第67回
「ビジョンを伝える」中村勝裕さん
ピーエムグローバル株式会社 木暮 知之
さまざまな分野で活躍する方にお話をうかがうインタビュー「グローバル・コネクター®」。今回のゲストは外資系食品メーカーから人材育成業界に転職。コンサルタントを経て現在は東南アジアを拠点にサービスを展開する人事コンサルティング会社「Asian Identity(アジアン・アイデンティティ)」の代表を務める中村勝裕さんです。
木暮 上京するまで海外とは全く縁がなかったそうですね。憧れがあったとか。
中村 愛知県の漁師町で生まれ育ちました。今は中部国際空港がありますが、当時はまだありませんでした。高校時代の英語の先生が熱心な方でその方に影響され、英語が流暢に使えるようになりたいと思ってラジオ講座を聞き続ける毎日でした。
木暮 大学ではドイツ語を専攻されています。
中村 英語はどのみち勉強するしかないなあと思って、あえてほかの言語を研究したいと思いました。クラシック音楽がかなり好きだったので、ドイツ語に興味を持ちました。大学時代はドイツ語を生かしてNHK語学講座で番組のアシスタントディレクターとして出演者にカンペ(進行指示)を見せたり、ドイツ語の文字起こしをやったりしました。
木暮 本格的な仕事ですね。大学からドイツ語を選ばれ、学生生活ではドイツ人と直接を話すなど周りの環境が変わってきた。
中村 在学時にはドイツ・ミュンヘンに短期留学もできました。驚いたのは教会で毎日ワンコインの料金で聞けるクラシック音楽の演奏会が開催されていることでした。聴衆の反応も日本とは違う。小さい頃から音楽の聞き方が自然な形で染みこんでいる。それが文化なんだなと思いました。
木暮 ご自身でも楽器は?
中村 クラシックギターを弾きます。在学中は弦楽四重奏をクラシックギターに編曲した演奏をしたり、先生に習って指揮のレッスンを受けたりもしました。いま思うと指揮法は経営者の意識につながる部分があるんです。
木暮 指揮者の経験が経営者と関係する?
中村 どちらも「ビジョンを伝える」のが大事なんです。同じ楽譜を扱っても、指揮者と演奏団体によって表現は異なる。つまり楽譜から読み取っている「ストーリー」がそれぞれ違うわけです。指揮者は、演者が同じ情景を思い浮かべやすいように演奏に息を吹き込む。指揮者の伝え方次第で、演奏は格段に変わります。経営でいうと「モノを売るのではなく、ストーリーを売る」という考え方に通じますよね。例えば、コーヒーカップを売るのではなくて、コーヒーカップが作られたときの思いを語る。そうすれば社員のエンゲージメント(関わり)も変わります。当時は理解できていませんでしたが、音符にストーリーを込めることが大事だったんですね。
木暮 確かにそうですね。
中村 もうひとつの共通点は人の動かし方です。練習を休みがちの仲間に「君がいないと困る」と伝えて誘ったり、チームワークを作るのも指揮者の仕事です。面白いのは、音楽がハモるのは演奏中にお互いの音を聞いているときなんです。ほかの演奏者とアイコンタクトすることで一体感が出る。指揮者だけ見るのも良くないんです。仕事上のチームワークも同じですね。
木暮 振り返ってみると気付くことがありますよね。
中村 はい。当時はそうした深さに気づいていたわけではありませんでした。後から内省し、振り返ることでより深い意味に気付ける。経験を積むことで解釈する力が上がっているからだと思います。そうやって内省を通じて成長していくことが大事だと思います。
シンガポールで開眼
木暮 大学卒業後は世界的な食品メーカーに就職されていますね。
中村 語学力を生かし世界で活躍したいという思いで入社しました。国内の商習慣などに戸惑うこともあったものの、ビジネスの基礎を学べる貴重な経験でした。 やがてもっと仕事を通じて自己表現をしたいという思いが募り、人事組織コンサルティングを行うベンチャー起業に転職しました。当時はベンチャーの波が押し寄せていて、入社した会社も勢いがあり、自分に合っている職場だなと思いました。人間的なコミュニケーションと論理的なコミュニケーションがベースになっていて、本音で話す文化がありました。
木暮 ビジネススクールなどを展開する会社に移籍します。
中村 仕事は充実していましたが30歳になり、英語を使う機会をもう1度持ちたいという思いがあり転職しました。入社後はシンガポール法人の立ち上げメンバーに選んでいただいて、海外勤務の道が開けました。
木暮 それまで蓄積していた思いが解放されたのでは?
