第64回
「情報を体系化する」鈴木隆太郎さん
ピーエムグローバル株式会社 木暮 知之
さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストはパリを拠点に活動するピアニストの鈴木隆太郎さんです。(写真はいずれも本人提供)
木暮 クラシック音楽が身近にあるご家庭だったのですか。
鈴木 両親の数少ない共通の趣味がクラシック音楽の鑑賞。日曜夜のテレビ番組「N響アワー」を親子で見ていました。物心がつく頃はバイオリン奏者に憧れていて、ラップの芯などで楽器を模したものを抱えて演奏のまねをしていたようです。演奏家で知り合いがいたのでピアノを習うことになりました。始めたのは3~4歳からですが、かなり楽しかったという記憶はあります。ピアノの先生のご自宅の様子も鮮明に覚えています。
木暮 良いスタートでしたね。
鈴木 次に教わった先生も自由にさせてくれました。最初の先生の所では練習のご褒美として用意されていたオヤツには目もくれず演奏していたそうですし、一貫して音楽が好きだったということでしょうね。人に教える立場になってから分かったのですが、音楽が好きというのは特に初心者にとっては、すごく大事なことです。「無理に練習は続けさせない」という母の教育方針も私にとっては良かったんだと思います。
木暮 小学生の時に全国コンクールで1位。その後は中高一貫の進学校に。
鈴木 中学2年の時に出た国内コンクールに、のちに師となるブルーノ・リグットさんがゲスト審査員として参加されていました。そこで彼が一番高い点数で演奏を評価してくれた。それ以来、彼の音楽を聞いたり、来日するたびに知り合いを通じて交流するようになりました。勉強との両立が難しい時期もありましたが、細々とピアノを続けていました。
木暮 同級生は大学に進学する中、1人だけフランスへ。
鈴木 自由な校風もあって、ピアノ一筋の学生生活というわけでもなく、ピアノを理由に学業をおろそかにしようという考えもありません。進路指導の先生にはごく自然にフランスのピアノ学校へ行くことを伝えました。先日も高校当時の先生方に会う機会があったのですが、ある先生からは「まさかフランスに渡ってピアニストを目指していたとは気付かなかった」と言われました。ピアノに力を入れていることをもっと強調していたら、かえって周りから意識されて居心地が悪くなっていたかもしれませんね。
木暮 18歳でパリ国立高等音楽院の門をたたきます。
鈴木 まさに「井の中の蛙」でした。当たり前ですよね。そういう連中が集まる学校ですから。学年も年齢も関係なし。周りに圧倒される感じでしたが、師事した先生を信じて、授業に必死でついていきました。
木暮 1日にどのくらい練習するのですか。
鈴木 フランス語が一定基準に達しないと入学が取り消される仕組みになっていましたし、ピアニストを目指して留学したといっても座学も多かった。ピアノ漬けの生活というわけではなく、語学学校にも行ったりしながら合間を縫って毎日5時間ほど弾いていました。それにリグットさんから「日本人で仲間を作るのは生活には便利だけれど、現地に溶け込みにくくなってしまう。できるなら私の授業ではフランス人と積極的に交流しなさい」と最初にアドバイスをもらっていました。日本人同士でつるんでしまい、言葉が上達しない人たちを見ていたんでしょう。
木暮 海外生活の心構えとして、あらかじめ教えてもらえたんですね。
鈴木 彼とはこんなエピソードもあります。「クリスマスパーティーを企画したから来なさい」と呼ばれて出向くと、会場のレストランには顔見知りの教授陣や先輩方などクラスの関係者が一堂に会していました。しばらくすると「私たちはここで失礼するから、あとはみんなで飲みなさい」と言い残して会場を後に。その後は学生同士で自由に交流させていました。初めて会う人ともおしゃべりが弾みました。お酒もかなり減っていた気がします。
木暮 どんな話をするんですか。
鈴木 ピアノや演奏の話だけだと会話はそれほど盛り上がらず、音楽談義に花が咲く、とはいかない。相手は将来ライバルになるかもしれない存在ですから、お互いに主張しすぎないように自分をセーブしながら話すんですね。出身地や家族関係といったプライベートな話題では、心理的な距離感が近づいたのを覚えています。
木暮 クラスメートはフランス人のみ。日本人との違いを感じたことありましたか。
鈴木 当時はほとんど意識していませんでした。それまで日本しか知りませんでしたので、フランスで身の回りに起きることはありのまま、すべて「こういうものなんだ」とその自然に受け止めることができていました。その結果として視野が広がって、自分と全く違うバックグラウンドがあり、異なる「常識」を持つ人たちがいることが分かってくる。その常識が正しいかどうかは関係なく、彼らの存在を容認することがすごく大事だと感じました。それは本当にいいことだったと思っています。ただ、フランスに長くいるとだんだん母国の欠点が気になり始めるんです。
