダートーンズ・コンサルティング)」で代表を務める前田謙一郎さんです。(写真はいずれも本人提供)

木暮 小学生の頃から外国の方との接点があったそうですね。

前田 広島の田舎で育ったのですが、母が英語を教えていたこともあり、外国人のホームステイ先もやっていたんです。自宅に帰ると米国や南アジアなどの人たちと顔を合わせる環境でした。客観的に見れば刺激的なのですが、当時は小学生で普通に状況を受け入れていました。今思えば、広島から上京して世界に行きたい、という原点だったような気がします。 

木暮 海外に行かれたのは進学先の影響ですか。 

前田 学生時代に熱中しインターハイや全日本に出場した卓球で進路を選ぶ道もありましたが、一般受験をして東京の私大に進みました。キャンパスには英語で自然に会話をする帰国子女が多いのに、自分は英語が使えないことに焦りを感じ、夏休みなどを利用して英国へ語学留学するようになりました。ただ、本当に勉強したのは米国に1年ほど交換留学した時です。大学バスケットボールが盛んな東海岸の学校で日本からは初の留学生。米国人学生ばかりでとても鍛えられました。 卒業後はオランダに渡ってインターンをしました。その後はベルギーで日本のトヨタと富士通の合弁会社でナビゲーションの営業やマーケティングの仕事をして、欧州で合計7年ぐらい働きました。 

木暮 マーケティングとの出会いはそこから。 

前田 学生時代から続けていたバンド活動にも未練があって、ベルギーから帰国してしばらくライブ活動をしながら音楽の道を模索していたんです。周りが結婚して家庭を持つようになるのを見て真面目に働こうと思っていた時期にアウディへ転職し、プロダクトマーケティングをやっていました。欧州在住時にはドイツのデュッセルドルフ本社にもよく行っていたため、ドイツ系企業や文化の中では個人的に仕事がしやすく感じます。 

木暮 ドイツの方と何度もプロジェクトをしたことがあるので、その感覚は分かる気がします。物事を細かく詰めるのが得意だったり「根回し」もあったりします。 

前田 根回しもそうですし、忖度(そんたく)もかなりある印象を持ちました。 

木暮 忖度するのは日本人だけではないですよね。外国企業のそうした「忖度カルチャー」に戸惑いは無かったんですか。 

前田 ドイツ流の忖度、という感じです。アウディで4年ほど働いた後、ジャガー・ランドローバーに転職しました。良い会社だったのですが、米テスラでマーケティング全体の仕事をするチャンスがあり、1年半ぐらいで移りました。今でこそ注目されるようになりましたが、当時は「EVは売れない」「今にも潰れそうな会社へ行ってどうするんだ」と心配する人がほとんど。冷ややかな目で見られていました。 

木暮 でも「なんだか良さそうだ」と思った。 

前田 全く新しいことをやりたいチャレンジャーがたくさんいる会社で、イーロン・マスクの下で働けるということに魅力を感じて。現状維持というのが最も苦手で、コンサバティブ(保守的)な人ともあまり馬が合わない。オープンになってくれない人にはイライラするタイプなんです。その点、テスラはすごく明快で、ほとんどの米国人はイエスとノーがはっきりしている。忖度もありません。やると決めたら勢いよく合理的に進める。それが良かったんです。自己矛盾かもしれませんが、よく理解しているのは「欧州カルチャー」なのですが、自分に合うのは米国の会社、という感じがします。 

木暮 テスラは自動車とITの中間に位置するような会社ですね。 

前田 テクノロジー寄りのカルチャーが好きなんですね。テスラはとてもフラットな組織で、当時は上司に日本のカントリーディレクターがいて、その上はグローバルの営業ヘッドとイーロン・マスクだけです。組織はオープンで、プロセスも何も無かったので、自分で仕事を見つけないといけない。引き継ぎも無し。参画するなり「じゃあマーケよろしく」という感じでした。さあ何をやろうかな、と自分で決めて進めていく。新しいことをやっているという気概があって面白かったですね。 

木暮 自分で考えたことができる環境があったわけですから、すごくラッキーだったとも言えますね。どんな仕事をされたんですか。 

前田 地道に日本でテスラのミッション(企業理念)やEVを伝えることのほか、メディアとのリレーション作りから始めました。日本の自動車業界はメディアの影響力が大きいので、メディア向けのイベントや試乗会をやったり、テスラの認知度をアップする活動をしていました。当時のテスラはまだ人がそろっていなかったので、リテール開発やUI(ユーザーインターフェース)のローカライゼーション、繁忙期には納車もやりました。テスラは小さいブランドですから、マーケティングでも全機能を担当できるわけでイベントからPR、デジタルまで全部を見ることができる良い経験になりました。

意思決定プロセスの違い

木暮 貴重な経験ですね。そこでも転機が。 

前田 初代「モデル3」の日本での立ち上げが落ち着いた頃に、ドイツのポルシェから連絡がありました。ポルシェ初のEV「タイカン」を日本で立ち上げるにあたって、テスラでのEV経験があり、欧州の知見もある人を探していたようです。ドイツ本国との面接を何度か行い入社しました。当時のフォルクスワーゲングループで会長を務めていたヘルベルト・ディース氏が強力にラインナップの電動化を進めていて、ポルシェはグループの最高峰ブランドであり、やりがいがありそうだと思いました。日本でも良いブランドではあるんですけど、あえて言うと「品の良いオジサンが乗るクルマ」という古臭いブランドイメージが付きつつあった。そこも再度スポーツカーブランドに変えようと。 