中村 そうですね。現地でネットワークを広げたり、いろんなものをゼロから作っていく仕事が非常に楽しかったです。シンガポールは外国人にとてもオープンな国で、規制などが少なくビジネスが思いきりできる土地柄だったこともあり、初任地としては最適な環境だったと思います。
木暮 シンガポールでの経験が現在のお仕事のきっかけにもなったとか。
中村 現地でのチャレンジを楽しんでいましたが人事異動で帰任することになりました。ただ、ゼロからビジネスを立ち上げていく楽しさがどうしても忘れられませんでした。物おじしない積極的な態度を現地の人から「日本人らしくないね」「You are a new Japanese.(君は“新日本人”だ)」と言われたときは感慨深いものがありましたし、自分がやるべきことがここにあるのではないかと思いました。
木暮 従来の日本人とは違うと見られた。
中村 世界で勝負する日本人の1人として「海外で挑戦することを通じて日本人のプレゼンスを高めたい」と思うようになってもいました。
ハーモニーを作る
木暮 タイに拠点を作ります。
中村 シンガポール赴任時代から、タイも頻繁に訪れていました。日本とタイは歴史的にはとても良好な関係ですが、一方で独特な文化と言語が理由となって、日系企業の組織ではタイ人との関係がうまくいっていないケースが散見されました。中にはそれが何十年も続いていることもあった。衝撃を受けましたが「溝を埋めるためになんとかしたい」と思ったんです。
木暮 どう解決したのですか。
中村 お互いの本音を言える「対話」の場を作りました。日本人の経営トップに会社に対する思いやビジョンを語ってもらう。普段は言語の問題やコミュニケーション不足が理由でそうした思いは意外と伝わっていません。同様にタイ人にも自分の思いを伝えてもらう。心を開いてお互いの思いを交換することで相互理解ができ、ハーモニーが生まれる。
木暮 どんなときでしょう。
中村 車座になったり、ペアワークで話す中で「きょうは本音を話せる」という空気が広がります。タイの参加者から「昔は良い会社だったが、この数年は変わってしまった」「こういう場がもっとあれば、辞めずに済んだ人がたくさんいた」といった本音が出ます。日本人経営者も「そういう意見が聞きたかった。今までそれに向き合えなくて反省している」という素直な感想が出る。心がつながった瞬間でもあります。
木暮 素敵な仕事ですね。
中村 美しい時間です。いつもうまくいくとは限りませんけどね。ただ組織の関係性というのは、往々にして「ボタンの掛け違い」が起きているだけなんです。タイには企業ロゴの入ったポロシャツを作るなど勤務先に愛着のある人は多い。所属組織にアイデンティティーを重ねる国民性だと思います。反面、会社への情熱がある分、気持ちが離れるときの反応も大きい。そうした特性は昔の日本人に似ていると思います。
木暮 うまくいっている組織に共通するものはありますか。
中村 社員が企業理念を深く理解している組織は強いです。タイ企業の中にもミャンマー出身者など外国人が増え、アジアの経営はどんどんボーダーレスになっています。そうした中では共通のコンテクスト(文脈)がないと組織はバラバラになりやすい。思いやストーリーが込められた企業理念を繰り返し語り、対話しあう習慣を作ることが大事です。この行為は、1度で完結するものではなく、植物の水やりのように定期的に行わなくてはいけません。
木暮 今後は?