木暮 分かります。僕も10代半ばに米国の高校から帰国した当初は日本に違和感を覚えることもありました。
鈴木 その後、仕事の依頼が入るようになってパリでの生活が10年以上に及ぶようになると今度は日本の良い所に気付く。一方でフランスに対して批判的になる部分も出てくるんですね。今はグローバルな視点で総合的に物事を見られるようになったと思っています。
木暮 スランプに悩んだこともあったそうですね。
鈴木 留学2年目でしょうか。方向性に疑問を感じ始めた時期がありました。高校の当時のクラスメートの進路先に関する話題が耳に入る中で、自分はただ先生から指摘されたことをそのままやっているのではないかという感じがして。留学して2~3年やって芽が出そうになかったら帰国しようとも思いました。その後に幸運な出会いがありました。後任の教授が具体的に音楽をどんどん作り上げていく方で素晴らしかった。そのメソッドを習うことで主体的に考えることができ「これは僕の職業だ。ピアニストとしてやっていける」と初めて自信が持てました。それぞれの流派を体得するのも学習のひとつですが、クラシック音楽には「楽譜」という数百年の歴史を持つ普遍的な情報がある。それを基に演奏家がどう弾くか、ということに尽きるのではないかと思います。手法や伝統の存在は認めつつも、理由や裏付けを持って体系化して演奏する。それが自信につながるんです。
木暮 理論立てて考えたり、体系化したりするのは難しいが大事。生み出さない限り自分なりの論理は存在しないですからね。
積極性を信じて
木暮 自分の音楽として何か強調していることはありますか。
鈴木 譜面と自分が表現したい部分の「振れ幅」については気にしますが、ライブの醍醐味のひとつは、演奏への感じ方がその日の体調や気分で変わることです。何らかのイメージを先に与えてしまうと、お客さまは自分の聞き方がそれに合致するかが気になって感動できなくなることがあります。歌には詞があるように音楽にメッセージや方向性があることは否定しません。ただし、ピアノは譜面の音だけ。大切にしたいのは楽譜そのものと私が感じるところの2つです。
木暮 いろいろな受け止め方があって当然。
鈴木 そうです。物事の正誤はその社会が共有する「常識」の上に成り立っている。留学した当初は、そうした「常識」と自分の表現方法がマッチしているのかを意識し過ぎていました。次第にそうした迷いがなくなり、大事なのは自分の感情なのだと思うようになりました。音楽院に入ったばかりのフランス人の学生の演奏を今でも聞く機会があるのですが、音楽は粗削りだが魅力的。彼らにとって演奏は「自分そのもの」でなければならない。仕事をつかむときも積極的で、いかに自分が人と違うかをアピールします。私も舞台の上では自分を完全に出します。とはいっても、仕事で来日したときは周りに気を配ったりして人間関係を壊さないようしますね。
木暮 芸術性への探求だけでなく、リサイタルなどの認知を高める活動も積極的にされているようですね。
鈴木 こうした活動は非常に大事だと思っています。以前、それまで弾いたことのないショパンのコンチェルトへの打診があった時「できます」と即答したことがありました。開催は半年後。「ここで二の足を踏んだら、この仕事は来ない。本番まで時間もあるし弾けるだろう」と引き受けました。仮に失敗しても自分の責任として次の機会を目指せるコンクールとは違って、演奏会では悪い評判が立つと次の仕事が来なくなります。この場合、曲の流れについては把握していましたし、やることは分かります。練習だけです。
木暮 シビアな世界ですね。業界の関係者とのコミュニケーションで気を付けていることはありますか。
鈴木 演奏そのものだけでなく、いろいろな場所に行けて、そこでさまざまな人と触れ合えるのが公演の醍醐味です。その時に大事なのは、そこで誰とどのように過ごすか。同じ時間なら楽しい人と一緒にいる方が良いですね。
木暮 今後の目標を教えてください。
鈴木 抽象的かもしれませんが、幸せに生きることです。ありがたいことに、やりたいことでお金を稼げている。演奏している瞬間はいつも楽しい。楽観的なんですね。(おわり)
鈴木隆太郎さんについては当社のFacebookでもご紹介しております。ぜひご覧ください。
※鈴木さんの演奏会情報
・2022年10月21日(金) 11時より文京シビックホール・小ホールにて(詳細はこちら)
・2022年11月2日(水)開演時間未定、渋谷・ムジカ―ザにて
プロフィール
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「外国の方とのビジネスやコミュニケーションに悩まれたことはありませんか?
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