木暮 大谷翔平選手をアンバサダーに起用したのも記憶に新しいですね。 

前田 私が実際に契約を結んできたのですが、ブランドとしては最高のパートナーではないかと思います。日本ではポルシェが出すEVということで「タイカン」への評価は今ひとつでした。いかにその先入観を変えて、ポルシェの電動化された魂を伝えるか。どうしようかと思っていたら、大谷選手がポルシェに興味を持っているという情報が入ってきました。そこから交渉が始まるんです。その過程も面白くて。私は代理店を使っていなかったので、大谷選手サイドに直接コンタクトします。凄腕のメジャーリーグ代理人として知られるネズ・バレロ氏とも折衝するんですけれど、彼らとの交渉はとても勉強になりました。振り返ると、全米屈指の敏腕代理人の彼と対峙して契約の話をするなんて滅多に出来ないわけですから、すごく貴重な体験だったなと思いますね。締結の際も、3日くらいに前に連絡があって、ロサンゼルスの現地ディーラーに大谷選手を呼ぶから契約に来てくれと。すぐに飛んで行きました。そして1カ月後には代理人から「大谷さんの時間が45分間ある」と呼び出されて急遽、現地まで自分たちで衣装を手持ちして写真撮影をしました。 

ポルシェのEV「タイカン」と並ぶ大谷翔平選手(左)と前田さん


木暮 45分間だけとは。仕切る側もすごいです。 

前田 もちろん多くのスポンサーを抱える大谷選手の時間は貴重です。彼をCMで起用する他の大手日本企業だったら、広告代理店など関係者を含め100人規模で撮影するんでしょうが、こちらは部下とカメラマン・アシスタントを入れて4人で臨み、撮影陣は現地クルーを雇いました。 

木暮 契約で難しかったことはありましたか。 

前田 ドイツ本社を説得することですね。ドイツ人は野球になじみがないですから、もう根回しですよ。ドイツ本社のCMO(最高マーケティング責任者)や取締役にも、日本での野球人気や歴史を伝えるプレゼンをしました。 

木暮 海外でも「根回し」が大切というのは、意外に感じる読者も多いかもしれません。根回しの重要性は僕にも強い実感があります。トップダウン型が多い米国企業と違って、欧州の会社はトップダウンで決まることはほぼ無いですよね。 

前田 テスラにいたときは、イーロン・マスクがSNSで発信した瞬間から、周りがそれに合わせて動き始めるイメージです。ソフトウエア・アップデートの方針が発信されると、そこからローカライゼーションやEメールの配信が始まる、という感じの動き方です。個人的にはその方が好きなのですが、ポルシェは意思決定のプロセスが違っていました。 

木暮 スピード感の違いですね。大企業の課題かもしれません。両極端なカルチャーの企業を渡り歩いたんですね。 

前田 そうですね。変わり身、適応能力は高いと思います。いま自動車業界の講演に来てくださる方が最も関心があるのはテスラです。テクノロジーだけでなく株価やカルチャーの話なども熱心に聞かれますから、興味があるんだろうなと思って。講演会で彼らから出る質問を通じて感じるのは、日本企業で悶々(もんもん)としながら働くより自分の可能性を信じて一発当てたい、もっとキャリアアップしたい、と思っている方もいるということです。そういう方はチャレンジすればいいと思いますね。 

木暮 企業という「ブランド」を気にして二の足を踏んでいる人はいるかもしれません。僕が会社を興して良かったと思うのは、「○○社の人」と言われなくなったこと。会社の看板を背負っていないことが分かったことです。個々のビジネスパーソンとしてお互いに付き合っているからなんですね。 

前田 本当に同感です。ポルシェ時代に知り合ったファッション業界やインフルエンサーの方々と交流すると、名刺に企業名が付いていないことがほとんどです。最終的には、誰もがそういうふうになれるのが理想かなと思います。おかげさまで今は記事でいろんなことを書いたり、講演でしゃべったり、コンサルティングの依頼を受けることができます。企業勤めの時には分からなかったことをたくさん学べています。 

木暮 率直に話したり、かみ砕いて説明されたりして人が集まるのでしょうね。講演には啓発的な要素もありそうですね。 

前田 人助け的かもしれません。趣味みたいな感じになっていますね。 

木暮 今後は特にどういったことをしたいですか。 

前田 マーケティングやブランディング、自動車分野では電動化など、日本で同じような悩みを抱えている企業のお手伝いをしたいです。外資系企業や海外に長くいたこともあって、グローバルな視点のインサイトもありますし、同時に日本人として国内企業の成長の手助けをしたいという気持ちがあります。また、日本の若者は海外と比べると、のんびりしているのが気になります。私の経験を何かの形で彼らに還元したいですね。(おわり) 

前田謙一郎さんについては当社のFacebookでもご紹介しております。ぜひご覧ください。

 

プロフィール

ピーエムグローバル株式会社

グローバルなビジネス環境で今まで以上に高品質なプロジェクトマネジメントを必要とされる全てのお客様のために、プロジェクトを推進し成功させるための環境づくりを総合的にサポートします。また、マネジメントのパートナーとして現場の視点と経営の視点を併せ持った課題の発見、およびその対策としての戦略策定をご提案します。

【サービスメニュー】
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プロジェクトマネージャーのトレーニング
セミナー「グローバル・コネクター」の開催・運営
グローバル人材の育成
海外拠点の現地社員育成
インドニュースの配信・出版
ニュース配信サイトの運営
海外進出コンサルティング
Webサイト:ピーエムグローバル株式会社

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