中村 コンサルティング会社は、言行不一致ではいけないと思っています。それゆえ「Show by example(範を示す)」ことを常に意識する会社でありたい。まずはメンバーとともに、自分たちが「アジアにおける良い組織のあり方」を体現することで、マーケットにメッセージを送り続けます。起業家としては、現場を大事にしてクライアントのリアルな悩みに常に寄り添えるようなコンサルタントでいたいです。ビジネスとしては、特定の要望に寄り添った「個別性」を提供する一方、多くの人に当てはまる「再現性」とのバランスをとったハイブリッド型を重視しながら、事業ポートフォリオを組んで広げていきたい。最終的にはすべてリーダーの姿勢次第だと思っています。組織には必ず衝突や摩擦が生まれます。摩擦とは、ものの見方の違いによって起きます。リーダーが柔軟に視点を変えながら問題に対応できるか。組織に存在するさまざまな「違い」に尊敬と感謝の念を持てるかが重要です。(おわり)
中村勝裕さんについては当社のFacebookでもご紹介しております。ぜひご覧ください。
プロフィール
グローバルなビジネス環境で今まで以上に高品質なプロジェクトマネジメントを必要とされる全てのお客様のために、プロジェクトを推進し成功させるための環境づくりを総合的にサポートします。また、マネジメントのパートナーとして現場の視点と経営の視点を併せ持った課題の発見、およびその対策としての戦略策定をご提案します。
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海外進出コンサルティング
Webサイト:ピーエムグローバル株式会社
「外国の方とのビジネスやコミュニケーションに悩まれたことはありませんか?
ギクシャクしたり、思ったほど相手との距離が縮まらなかったり。英語だけの問題ではないのでは?
『ガイバナ』では、英会話自体にフォーカスするのではなく、英語が苦手な方でも、一歩踏み出してコミュニケーションの場を明るくする、キラリと光るエッセンスをお届けします。エピソード後半に、覚えてほしいキラリフレーズをご紹介しています。
「ガイバナ」ポッドキャストはこちらから
ガイバナ@Line: @315pjfpo」
- 第77回 「みんなで決めたらやり遂げる」甲斐ラースさん
- 第76回 「ひとつずつクリアする」大渕愛子さん
- 第75回 「国内・海外の共通言語はコミュニケーション力」駒井愼二さん
- 第74回 「相手に合わせたロジックを」福田勝さん
- 第73回 「強みを生かす」亀井貴司さん
- 第72回 「現状に疑問を持つ」アミヤ・サディキさん
- 第71回 「任せたら自由にさせる」竹内新さん
- 第70回 「正しいあうんの呼吸を」村瀬俊朗さん
- 第69回 「ほかにない価値を」金城誠さん
- 第68回 「素早く対応する」柏田剛介さん
- 第67回 「ビジョンを伝える」中村勝裕さん
- 第66回 「歴史を学ぼう」磯部功治さん
- 第65回 「多少の自信と歯切れの良さと」島原智子さん
- 第64回 「情報を体系化する」鈴木隆太郎さん
- 第63回 「メッセージを明確に」岩本修さん
- 第62回 「上司もホウ・レン・ソウ」高橋裕幸さん
- 第61回 「自分を肯定する」前川裕奈さん
- 第60回 「状況を掘り下げて原因を探す」寺島周一さん
- 第59回 「信頼と共感の空気をつくる」蔭山幸司さん
- 第58回 「一緒に楽しむと続けられる」草木佳大さん
- 第57回 「7割の見込みを信じる」吉元大さん
- 第56回 「意見をありがたく聞く」室井麻希さん
- 第55回 「常に学び・成長できる環境に身を置く」門田進一郎さん
- 第54回 「目の前の人との関係を大事に」岡田昇さん
- 第53回 「意見を聞いてから主張を調整する」大橋譲さん
- 第52回 「頼れる存在に任せる」ケビン・クラフトさん
- 第51回 「要望の背景も話す」堀田卓哉さん
- 第50回 「素直に聞く度量を」山田剛さん
- 第49回 「奇妙な日本人を自覚する」村上淳也さん
- 第48回 「信頼にめりはりを」二階堂パサナさん
- 第47回 「俯瞰(ふかん)して眺める」エドワード・ヘイムスさん
- 第46回 「丁寧さが評価される」ブレケル・オスカルさん
- 第45回 「個と向き合う」吉野哲仁さん
- 第44回 「事実に焦点を当てる」中村敏也さん
- 第43回 「現場に顔を出す」深井芽里さん
- 第42回 「状況を楽しむ」飯沼ミチエさん
- 第41回 「人生を楽しむ“絶対的価値観”を」小川貴一郎さん
- 第40回 「少ない言葉でも伝わる」アレン・パーカーさん
- 第39回 「ポジティブは伝染する」川平慈英さん
- 第38回 「自分で考える人に」野田純さん
- 第37回 「常にフェアであれ」忍足謙朗さん
- 第36回 「相手の価値観を包み込む」神原咲子さん
- 第35回 「直接得る情報を大事に」ネルソン水嶋さん
- 第34回 「相手のルールを早く知る」杉窪章匡さん
- 第33回 「意見を受け入れて試してみる」鈴木皓矢さん /「ノーと言われてもあきらめない」林祥太郎さん
- 第32回 「技術を尖(とが)らせる」稲垣裕行さん
- 第31回 「自分でやってみる」佐々木英之さん/「やる気のエネルギーを信じる」白井良さん
- 第30回 「リフレッシュ方法を見つける」大野均さん
- 第29回 「英語はメールから始めよう」岡田陽二さん
- 第28回 「逃げずに向き合う」矢野浩一さん
- 第27回 「相手に合わせた伝え方を」松田励さん
- 第26回 「ゴールを共有する」多島洋如さん
- 第25回 「考え方は変えられる」小森谷朋子さん
- 第24回 「相手が話しやすいテーマで心をつかむ」増山健さん
- 第23回 「どうしたいかで生きればいい」佐藤みよ子さん
- 第22回 「伝わる話題を探す」石井陽介さん
- 第21回 「話をよく聞いて信頼してもらう」我謝京子さん
- 第20回 「ギブアンドテイクの視点で」北尾敬介さん
- 第19回 「組織はファミリー」中沢宏行さん
- 第18回 「1人のスーパーマンよりチームワーク」前澤正利さん
- 第17回 「多様なメンバーが強い組織を生む」竹田綾夏さん
- 第16回 「ビジョンを共有する」マックス市川さん
- 第15回 「同じ人間として対等に話す」浦川明典さん
- 第14回 「会話は敬語、メールは気配り」イムラン・スィディキさん
- 第13回 「思い込みを捨てる」羽田賀恵さん
- 第12回 「うじうじ考えてないでサッサやるだけよ」本多士郎さん
- 第11回 「批判だけでは前に進まない」チャンダー・メヘラさん
- 第10回 「実績を示せば耳を傾けてもらえる」朝野徹さん
- 第9回 「シナジーをいかに引き起こすか」髙谷晃さん
- 第8回 「交渉は役割分担と演出で」新谷誠さん
- 第7回 「相手のプライドを土足で汚さない」佐藤知一さん
- 第6回 「気持ちが入っていないと、いい仕事はできない」 森本容子さん
- 第5回 「知る、理解する、好きになる、の順で」原田幸之介さん
- 第4回 「人に会って信頼できるネットワークをつくる」齊藤整さん
- 第3回 「失敗はだれでもある、やり直せる」平野昌義さん
- 第2回 「『好き』が相手に伝われば何とかなる」林原誠さん
- 第1回 「アドレナリンが出ている時が大事」太田悠介さん